第44話 特撮グッズの価値
「本日の売り上げは、競り落とし額から当時の販売価格を差し引いた合計額を、拉致被害者の救済支援のために全額寄付させていただきます。皆様はご存じないかもしれませんが、この秋田県にも拉致の可能性が排除できない特定失踪者は5名おります。その中に一名、この内陸線沿線にもおります。憲法9条の壁により、政府による救出が絶望的な中、今、民間プロジェクトが動き出しました。私たちは微力ながらその活動に協力すべく草の根運動をしています。競りを通し、皆様のご協力を宜しくお願いいたします!」
競りが始まり、ボイラー室でモニターを覗くエルトン・仁たちも緊張の面持ちで集中していた。
浴場の中央に堆く積まれたレアものの特撮グッズは、女部田も運営スタッフの一員だったサイト『七色特撮宅急便』の所有だった。女部田は地方の玩具店に目を付けた。価値の分からない高齢者が運営する古そうな店を見付け、特撮グッズを買い漁っていた。時には廃業間際の店の商品全てをグロスで買い叩いた。最初はポケットマネーで治まっていたが、そのうち女部田はサイトの会費を流用するようになった。それが発覚し、女部田の個人所有からサイトの所有となったのだ。
特撮サイトは当初、7人のメンバーで開設されたが、途中から女部田のワンマン運営が始まり、メンバーとの関係も険悪になり、彼らは次第に女部田から離脱していった。傲慢な交流で他サイトとの関係も悪化していたが、それでも最後まで残ったのが五味久杜だった。
五味久杜は女部田の死後、妻・智乃に大量の特撮グッズの処分を頼まれた。彼女にとってはゴミの山だった。五味久杜は智乃の依頼にほくそ笑み、ただ同然で引き取った。
五味久杜はその特撮グッズを利用し、自分が管理人となった特撮サイトの復活を賭けた。特撮ファンは五味の “人参” に面白いように食い付き、グッズ欲しさに大勢が群れて来た。特撮サイト『七色特撮宅急便』は復活したかに見えた。
しかしその実態は、虚飾に塗られたものだった。五味の下僕化した特撮ファンは、五味の指示どおりにサイトを称賛し、まめなレスを義務付けられた。グッズの魔力で体をも提供する特撮ファンがいることを知った五味に野心が芽生えた。主催イベントに招待する特撮ヒーローにターゲットを当て、下僕らを総動員させてその俳優の俄かファンに仕立てた。その俳優にサイトの存在を知らせ、“あなたはこれだけ人気のある特撮俳優” であるという虚像を提供した。そして特撮イベントへの招待状を送ると、殆どの特撮俳優は “餌” に掛かった。それは生前の女部田と同じやり方であり、その後、女部田と同じように信用を失墜させていったのである。
女部田真は昨年、峰岸譲司の地元・秋田でのイベントに起死回生を賭けたが、自らの命を落とす結果となった。そして五味久杜も地元町おこしという偽善に乗じて起死回生を図ったが命を落とす結果となった。
そして、今競りに掛けられている特撮グッズだけが残った。競りは順調に進んだ。競り落とされたレアな特撮グッズが特設テーブルに乗せられ、競り落とした特撮ファンらの名前が付けられていった。複数の札に記された藪博士の名が目立っていた。
「次の商品は台本です! この台本は宇津井光太郎氏が主役を務めた初期の特撮作品『スーパー鉄仮面』の台本です。ネットでは出回っていない商品です。少し高額になりますが、この商品は5万円から始めさせていただきます」
「10万!」
いきなり声が挙がった。また藪博士である。その甲高い声と参加者の溜息がタイル張りの競り会場に響いた。更に空かさず声が挙がった。
「12万!」
「12万5千円!」
「13万!」
「14万!」
続けざまに遠方組のハリコ、チャキが競り合ったが更に額は跳ね上がった。
「20万!」
会場から大きなどよめきが起こった。予算額を越え過ぎてあきらめた参加者のそれだった。20万の声を上げたのは、和歌山県から姉妹で来た姉の
「お姉ちゃん…」
「何よ !?」
「あれ見て…」
落葉宮が目で示す先を見ると、藪博士の凄まじい形相がこちらを睨み付けていた。その顔が何故か微笑んだ。
裏のボイラー室の小夜子がエルトン・仁の変化に気付いた。
「どうしたの !?」
「いや…何でもないんですが…」
「あの台本よね」
矢代蘭が口添えした。
「あの台本って?」
「この前、五味の悪霊に襲われそうになった時に、あの台本で誘惑して来たのよ。振り向いたら殺されるからと必死で逃げ出したの」
「そうだったの…なんか嫌な感じがして来た」
「でも、五味は“封じの壺”だし、女部田は“封じの樹”よね」
「…のはず…ですよね」
エルトン・仁は、競り会場に設置した監視カメラをコントロールしながらモニターで参加者たちの様子を窺った。異常に不自然な挙動の藪博士が映っていた。
「彼…変だと思いません?」
小夜子も矢代蘭も即頷いた。
「なんか変よね。あの人、元々変わってるけど、そういうのとはまた違う感じがする」
次の瞬間、三人の表情が凍り付いた。藪博士の背後に急に姿を現した男がいる。女部田真である。そして藪博士がまた甲高い声を発した。
「50万!」
会場が一気に静まり返った。根倉からエルトン・仁に無線が入った。
「どうします?」
エルトン・仁は迷ったが、女部田の件は話すのをやめた。
「普通どおりに…とにかく自然に振舞ってください」
根倉は指示どおりに競りを続けた。
「50万が出ました。他にいらっしゃらなければ…」
「100万!」
会場が声の主を見て蔑視の表情に変わった。声の主はデミだった。デミは生前の女部田最後の女だった。藪博士の凄まじい形相が雲居雁からデミに移った。デミは睨み返した。
「なんで私を睨むのよ。そんなに欲しけりゃ、私より高値を付けたらいいじゃない」
「110万!」
「なら、私は150万」
「160万!」
「なら、200万」
デミが帯封2束を藪博士にアピールした。会場がどよめいた。
「あら、もう終わり? なんだ、つまんない」
「200万が出ました。ご協力ありがとうございます! 他にいらっしゃいませんか? いらっしゃらなければ閉め切ります」
藪博士はもごもご俯きながら “あとでおまえを競り落としてやる” と呟いた。
「はい、おめでとうございます! この商品、締め切ります!」
小夜子は若干心配になった。
「ねえ、競りの精算はいつするの?」
「全て終わってからの予定のようです」
「一度、〆たほうがいいんじゃないかしら?」
「・・・・・」
「セレブのデミは現物を出したから大丈夫だと思うけど、あの藪博士だって50万は軽く越えてるわよ」
ボイラ室のアドバイスで、根倉静香は一旦休憩を理由に途中精算の案内を入れた。藪博士も問題なく支払いを済ませ、途中売上金が主催金庫に納められた。
「何だろう、この感じ…」
「私も…なんか怖い」
ボイラ室の三人はそれぞれに違和感を抱いていた。
〈第45話「死んだことを後悔するほどの苦しみ」につづく〉
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