第48話 逆さ競り
参加者たちは村木志郎に寄り添って浮いている “ウンコちゃん” が、これ以上、波で溶けないよう “そ~っ” と離れ、湯船から脱出した。
「ママ、ウンチが浮いてるよ!」
そう言いながら、村木は五味久杜に
「おっ、大盛況だね! みんな、湯加減はどうだ?」
二人はすぐに異常に気付いた。死んだはずの五味久杜がひとりで風呂に浸かっている。
「五味 !?」
五味は岩田らを指差して毒づいた。
「見ろ、そいつらを…特撮俳優になって美味しい思いをした月日が忘れられなくて、未だ我々特撮ファンにへばり付いてる負け犬だ」
「五味くん、君は死んだんじゃないのか !? 君こそ何故この世にへばり付いてるんだ?」
「特撮ファン諸君! ボクは君たちに告げたい事がある。でなければ死んでも死にきれない!」
「五味くん! 悪いことは言わない。もうこれ以上トラブルを起こさずに、このまま成仏しなさい!」
「なにが成仏だ! ボクは女部田さんのように不滅なんだ!」
「女部田 !? どういう意味だ?」
五味久杜が村木志郎から抜け出た。悪霊が抜けた村木は脱力し、湯の中に顔を突っ込み沈んでいった。岩田と團は急いで村木を引き上げた。
「五味くん! 君が特撮俳優に対してどんな不満があるか知らないが、君のやって来たことも振り返ってみたらどうなんだ?」
「何を振り返る必要がある。振り返るべきはあなたたちだ!」
「じゃ、お互いに振り返ればいい…参加者の皆さんに聞くが、何故、君たちは特撮ファンではなく、特撮オタクと呼ばれているのか分かっているはずだ」
岩田らを取り巻く参加者たちの輪が狭まって来た。
「特撮オタクが悪いんですか?」
「私らはそう言われても別に結構ですが、何か?」
「僕らを異常者のように言わないでください」
「僕らを犯罪者のように言わないでください」
「君たちは後ろ指を指されたことがあるだろう?」
「別に気にしませんが」
「ここに居る皆さんは、特撮オタクであり、特撮ファンではないよね」
「それ、偏見です!」
「偏見です!」
「どっちもちょっとしたイメージの差で、やってる事は同じなんじゃないですか?」
「同じじゃないだろ !?」
「じゃ、あなたたち特撮ヒーローはどうなんです?」
「岩田さんたちのように、好んでイベントに参加する人と、こういうイベントを嫌う人がいますよね。どっちが特撮ヒーローのあるべき姿だと思いますか?」
「それは個人の考え方だから…」
「僕らも個人の考え方なんですけど」
その言葉に参加者たちが賛同の声を挙げた。
「岩田さんたちは特撮オタクのお蔭で忘れ去られずに済んでるんじゃないですか?」
岩田も團も言葉に詰まった。悪霊の五味がほくそ笑んだ。
「岩田今朝雄さん、團國彦さん、あなたたちが特撮オタクを上目線で見てる事がバレましたね」
「別にそんなつもりはない」
「それじゃあ、無意識で上目線なんだ。もっと
「五味くん、性質が悪いのは君だよ」
「なに…」
「それにね…君は特撮オタクではないよ。君は“クソヲタ”だ」
「何だと!」
「特撮オタより数段性質の悪いクソヲタだよ。君も、あの女部田真も、最早病気だよ」
「…そうかね」
浴槽から聞き覚えのある声がした。一同が浴槽に目をやると、湯面から女部田真の悪霊が現れた。
「女部田 !!」
「皆さん、俳優の岩田今朝雄先生と團國彦先生を湯に入れて差し上げなさい」
岩田と團は、参加者たちに力ずくで湯に入れられた。湯温はかなり上がっていた。二人の前に五味の悪霊が立ちはだかり、岩田らは身動き取れない事態になった。
「さて、この二人…特撮オタクにとって、どれだけの価値があるのか、ここで競りに掛けてみようと思うが、皆さんはどう思いますか?」
参加者らから大きな拍手が起こった。
「君たちはこの二つの悪霊に洗脳されてるんだ! 目を覚ましなさい!」
「無理ですよ、團さん。あなたのその言葉には全く説得力がありませんよ。あの三龍を思い出すじゃないか? あの野郎がボクの企てに反旗を翻している時に、あなたは何をしてましたか? 岩田さんだって團さんだって、ボクに膝まづいて美味しい思いをしてたじゃありませんか? ボクからの盆暮れを待ち望んでいたじゃありませんか? イベントの夜にボクが差し出す女性特撮ファンを美味しく召し上がってたんじゃないんですか?」
「そんな覚えはありません」
「俳優は演技がお上手だ事…五味くん、女優二人は来ないの?」
「女湯には来てません」
「残念だったわね、垂れ下がった肉体が見れないなんて。ここでこのクソヒーローどもと一緒に競りに掛けようと思ってたのに」
「この下僕連中の誰かに連れて来させましょうか?」
「下らんことはもうやめなさい!」
女部田は怒鳴った岩田を睨み付け、頭から湯面に叩き付けた。もがき苦しんでからやっと解放された岩田に、参加者たちから拍手が送られた。
「彼らの喜ぶ気持ちが分かりますか? 特撮ヒーローが苦しめられ、耐え、そして解放される姿が好きなんです。特撮ヒーローはまず苦しめられなければならないんです。私たちにとって、あなたたちは特撮グッズなんです。特撮グッズは自己主張などせず、特撮オタクの玩具になっていればいいのです」
「この私が特撮グッズなのか!」
「そうです。ボクたちはそういう見方しかしていませんよ。グッズが物か人間かなんて区別するのは無意味なんです。あなたは黙っていればレアものの特撮グッズ、意思を持とうものなら、ただのクズおやじです。松橋龍三のように、ボクに逆らって痛い目に遭って、その大切な人生に傷を付けたくなければ黙ってなさい」
「・・・・・」
「さて、では皆さん…競りを始めましょう。最初の特撮グッズは、このトドウフケンジャーのキョウトマン、岩田今朝雄です!」
気のない声が挙がった。
「500円」
「400円」
「300円」
「250円」
「100円」
「50円」
「今声を挙げた者…全員風呂に入れ!」
6人の参加者が言われるままにゾロゾロと風呂に入った。かなりの高温になっていたが彼らは無表情だった。
「競りを続けます…さあ、声を挙げてください!」
「無料!」
「おまえも入れ!」
悪霊・女部田はその参加者を湯船の縁に叩き付けた。割れた頭から勢い血が吹き出し、湯船に降り注いだ。
「おまえたちはまだ分からないのか! どこまでもクズだな!」
「クズはおまえだ、女部田! 見なさい君たち! 君たちが特撮界のカリスマファンだと持て囃し、崇拝した人間がこのザマだ! 死して怨念まみれになっているこの姿を! 君たちもこうなりたいのか !? 特撮番組とは何の関係もなただのバケモノになりたいのか?」
「黙れ、クソヒーロー! ボクたち無しに、誰がおまえらの相手をしてくれると思ってるんだ? 黙って己の価値を見ておけ!」
「馬鹿馬鹿しい、帰らせてもらう!」
團は岩田と同じように湯面に叩き付けられ、もがき苦しんでから解放された。参加者たちから更に大きな拍手が送られた。
「次は殺すぞ、クソヒーロー!」
突然、ガラス戸が開いたので、一同が振り向いた。
「金払ってよ!」
湯上りの女性特撮オタ連がゾロゾロと入って来た。
「金払ってよ、岩田さん」
「私は團さんに払ってもらいたいわ。イベント打ち上げの度に酔っ払って言い寄って来る。場末の飲み屋じゃあるまいに、特撮ヒーローだと思えば我慢もしたけど、うんざりだったわ」
「言葉遊びじゃないか、本気にするほうがどうかしてる」
「私は最後まで行ったわよね、岩田さん。それは言葉遊びでは逃げられないわよね」
参加者から声が挙がった。
「5万払え!」
「8万だよ、8万払え!」
「10万払え!」
その様子に大笑いする女がいた。その女を見て女部田がたじろいだ。大名持神社から救急車で搬送中に死亡した金冬美だった。
〈第49話「オタ鍋ごっこ」につづく〉
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