第43話 黙祷

 イベント第一部の会場となった須又温泉の男性脱衣室は、参加者でぎっしり埋まった。県内からの予約なしでの当日参加者が意外に多く、断り切れずに入場を受け入れたせいもあった。


 午前10時になり、根倉静香は時間どおりに進行を開始した。


「それでは只今から、峰岸譲司さんの追悼祈念イベントを開催いたします。本イベント開催に際しまして、峰岸家のご理解をいただきましたことを先ず以ってご報告いたします。それではイベントの開会にあたり、峰岸譲司さんに黙祷を捧げたいと思いますが、本日、そのためにご生前の峰岸さんと特にご懇意の在った御方をお招きしております。シャドーヒーロー刑事役の成沢武尊なるさわたけるさんです」


 成沢武尊の名前は、本人の希望でイベント案内には記載されていなかっただけに、参加者たちに嬉しいどよめきが起こった。峰岸譲司が主役を演じたシャドーヒーローの敵役刑事だった成沢武尊は、その番組を機に峰岸との交流が始まった。

昨年のナガサホテルに於ける女部田真主催のイベントの折、女部田の強引な要請にも拘らず、病を押して参加した峰岸は、イベントの冒頭で倒れてしまった。誰もが呆然とする中、成沢が先頭に立って峰岸の介抱から救急車の手配など迅速に対処した経緯がある。峰岸が搬送先の病院で息を引き取った未明、成沢は一人薄暗い廊下で家族の嗚咽を聞いていた。


 黒の喪服姿の成沢武尊が現れた。その姿は未だ現役の風格で、まるでドラマのワンシーンを見ているようだった。


「私は峰岸譲司さんに黙祷を捧げるために馳せ参じました。峰岸さんに感謝の気持ちを込めて黙祷を捧げたいと思います。黙祷!」


 一分後、根倉仁が静かに成沢の背に触れて合図を送った。黙祷を済ませた成沢は、仁に一礼してそのまま会場を後にした。


「黙祷を終わります!」


 根倉静香の時間差アナウンスで参加者が目を開けると、当然のことではあるが成沢武尊の姿はなく、逆に招待された俳優陣が揃っていた。その転換に再び会場がどよめいた。


「それではヒーローと語り合うひとときに移らせていただきます。まず、ヒーローの皆さんからひと言づつご挨拶を頂戴します。初めに故・峰岸譲司さんと共演されたシャドーヒーローのヒロイン、葛城陽子さんにお願いいたします」


 当然自分がトップだと思っていた村木志郎は出鼻を挫かれて苦虫を噛んだ。


「今日は同じ番組の共演者だった峰岸譲司さんの追悼イベントということで参加させていただきました。撮影の折には、まさか共演者の追悼イベントに出ることになろうなどとは想像もしませんでした。複雑な気持ちですが、大切なひとときを皆さんと共に過ごしたいと思います」

「葛城さん、ありがとうございました。続きまして、地蔵戦隊アミダマンの村木志郎さんに一言頂戴いたします」

「地蔵戦隊アミダマンの村木志郎です! 愛とは何か、正義とは何か、特撮を愛する君たちは素晴らしいと思う。私は君たちが誇りだ。何故ならば特撮番組は教育番組であり、その特撮番組で君たちはこうして立派に育った。これからも特撮を愛し、私と共に地球に平和を齎し続けて行きましょう!」

「村木さん、ありがとうございました。続きまして、トドウフケンジャーのキョウトマン、岩田今朝雄さんに一言頂戴いたします」

「岩田です。地球に平和を齎すために、毎週30分間、悪と闘ってまいりましたが、未だヒーローが入れ代わり立ち代わり特撮番組が続いております。良く考えて見ますと、悪が滅びるということは特撮番組も滅びてしまうということに気が付いた今日この頃です。ま、楽しくやりましょう」

「岩田さん、ありがとうございました。続きまして、任侠スパイ桜組リーダーの團國彦さんに一言頂戴いたします」

「團國彦です。何人か顔馴染の人もおられますね。私は今、地球の平和より、家庭の平和を守るために奔走しています。今回もよろしく!」

「團さん、ありがとうございました。続きまして、女戦団ユーレンジャー団長・菊姫役の萩野宮ナナ子さんから一言頂戴いたします」

「皆さんお久しぶりです。私は村木さんのような立派なスピーチは苦手です。特撮番組が教育番組だったなんて、ちっとも知りませんでした。村木さんは、愛とは何か、正義とは何かと問われました。私は、そのどちらもが、相対する誰かが犠牲にならなければならない定めにあると思っています。自分たちの平和が必ずしも皆の平和、地球の平和とは限らないのです。ですから私も團さんのように家庭の平和を守るために、日々皆さんにご迷惑をお掛けしないよう心掛けて送っております。今日はお互いに想いやりの心で過ごせれば幸いと思います」

「萩野宮さん、ありがとうございました。 それでは思い出を語っていただきます。まず、皆さんからヒーローの方々にご質問していただき、それに答えて思い出を語っていただく形式をとりたいと思いますのでよろしくお願いいたします」


 すぐに参加者複数の手が上った。


 クウィンス森吉の前に救急車2台と県警のパトカー1台が停まっていた。宿の中からブルーシートが歪に盛り上がった担架が2台運び出されてきた。鍋島峻作と鍋野満の凍死体だ。遺体はそれぞれの救急車に収容された。


「二人とも四つん這いで凍死…どういうこと !?」


 県警の刑事・藤島周平が、現場検証を終えて出て来た鑑識の権田原晃に尋ねた。


「遺体の形状もそうですが、凍死というのがどうも…須又温泉での件もまだ解明できてませんで…」


 藤島は女部田真の凍死の時も捜査を担当した刑事だ。須又温泉での凍死事故の時は別の刑事が担当だったが、クウィンス森吉での凍死の一報で、女部田の凍死事故の一件が再浮上し、急遽、藤島が担当に回された。


 五味久杜、千葉藤雄、氷室豊子に続いて、今回、鍋島峻作、鍋野満も女部田と同じ凍死である。凍死が女部田の一件だけであれば、単なる不審死で片付けられたかもしれない。しかし、同じ内陸線沿線で続けざまに5人の凍死。しかも厳寒の女部田の凍死とは違って、秋に凍死である。共通することといえば、特撮イベントに絡む出来事。検証では5人とも事件性は全く見当たらなかった。藤島は頭を抱えた。


「藤島さん!」

「おお! 万蔵さん!」

「久しぶりだねえ」

「あれ !? 須又温泉で働いてたんじゃなかった?」

「去年、温泉が廃業になったんで、こっちに来てるんだよ」

「営業再開したとかって聞いたけど?」

「臨時の再開だよ。息子の太が頑張ってる」

「そうだったか…」

「今回も壁にぶち当たってるみてえだな」

「さっぱり分からん」

「権田原さんはこのところ凍死専門になっちまったね」

「阿仁前田で3件も続いちまったからね…不吉だ」

「指紋も、加害者の痕跡も、何も出ねえだろ」

「愉快犯みたいな言い方やめてよ、万蔵さん」

「これは人間の仕業じゃねえよ」

「女部田のように熊にやられた形跡なんてないよ」

「その女部田だよ」

「女部田 !?」

「女部田の悪霊の仕業だ」

「またまた、万蔵さん、何をいうかと思えば…」


 藤島は呆れて笑った。


「オレの言う事が信じられないだろうが、近いうちに、もっと恐ろしいことが起こる」


 そう言って万蔵は清掃に戻って行った。


「女部田の悪霊か…だとすれば、犯人逮捕は難しいな」


 藤島が冗談交じりに溜息を吐くと、権田原は真面目な顔で呟いた。


「万蔵さんの理屈は間違ってはいないんだよな」

「おいおい!」


 藤島の突っ込みに、権田原は笑って引き揚げて行った。


 浴場への境のガラス戸に仕切られた幕が下ろされた。第二部のイベント会場である浴場の中央の湯船には、レアものの特撮グッズの山が築かれていた。参加者たちから大きな歓声が上がって、峰岸譲司の追悼イベントなど何処吹く風となった。ガラス戸が開けられると、参加者は我先にとグッズの積まれた湯船の周りに群がった。


「皆さん、タイルが滑り易いので気を付けてお座りください! どうぞ、お互いに譲り合ってお座りください!」


 根倉静香は弟の仁と一緒に、グッズの積み上げられた湯船の中に立った。統制を図るには弟の睨みが必要だった。予めレアグッズの価値を下調べはして来たものの、無線でエルトン・仁のアドバイスを受けられる状態になっていた。


 ボイラー室ではエルトン・仁と四条小夜子、矢代蘭が通信体制を整えて待機していた。


「では、特撮グッズの競りを始めます!」


〈第44話「特撮グッズの価値」につづく〉

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