第50話 聖なる狩り

 牙家と龍三は狩りの準備のため、鬼ノ子村マタギ小屋で会っていた。神棚には封印された “青の剣” が供えられていた。

 辰巳がマタギ小屋に到着する頃、既に牙家は、万蔵から須又温泉での大惨事の情報を得た。それを受けて、牙家と龍三はマタギ猟の「巻狩り」という手法を取り入れて悪霊を滅する計画を立てていた。


 マタギの狩猟には二通りある。「ひとりマタギ」と「巻狩り」だ。「巻狩り」は数人から数十人で行われるが、遠い昔に “七人マタギ” での凄惨な事故があって以来、その人数での狩りだけは忌み嫌われ、どうしても7人での狩りになる場合は、シカリが “8人だな、よし、8人で狩りをする” と宣言して山に入る習わしになっていた。


 「巻狩り」は、シカリ、ムカイマッテ、セコ、ブッパの四種類のメンバーで構成される。シカリが指揮を執るが、ムカイマッテは全体を見張り、シカリの指示する意図を具現化するために、それぞれのメンバーに合図を送って行動を指図する役割だ。10人前後の小規模の猟の場合、リーダーのシカリがムカイマッテを兼ねる場合が多い。セコは三種類で構成される。獲物を沢沿いに追い上げる “沢セコ” 、斜面の途中から追い上げる “中セコ” 、終盤、尾根沿いに追い上げる “片セコ” がある。熊との体力の差を縮める知恵である。指揮の混乱とブッパへの危険を防ぐため、セコはあくまで追う係で鉄砲は持たない。獲物を追い詰める位置で鉄砲を持って待つのはブッパだけだ。広範囲な猟場の場合は、ブッパは複数の場合もあるが、凡そは一人である。


 猟はまず、シカリの配置決めから始まる。シカリは、熊の逃走経路となる獣道の数箇所にブッパを配置するが、待ち伏せる数ヵ所の位置「たつま」を定め、セコたちにそれぞれの役割を分担させる。


 熊はまっすぐに登ろうとする習性があるため、下からセコが追い上げる「ノボリマキ」という猟法が最も効果的とされる。セコたちは可能な限り大きな声を上げて、熊に「たつま」を経由させて尾根まで追い詰める。ついにはブッパの狙い定めるところに逃げるしかなくするのがセコの技だ。


 登りなので、いくら体力のある熊であっても逃げる速度も遅くなり、その分、狙い易くなるので仕留める確率は自ずと高くなり、打ち損じる確率も低くなるため猟の危険も少ない。そして長い時間待ち伏せるブッパは、獲物が近付く恐怖に耐えながら、ついには姿を現して向かって来る熊を、出来るだけ近くまで引き寄せてから撃つ。恐怖に負けて外せばそこで命を落とすことになる。


 須又温泉で蠢いているオタ霊たちを一頭の熊と仮定して、全て一ヶ所に集める必要がある。牙家と龍三は、集める場所 “狩場” を須又商店街通りに定めた。


 商店街入り口だけを開け、全ての方位を封印すれば、隔離された一つの猟場となる。シカリ役、ムカイマッテ役、セコ役が一体となって商店街の中に誘導し、入口を封印する。

 セコたちは、オタ霊たちを更に奥へ奥へと追い詰めていく。奥ではブッパ役がオタ霊たちを仕留めるために待機して待つ。確実に仕留めるためには、オタ霊たちを更に狭い一カ所に封じ込めなければならない。そのためには商店街の行き止まりとなる一番奥に護摩の木組みを設える必要がある。


 元来、護摩行は『神界壇』と『仏界壇』の左右2か所に分けてお焚き上げし、祈願護摩木と供養護摩木を一組として祈願する事で、心願成就と先祖の成仏に対する効力が発揮される。

 しかし、牙家と龍三は『神界壇』の木組みのみを設える計画を立てた。その木組みの中にはオタ霊たちが執着する競りに掛けたレアな特撮グッズを詰める。そのことによって、オタ霊は『神界壇』に追い詰められても、その中にはグッズの山があると思って喜んで入って行く。


 『神界壇』の中に入ったオタ霊たちの目の前には、特撮グッズではなく “金輪こんりんきわ” の空が広がり、遥か下方に見える三途の川の河原に落ちていく。運がよければ無事に三途の川を渡ることになるが、運悪く三途の川を渡れずに残ったオタ霊は、護摩に焚かれることになる。『神界壇』の裏に待機したブッパ役によって木組みに火が放たれるのだ。護摩の火煙によって悪霊は滅する。これが牙家らが立てた「ゴミクズオッター作戦」の凡その計画だ。


 この作戦のリーダーとなるシカリ役は牙家然で、ムカイマッテ役を兼ねる。セコ役は、然辰巳と西根万蔵、生き字引の長老・湊伝三郎、駄菓子屋 “となり” の店主・松橋徳三郎、ブッパ役は松橋龍三が務めることになった。


「結局、龍ちゃんの “青の剣” がクソヲタどものとどめを刺すことになりそうだな」

君子報仇くんしほうきゅう、いよいよだな、龍三さん!」


 万蔵と徳三郎の言葉に龍三は答えなかった。龍三の無言を承知している牙家が呟いた。


「仇は討つが…成仏させるのは別の話だよな、龍三」


 成沢武尊と峰岸翔が到着した。


「龍三さん、ご無沙汰してます!」

「来たね」

「翔くんにくっついて来てしまいました」

「松橋さん、その節はありがとうございました!」

「翔くん、待ってたよ」

「松橋さん! 僕もオタ狩りに参加させてください!」


 翔はなぜ狩りのことを知っているのか…しかも、“オタ狩り” と言い切っている。皆が驚いた。


〈第51話「山神様に捧げるもの」につづく〉

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