第51話 山神様に捧げるもの

 龍三には分かっていた。追悼イベントの計画が持ち上がった時点で、翔は龍三の影を描いたに違いない。同じ標的を狙う者同士、龍三のゴールは利口な翔には見えたはずだ。

 追悼イベントにはあのクソヲタ、クソヒーローどもが集まる。やるとすればその時だ。しかもオタ連中は自ら不審死を遂げている。人間の力ではない何かが動いている。昨年の女部田の凍死からその何かが始まったのではないか…とすれば、龍三がこの機を逃すわけがない。翔は龍三の復讐を信じて、祈る気持ちで追悼イベントを了承したのだ。


 龍三はゆっくり話し出した。そして、成沢はこれから龍三の話すことに強い関心を持っていた。


「こういう土地に住んでる人は、家の裏の里山で薪や山菜や、時には狩をして暮らすしかない。営林署があった頃は、まだ里と山の境がはっきりしていた。熊は人に恐怖心を持っていたし、それが仲間にも伝えられてきた。ところが世の中が便利になると、人は里山に入る必要もなくなった。その結果、熊は人を恐れなくなって、逆に人が熊を恐れる事態になってしまった。人を恐れない熊が大手を振って里を荒すし、数も増える。数が増えれば、同類同士で殺し合う」


 翔は思った。龍三は今、正に須又温泉で起こっていることを言っているのではないかと…いや、須又温泉だけのことを言っているのではない。特撮ファンが病的になってしまう世の中の異常性の流れのことを言っているのではないかと思った。


「しかし、人はおまえらの天敵だと、どこかの時点で熊に教えてやらなければならない。今がそれだと私は思っている」

「松橋さん! 今は特撮オタどもが熊だ!」


 龍三の “おまえら” とは、分を弁えぬ我欲に走り、理性が劣化してゆく人心にあろう。翔の言葉に龍三は微笑んで話を続けた。


「我々を守ってくれてる山神さんじん様は女の神様だ。山神様は自分より醜いものを見ると安心して願いを聞いてくれるという教えがある。先祖は、醜い姿の “オコゼ” を供えて、山神様に優越感を持ってもらい、猟の安全と獲物を授かってきた。そこでだ…」


 龍三は改めて翔に向き直った。


「翔くんが狩りに参加するとすれば、何を供えて山神様に優越感を持ってもらうのかな?」


 翔は即答した。


「僕の心です…僕の醜い復讐心です!」


 龍三は翔に鋭い視線を投げた。成沢は龍三の次の言葉を待った。


「私と同じで良かったよ」


 龍三の言葉に、牙家はニタリとした。


 その日、一同は民宿 “シカリの宿” に泊まった。若女将の千恵子が心配して龍三に話し掛けてきた。


「後援会の恒夫さんの紹介で予約して来た人が来ないのよ。まさかとは思うんだけど、あの大勢亡くなったイベントに参加した人じゃないかしら?」

「名前は?」

「後藤田さんとか…」

「後藤田?」


 後藤田とはエルトン・仁のことだが、龍三にはピンとこなかった。


「恒夫さんが言うには、特撮ファンの人で、あのイベントの協力者だって…」

「予約してきたのは何人?」

「三人よ」


 後藤田が誰か、龍三はやっと分かった。マタギ小屋で万蔵の連絡があった時にエルトン・仁ら三人の凍死は聞いていた。

 自己愛性人格障害の女部田の暴走は限度を知らない。成仏などさせてはならない。永久の苦しみで呪縛しなければならないと龍三は腸の底から思った。


 ゴミクズオッター通り作戦決行の翌・夜明け時、龍三たちは水垢離を行った。翔も加わった。斬れるような冷水を何度となく全身に掛け、体に少量の塩をふって身を清め、檜の葉に火を点け、その煙で全身万遍なくお払いを施した。そして一同は阿仁前田の須又商店街に向かって出発した。


 現地に付くと、西根万蔵と湊伝三郎、松橋徳三郎が待っていた。そして徳三郎の妻のキヨがたすき掛けの戦闘体制で愛犬の “どんぐり” を従えて来ていた。辰巳の連れた猟犬・ギンを見て “どんぐり” が嬉しそうに尻尾を振った。


「 “どんぐり” 、嬉しいか、お父さんに会えて!」


 久々の親子体面だった。大名持神社の妹背神主が商店街の中から出て来た。


「中の準備は万全です。入口以外の方位は全て封印しました。それと、滝次郎さんが来てくれました」


 鎌沢滝次郎… “釘ヌキ” の滝次郎である。100歳越えで高齢の滝次郎だったが、鍛えた体は未だ衰えることもなく、悪霊・女部田対策の秘密兵器として招かれていた。


〈第52話「オッタ―通りは “金輪際”」につづく〉

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