第2話 成長
ぼくをママと引き離したニンゲンは、自分のことを『魔女』だと言った。
ニンゲンは他にもたくさんいるけれど、この魔女は山奥で一人ひっそりと暮らしているらしい。
初めて魔女が住む小屋に連れて来られたときは、ぼくはみっともなくママ、ママと泣き叫んでいたものだ。
本当はわかっていたんだ。あのとき、ママはもうとっくに死んじゃっていたことに。
ただ認めたくなかっただけだ。
あれから二年くらいたったのかな。
今ではぼくも立派に獲物を狩れるようになったのだ。
狩りに出かけて魔女の住む小屋へと帰ってくると、魔女は玄関先で仁王立ちして、木の枝にぶら下がるものを眺めていた。
「あら、ありがとう。……立派な子ウサギね」
振り返った魔女が、優しい目でぼくの頭を撫でてくる。
ぼくが咥えているのは小さい子ウサギだ。
そして魔女の後ろには立派な鹿が玄関先の木の枝に吊るされている。きっと魔女が狩ってきた獲物だろう。
……ぼくだってホンキを出せばあれくらいの獲物は狩れるんだ。
咥えていた子ウサギをそっと地面に置くと、不機嫌さを隠そうともしないでぼくは小屋へと入る。
「素直じゃないわね」
魔女に拾われてぼくも一緒に暮らすようになった小屋だ。
ぼくも大きくなったからか手狭になったように思う。最初から広く感じたわけじゃないけどね。
元々森の中を自由に駆け回っていたのだ。小屋というひとつの場所に縛られる時点で窮屈に感じたものだ。
……もう慣れたけど。
ぼくは暖炉の前を陣取って昼寝をすることにする。
しばらくうずくまっていると、外で獲物の処理をしていた魔女が小屋に戻ってきた。
「ちょっと街まで出かけてくるから、留守をお願いね」
首だけを魔女へと向けると、了解とばかりにひと鳴きする。
ぼくの返事に満足したのか、魔女は玄関先に置いてあった調合した薬の入ったカゴと杖を手に取ると、街へと向かって歩き出した。
「もう勝てなくなっちゃったわね」
大きい牛ほどもある獲物を咥えて小屋へと帰ってきた僕を見て、魔女が嬉しそうにしている。
ふふん。ぼくだってもう子どもじゃないんだ。
この小屋に来てから十年。魔女の顔も少し見下ろす位置にあった。いつの間に縮んだのさ?
「うるさいわね」
玄関先の木の枝には熊が吊るされている。どう見ても魔女より大きいけど、魔法を使えば簡単なことだ。
ぼくも魔女に教わって、魔法を使えるようになったんだ。
でも獲物を木の枝に吊るしたり、部位ごとに解体したりといった器用なことはぼくにはできない。
そもそも食べるものだって、肉がまるごとあれば事足りるのだ。わざわざ解体しないと食べられないのはニンゲンだけだろう。
「そういうアンタだって生肉食べなくなったじゃないの」
うぐ……。
痛いところを突いてくる。
そうなのだ。初めの頃はそのまま食べていたけど、魔女の食べる焼肉とやらにぼくは負けてしまったんだ。
火を通すだけであんなにおいしくなるなんて……。それにお肉の焼ける匂いもたまらない。
……ああ、いけない。思い出したらヨダレが。
「ちょっと! せっかくの獲物をヨダレまみれにしないでくれる!」
魔女が慌てて杖を振るうと、咥えていた獲物がふわりと空中に浮いて、木の枝へと引っ掛けられる。
ヨダレくらい別にいいじゃないか。
魔女へと不満を漏らすけど、とんでもないとかぶりを振る。
「アンタはいいんでしょうけど、そんなことしたら売り物にならないのよ」
ええー、街に売りに行っちゃうの?
肉が食べられないとわかったぼくは、一気に気分が萎える。
そのまま地面へとお腹を付けて伏せると、プイっと顔をそむけた。
「……あははは! そんなに拗ねないの!」
ぼくの前へと顔を出してくるけど、さらに反対側へとぼくはフイっと視線を向ける。
「もう、わかったわよ! 今日は久しぶりに外で焼肉にしようか」
しょうがないとばかりに魔女が手を叩いて杖を振ると、小屋の裏から薪が次々と玄関先へと飛んできた。
やった! 焼肉だ! お肉お肉!
嬉しさの余り尻尾をぶんぶんと振りながら立ち上がると、魔女の周りを走り回る。
「まったくもう、現金なんだから」
そう言って魔女は優しく微笑むのだった。
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