第42話 特撮ヒーロー様の控室
根倉仁は俳優陣を須又温泉に隣接する駄菓子屋 “となり” に案内した。かつてこの商店会は須又温泉を起点に栄えた。松橋キヨの夫・徳三郎が、温泉客を狙って隣に店を開いたのが名前の由来だ。
徳三郎は現実的で厳しい男だった。この駄菓子屋 “となり” に、小学生だった頃の五味久杜がよく悪ガキ連中を従えて万引きにやって来た。キヨが人を睨むようになったのは五味久杜らの度重なる万引きに鍛えられた結果だ。徳三郎は、万引きをする五味久杜らが小学生であろうとお構いなしに駐在所に引き摺って行った。
地元では資産家だった五味家は、跡取りが警察の補導なり児童相談所への通告をされるのを防ぐために、万引きの度に徳三郎に金を積んだ。しかし、いつまで経っても万引きを止めない息子に困り果て “毎月金を払うから、もう警察に連れて行くのは止めてくれ” と頼んできた。徳三郎は、“それは断る” と言って、その後も万引きをする度に久杜を警察に引き摺り出し続け、その度に積まれる金を “おまえの息子はうちの店の上得意だよ” と嘯き、当然のように受け取るのが常態化していた。
「あら、駄菓子屋さん!」
葛城陽子は萌えた。
「ここが控室 !?」
「はい、近くに適当なところがなかったもので…もし、お気に召さなければ別に用意しますが…」
「とんでもない! 凄く気に入ったわ!」
「そうですか! 控室は奥の縁側の並びの部屋です。今は丁度日差しもいい感じで入ってると思います」
いきなりキヨが睨んで出て来た。
「来たか」
「ここの住人のキヨさんです」
「お世話になります、キヨさん」
キヨは真っ先に挨拶した葛城陽子を睨んだ。
「あんた、美人だね~私の若い頃にそっくりだ」
「あら、嬉しい! じゃ、私も将来、駄菓子屋さんの女将さんになろっと!」
葛城陽子の心得た返事にキヨは満足した。村木志郎が口を挟んだ。
「婆さん、シャワー浴びれっかな」
キヨは村木を睨んだ。
「隣に温泉があるだろ、隣に行け」
「婆さんとこに風呂ないの?」
「おまえ、何様か知らんが、他人の家に上がっていきなりシャワーだ風呂だと? 随分と礼儀知らずな野郎だな」
「や、野郎って !? 私は俳優の村木志郎です! 案内されたから来たんだ! これから大勢のファンの前に出なきゃならないんだ! シャワーを浴びて身嗜みを整える必要があるんだ!」
その村木に何かを話そうとする根倉仁の間に、萩野宮ナナ子が割って入った。
「いい加減にしなさいよ、村木さん…今日は峰岸譲司さんの追悼で来たのよね。ファンのことはその次でしょ。地元の方々は峰岸譲司さんのためだから、こうして出来る限りのご協力をしてくださってるのよ。あなたは追悼のことが頭にないの?」
「それに何よ、その服装。追悼の席にその迷彩服で出席するつもりなの !?」
「ごめんなさいね、キヨさん! お気を悪くなさらないでね」
「あんた、駄菓子好きかい」
「え !? ええ!」
「じゃ、店に行って好きなのを持っといで。お茶入れてやるから」
「ほんと! 嬉しい! ナナちゃん、行こッ!」
女優二人が店に行ったのを見て、キヨは居間に消えた。
「婆さん! シャワーはないのかね!」
しつこい村木にうんざりして縁側で日向ぽっこを始めた團國彦が、それとなく岩田に呟いた。
「イベントのプログラムに“入湯”ってのがあったよね。どうせ後で温泉に入れるんだから、俺達はシャワーなんていらないよな、岩田さん」
「そりゃそうでしょ。今、シャワーなんか浴びたら温泉に入る楽しみが半減するわな」
村木は居心地が悪くなって、ひとり残った根倉仁に威厳を振り撒いた。
「私の部屋はどこ!」
「目の前です」
部屋の前には5人の名前が書いた紙が貼られていた。“岩田今朝雄様 鍋野満様 團國彦様 鍋島峻作様 村木志郎様” の順だった。
「この名前の順位は根拠があるの?」
「イベント出席を了承していただいた順番です」
村木は番組の放映順が間違っていると主張する思惑を外されたので、部屋割りで注文を付けようとしたが、それも外されてしまった。
「5人部屋なの !?」
「ええ、それが何か?」
根倉仁からあからさまに挑戦的な返事が返って来た。
「あのね、君!」
不穏な空気を察した岩田と團が部屋の前に来た。
「入っていい?」
「ええ、どうぞ」
根倉仁が障子を空け放つと、二十畳ほどの広い部屋だった。岩田と團は入るなり仰向けになって伸びをした。
「これだよ、これ!」
「では約20分後に呼びに参りますので、それまでにお支度をお願いします」
「あいよ!」
根倉仁は村木志郎に構わず、居間に寄った。萩野宮ナナ子と葛城陽子がキヨの入れたお茶で駄菓子を味わいながら話し込んでいた。
「20分ほどで迎えに参ります!」
「わかったわ!」
そう告げると、根倉仁はイベント会場に戻って行った。
「キヨさん、あの村木ってやつね、勘違いもいいとこよ」
「ああいうのは甘やかす人間も悪い!」
「そのとおりよ!」
「私、前にあの村木がバラエティに出てたのを見た事があるのよ」
「村木がバラエティに !?」
「大人の番組では中々役どころを掴めなかった事務所も何とかしなきゃと思ったんじゃないの? 売れなくなった俳優の最終手段…復活を賭けてバラエティに出るというその番組っていうのがね、特撮好きのお笑い芸人が一堂に会して薀蓄を垂れるって企画なのよ。目立ちたがりの村木志郎は、華麗な立ち回りで登場する予定だったと思うのね。ところが、老いには勝てなかったようで、アクションクラブの連中とのタイミングが全く合わなくてボロボロだったのよ。だって主役がヨタヨタだもの、殺陣の人たちだってそうそう合わせられないわよね。でもそこまではお笑い番組だからご愛嬌よ。無様で笑いが取れたんだから。ところがご愛嬌では終わらなかったのよ」
「どういうこと?」
「村木が撮り直してくれってゴネたのよ」
「撮り直してもらえなかったの?」
「生放送」
「やだ!」
「それでも食い下がったのよ、もう一度やり直させてくれって」
「信じられない!」
「でしょ !? そこから空気が一変したの。テレビを観ているこっちにまでヤバい空気がビンビン伝わって来ちゃった。私、悪寒が走ったわ」
「何が起こったの !?」
「お笑い芸人さんたちの目が一気に白い目になって…」
「怖い!」
「 “勘違いすんじゃねえ” とか “てめえの番組じゃねえんだよ” とか、聞こえる小声で村木志郎という特撮ヒーローをマジでいたぶり始めたのよ」
「会場はしらけムード全開ね。観たかった~その番組」
「観たくなかったわよ。私たち特撮番組に出た俳優が同類に見られたら嫌だわ」
ニヤニヤしながら二人の話を黙って聞いていたキヨがポツンと呟いた。
「女優さんも陰口が好きなんだね」
「大好きよ」
「あたしも大好き!」
二人がそう答えると、キヨはにんまりした。
「あたしも好きなんだよ」
キヨの言葉に、二人は笑いが止まらなくなった。
〈第43話「黙祷」につづく〉
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