第46話 弁当の人
居酒屋 “おこぜ” での昼食会は参加者70名近い人数で結構な賑いを見せていた。店の前の通路にも俄かテーブルを設えたのがまた偶然にオープンテラス風でいい雰囲気を醸していた。
俳優陣は駄菓子屋 “となり” の男性控室となった大広間に案内された。村木志郎が早速嫌味を吐いた。
「何だよ、控室兼食堂かい…休めねえな」
「別に仕事してないでしょ」
「シャワーすら浴びれないなんて、どんだけド田舎なんだよ」
「今なら、一人で温泉に入れるんじゃないですか、村木さん?」
「準備がまだでしょ」
「お湯を入れるだけだって言ってたから、シャワーは使えるんじゃないかな」 「ちょっと覗いてみたらどうです?」
岩田と團が人払いのつもりで村木をけしかけた。
「ねえ、君!」
村木は担当の根倉仁に答えを求めた。
「何です?」
「何ですって、今の会話聞いてたでしょ」
「いえ、他人様のお話ですので聞いておりませんでした」
「そこにいたら嫌でも聞こえただろ」
「いえ、聞いてませんでしたが、何か?」
「何か?じゃないだろ。温泉だよ、温泉。お風呂はまだにしても、もうシャワーぐらいは浴びれるんじゃない?」
「さあ、どうでしょうか?」
「さあ、どうでしょうかってね! だったら確認して来てよ!」
「皆さんの食事の用意が済んだら確認して来ます」
「こっちはシャワーしてから食事したいんだよ」
「それはご自由にどうぞ」
「あのね…一旦食事の準備を止めて確認して来てよ」
「何言ってんの、村木さん!?」
葛城陽子が村木に噛み付いた。
「食事の支度をしたら確認に行ってくれると言ってるじゃない。それとも何? あなたひとりのシャワーの確認のほうが、私たち四人の食事の準備より優先だっていうことなの?」
「いや、そういう意味じゃないよ」
「そういう意味でしょ!」
萩野宮ナナ子が参戦した。
「決を取りましょうよ。シャワーの確認を先にしてほしいか、食事の準備を先にしてほしいか」
「分かったよ。別にそこまでしなくても…自分で行ってみるよ」
「あら、そうなの? じゃ、行ってらっしゃい! こっちは先に食事させてもらいますね」
村木志郎は憮然として部屋を出て温泉に向かった。
少しすると、化粧に失敗気味の老婆三人が食事を運んで来た。ふるさと料理名人の川村珠子、閉所恐怖症でトイレの戸は閉めないあの大信田テル、そして、龍三の後援会副会長の伊藤啓子が調査の任を負って入って来た。
「おっ! 綺麗どこのお出ましだね!」
岩田今朝雄が盛り上げた。葛城木陽子と萩野宮ナナ子は三婆が運んで来た料理を見て歓声を上げた。
「おいしそーーーッ!」
「ふるさと、ふるさと、ふるさとーーーって感じ!」
「都会の人だから、食べれるものだけ食べてください。どれも口に合わなかったら、おにぎり作ってやるから」
「全部食べれます! 特に泥鰌汁大好き。これが食べたくて、よく浅草に行くんです」
「泥鰌汁は栄養あっからね」
「おにぎりも食べたいわ!」
「腹も身の内だから、それ食ってから腹と相談してもらうかい?」
「はい!」
「ねえ、ご主人? このお漬物、ダイナミックね」
「
「傷付いて美味しくなる…深いわね」
葛城陽子が鉈漬けを見てしみじみ呟いた。
「あーーーっ!」
「どうしたの、團さん !?」
「ど、泥鰌のままだ!」
味噌汁の泥鰌を摘まんだ團の箸は小刻みに震えていた。
「だって泥鰌汁だからね」
「こ、こ形状はつらい」
「ヒーローの弱点が泥鰌だったとはね」
岩田が泥鰌汁を美味しそうに平らげた。
「團さんは共食い感覚なんじゃないの?」
「岩田さん、今の発言をファンが聞いたら、さぞ喜ぶでしょうね」
「…最低」
結局、女性陣はおにぎりまで到達した。
村木志郎は須又温泉の入口で、万蔵の代わりに手伝いに来た源治に会った。
「もう、お風呂入れるでしょ?」
「今日は一般客は入れねえよ。弁当の人たちだけだ」
「弁当 !?」
「ああ、追悼弁当があってな」
「追悼イベントのことね。私はそのイベントに招待されて来た俳優の村木志郎です。先にお風呂入ってもいいですよね」
「弁当の人かい、なら入んな。一番風呂は体に厳しいから、良く体を暖めてから入んなよ。オレはこれから参加者を迎えに行くんで、10分ぐれえなら、あんたの貸切だ」
手伝いの源治はそう言って居酒屋 “おこぜ” に向かった。
〈第47話「湯面に浮かぶ “もののけ”」につづく〉
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