フェンリルと魔女

m-kawa

第1話 はじまり

 うう……、重い……、なんだろう、ぼくの上に何か乗ってるのかな。

 何か薄暗いし、ここってどこだろう。……そういえばさっきまで何してたんだっけ?

 えーっと、確かママと森の中を散歩していたんだよね……。そうしたら……。


 ――ママ!


 さっきまでの出来事を思い出したぼくは、頭の上に乗っている物を押しのけるようにして這い進む。

 たしかニンゲンに襲われたんだ。あんまり覚えてないけど、ママが守ってくれたんだよね。

 数歩ほど進んだところで視界が開けてきた。

 そこは記憶通りの森の中だ。振り返るとママが側にいたので安心する。

 ……よかった。


 あぁ、ぼくってママの尻尾の下にいたんだ。……通りで重いと思ったよ。

 ねえ、ママ? ……ママは大丈夫だった?


 いつものようにママに甘える声をだすけれど、ママはまったく微動だにせずに反応してくれない。

 ぼくのママはおっきいんだ。ぼくの体の何倍も大きいから、もしかして尻尾の近くで鳴いても聞こえないのかな。

 ゆっくりとママの顔の方へと歩いて行く。

 途中でぴちゃぴちゃと泥水を踏んじゃった音がしたけど、それよりも今はママだ。


 ママの顔を覗き込むけれど、目を瞑ってぐったりしたように動かない。

 真っ白くて柔らかかったママの体だったけれど、半分くらいが赤く染まっている。

 きっとニンゲンの血だよね。


 ねぇママ、どうして返事してくれないの? ママ! ……ママ!

 耳元で声を出せどもやっぱりママは黙ったままだ。


「あら……? こんなところに……、まだ子どもかしら」


 不意に聞こえてきた声に振り返る。


 ――ニンゲン!


 そこには二本の足で立って歩く、ニンゲンがいた。

 真っ黒い布に真っ黒いとんがり帽子を被っているけど、間違いなくニンゲンだ。右手にニンゲンの背の高さほどもある細長い棒を持っている。

 さっきぼくたちを襲ったニンゲンだ!


「そんなに怖がらなくていいわよ。……フェンリルの親子なんて珍しいわね」


 ぼくの威嚇なんてまったく意味がないと言わんばかりに近づいてくるニンゲン。

 だけどぼくもさっきニンゲンに襲われたばっかりだ。本当を言うととても怖い。

 でも動けないママを、今度はぼくが守らないといけないのだ。怖がってばっかりはいられない。だって……、死んじゃったパパと約束したんだから!


「親のほうは……、もうダメね……」


 ブツブツと呟きながら近づいてくるけど、それ以上近づいてくるな!

 怖くて震える足を無理やり動かして、ニンゲンへと噛みつくために飛び上がる。

 さっと体をかばうように左腕を差し出されたので、ここぞとばかりにガブリと噛みついた。


「……くっ」


 苦悶の声を上げるニンゲンだったけれど、そのまま屈みこんでぶら下がったままのぼくを地面へと下ろす。

 じわりと布地の上から血の味が染みわたってくる。

 ぼくはママを守ることで必死になっていて、噛みつかれたニンゲンが反撃してこないことにも気づかないでいた。


「辛かったわね。……これからはうちにおいで」


 弱弱しくぼくの頭に触れるニンゲン。

 ふふん、ぼくの攻撃に参ってるようだね。ママはぼくが守るんだから、誰にも触れさせないよ!

 噛みついたぼくをそのまま掴み上げると、ニンゲンはママを置いてこの場を離れようと歩き出す。


 ちょっと待ってよ! まだママがいるんだから待って!

 ぼくは必死になって噛みついていた口を離して、ニンゲンの手から逃れようと暴れ出す。


「こらっ! ちょっと落ち着きなさい!」


 ママ! ママ!


「親と離れたくないのはわかるけど、……もう手遅れなのよ。わかってちょうだい」


 そうしてぼくの抵抗もむなしく、ニンゲンの手によってママと離れ離れになったのだ。


 ……ママ。

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