第49話 オタ鍋ごっこ

 金冬美キム フユミ…このイベントの数日前に特撮番組『シャドーヒーロー』に出演した加藤亮がこの女の元で腹上死した。冬美は加藤亮の愛人である前に、女部田おなぶたまことの腹違いの妹であり、彼女と加藤が愛人関係になって以降も、女部田とは長く肉体関係を続けていた。女部田の妻・志乃は、その事を知っていた。昨年、厳寒での女部田の凍死は志乃が深く関わっているとして、県警の藤島刑事が未だマークしている。

 そんな最中、出席予定だった加藤亮は、角館のホテルで命を落とし、当の冬美も大名持おおなもち神社で命を落とし、この世のものではない姿で須又温泉に現れたのだ。


「貧乏臭い数字ばかりね。裁判になったら3桁よ。ねえ、真お兄さま?」

「何故ここに現れた !?」

「 “何故” はないでしょ? 神社の樹に封印されてるあなたを救おうとして命を落としたんじゃないの。スタートからあなたの都合よい女になって以来、一生が台無しよ。どう償ってもらおうかと思ってね」

「とやかく言われる筋合いはない。お互い納得づくだろ」

「下衆男の常套句ね。あなたの身勝手な性癖を助長させたのは、この人たちね。あなたたちもいい加減、女部田真の贈物に涎を垂らすのはやめなさい! 言い寄られたとか、寝たから金よこせって…それ全部、女部田の差し金、自分の欲得、それだけのことじゃないの!」

「あなたはどうなのよ! 加藤亮氏と関係持ったのは女部田さんの差し金、そして自分の欲得なんじゃないの!」

「残念ながらそうだわ…女部田は腹違いの兄…その兄にレイプされてから私はもう自分でなくなったの。兄の愛人、そして兄の命じる人の愛人」


 参加者の視線が一斉に女部田に注がれた。


「その女の嘘に騙されるな!」


 女部田の動揺に、冬美が狂ったように笑い出した。そしてその眼球が剥き出しになり、恐ろしい怨念の表情を晒した。


「あなたたちの心は腐ってる。熱湯消毒してあげるわ」


 岩田や團を含めた参加者全員が冬美の強い力に操られ、湯船は鮨詰めの金縛り状態となった。村木志郎だけが床に倒れ、生死を彷徨っていた。


「さあ皆さん! “オタ鍋ごっこ” の始まりよ!」


 ボイラーの出力が全開となり、煮え立った湯の中で絶叫が始まった。


「冬美! やめろ!」

「私を止めたら、お兄さまにオンブしてあげるわ。その瞬間、私たち二人、三途の川を渡って彼岸に行ってしまうんだけど、それでもいいなら私を止めれば?」

「・・・!」

「あら !? お兄さまはまだ彼岸には行きたくないようね」


 女部田が黙った。冬美は参加者に優しく促した。


「出たい人は手を挙げて?」


 冬美の優しい声がタイルに響くと、全員が手を挙げた。


「分かったわ。出してあげるけど、出たら凍死するわよ。じゃ、出たい人は出ていいわよ」


 冬美の眼球が元に戻ると金縛りが解除され、一人二人と熱湯から飛び出した。後に続こうとした者が動きを止めた。熱湯から出て行った数人が見る見る凍り付き、倒れて行った。


「言ったでしょ、出たら凍死するって。お兄さま、どう? 冬美の “オタ鍋ごっこ” 、楽しいでしょ?」

「こいつらをこれ以上殺すな!」

「あら、どうして !?」

「こいつらはボクのために、まだ働いてもらわなければならないんだ!」

「そうはさせないわ」

「何故邪魔をする !?」

「まだ言うの !? 義理の妹の人生を台無しにしておいて、 “何故邪魔をする” って…その口でまだ言うの !?」

「五味…この女を何とかしろ!」

「そのバイには無理だと思うよ。女部田の金魚のウンコちゃん…志乃さんの怨念をちょっとだけ体験させてあげましょうか?」

「ボクには効かないよ。ボクは志乃さんの夫でも何でもない。効くはずがない」

「それはどうかしら…試してみる?」


 冬美が五味の顔に手を翳した。翳された顔の一部が、だらーりと融けた。さらに冬美は五味の股間に向かって手を翳すと、薄汚い色でどろどろ融け出した。


「や、やめろーッ!」

「言うの忘れてたけど、志乃さんはあんたにも怒ってたわよ。特撮グッズの価値を知りながら二束三文で持ち逃げされたって。あの女、ほんと怖い」

「・・・!」

「だから効いたのね」


 女部田が何かに気付いて消えた。すると、五味も後に続いた。浴槽の團が叫んだ。


「助けてくれ! 私に恨みはない恥だ!」


 熱湯風呂の中でもがきながら、それぞれが同じような弁解の声で絶叫すると、タイルの浴場に濃い雑音が充満した。冬美はそんな彼らを背にして浴場を出た。脱衣室で冬美を待っていたのは加藤亮だった。冬美はガラス戸を閉めた。我慢できずに浴槽から飛び出す者が次々に凍り付いて倒れて行った。


 脱衣室で冬美を待っていたのは加藤亮だった。


「ご覧のありさまだったわ。女部田の奴、逃げやがった。処女じゃなかったけど、私を連れて三途の川を渡ってよ」

「…ああ、いいよ」


 加藤亮は冬美をオンブした。二人の表情は安らかだった。そして消えていった。


 浴場は凄惨な現場と化していた。岩田、團らが参加者らと煮え立った湯の中で落命し、タイルの床には参加者の半数ほどが凍死体で転がった。気を失っていた村木志郎が力なく息を吹き返した。


 入湯タイムが時間となって迎えに来た根倉姉弟と万蔵が惨状に出くわしてしまった。


「まるで人間の鍋じゃねえか!」


 万蔵が虫の息の村木志郎に気付いて駆け寄った。


「あんたか! 何があった!」

「…着せてくれ」


 村木志郎はそう言って息絶えた。万蔵は呟いた。


「あんた…着るのはもう選べないじゃないか! …気の毒に」

「姉貴!」


 根倉静香がショックで貧血を起こした。万蔵が懐から塩を出して根倉姉弟と自分に振り撒いた。


「ここを出よう!」


 三人は須又温泉を出た。根倉静香が正気を取り戻した。


「女優さんたちを早く宿に避難させないと!」

「そうだな、急いでくれ!」


 万蔵はもう一つの違和感を覚え、根倉姉弟と別れてから須又温泉の裏に回った。ボイラー室に入ると、案の定、エルトン・仁と四条小夜子、矢代蘭たちが三人とも凍死していた。


「やられたか!」


〈第50話「聖なる狩り」につづく〉

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