第41話 特撮俳優を堕落させるのは誰だ?

 地域振興課の根倉静香は、クウィンス森吉に午前8時半には着いていた。俳優陣の迎えの約束は9時。岩田今朝雄、團國彦がロビーでコーヒータイムを過ごしていた。そこに今朝到着したばかりの萩野宮ナナ子と葛城陽子が談笑しながらロビーに入って来た。萩野宮ナナ子は女戦団ユーレンジャーの主役を務めた女優であり、葛城陽子は追悼イベントの峰岸譲司が主演を務めたシャドーヒーローのヒロインで、これまで特撮関連のイベントを一切拒否していた女優である。根倉は一同に声を掛けた。


「皆さん、おはようございます! 宿の前に車を用意してありますので、どうぞお乗りください」

「まだ二人来てないんで、ちょっと待ったら?」


 足を組んで新聞を見ながら上目線での岩田の一言にムッと来た根倉静香は、平静を装って俳優陣をざっと見回した。


「鍋島峻作さんと鍋野満さんのようですね。そちらは追って対応させていただきます。皆さんは時間通り先に現場にお送りしますから、どうぞ車にお乗りください」

「そんな固いこと言うなよ。きっともうすぐ部屋から下りて来るよ」


 團國彦の意見に葛城陽子が反論した。


「約束の時間は守ってほしいわね。私は一分でも無駄に待たされるのは御免だわ」

「無駄ってね…同じ仲間じゃないか」

「時間を守れない人は仲間だとは思わないわ」

「別に撮影の仕事で時間を急かれているわけじゃないんだからいいじゃないか」

「待ちたい人が待てばいいんじゃない? 私も陽子ちゃんと時間どおりに現場に向かわせてもらうわ」

「では時間どおり一便は発車させていただきます。お待ちになられる方はこのロビーにいらしてください。二便でお迎えに上がります」


 そこに根倉の弟・仁がロビーにやって来た。


「遅いけど、どうかした、姉貴?」


 強面タイプのがっちりした男が、痺れを切らして半切れで迎えに来たかに見えた。


「先にこちらの女優さんお二人をご案内して」

「了解、じゃ、どうぞ」


 萩野宮ナナ子と葛城陽子は根倉仁の後に続いた。


「俺達も先に行くか」

「ですね。やつのことだから、いつ下りて来るかも分からないしな。それに、同じ車内で二日酔いの臭いを嗅がされるのも嫌だしね」


 岩田と團も都合悪そうに萩野宮たちに続いた。勝手に晒せよと思いつつ、根倉静香がフロントに行くと、既に支配人の柴田秀司が鍋島と鍋野の部屋に連絡を入れてくれていた。


「静ちゃん、どっちも出ないよ。見て来ようか?」

「いいわ、私が行ってみる」


 根倉静香は仕方なく部屋に向かった。俳優陣に対して柴田支配人の無用な低姿勢ぶりを取ってほしくなかった。最初に鍋野満の部屋をノックしたが返事がなかった。


「鍋野さん、商店会の根倉です!」


 ノックをしながら何度声を掛けても返事がないので、ドアノブに手を掛けてみると空いていた。そっと中を覗いてみた。荷物はそのままで鍋野は居なかった。隣室の鍋島峻作の部屋をノックした。やはり返事がない。ドアノブに手を掛けて見たが、こっちは鍵が掛かっていた。


「鍋島さん、商店会の根倉です! 鍋島さん! 鍋島さん」


 根倉静香はどうするか迷ったが、結局、このまま商店会に戻ることにした。根倉は思った。彼らが他でどういう対応を受けているかは知らないが、時間にルーズな時点で契約放棄と見なすしかない。9時の約束を守らず、連絡も付かない。

 元来、根倉は特撮ファンも俳優も嫌いだった。正義をオモチャにし、社会常識に疎く、実力の伴わない高慢ちきな存在が許せなかった。過去に内陸線にテレビドラマの撮影隊が入り、世話係を務めた事があった。監督やスタッフには真摯な俳優が、現地の担当者には傲慢な態度。ほとほとうんざりした経緯があった。根倉は何がいけなかったか反省してみた。そして、無意味な低姿勢は誤解を生むという結論に至った。今回、根倉は主導権はあくまで主催者側、担当者にあることを示し、対応は事務的、合理的に徹しようと心に決めていた。


 根倉らイベント関係者の一行が去って、一般客のチェックアウトも済み、万蔵は清掃に入った。宿泊階に上がると、ベッドメイクの三沢絹子が鍋島俊介の部屋の前で困っているのを見掛けた。


「どうした、絹ちゃん?」

「お出掛けだと思って開けたら、内側からロックが掛かってるのよ。いらっしゃるはずなのに全く返事がないから、中で何かあったのかしらと思って…」


 ドアに近付いた万蔵は、隙間からの空気に手を翳した。室内のただならぬ気配…万蔵は気色ばんだ。


「…来たか」

「え?」

「絹ちゃん、絶対にこの部屋に近付くんじゃねえ!」


 建物自体を結界で保護したはずなのに何故と思いながら、万蔵は祓い塩で一先ずドア口にも結界線を引いた。


 俳優一行を乗せた車が須又温泉に到着すると、入口に群れていた特撮ファンたちが会場入口前の通路を開けて遠巻きになった。追悼イベント会場の趣は、葬儀場とお化け屋敷が合体したようなムードで、四条小夜子の事業分野である巧みなバルーンアートが施された不思議な佇まいに様変わりしていた。


「なるほどね。ナナちゃんが黒ファッションで統一してきた意味が分かったわ」

「ダサい銭湯かと思ったら素敵なセンスね。特撮イベントに来て初めて味わう期待感だわ」

「誰が演出してるのかしら…女部田?」

「あのカス、とっくに死んだでしょ」

「そうよね。じゃ五味?」

「ゴミも死んだそうよ。この温泉の脱衣室で凍死だって」

「凍死現場をイベント会場にね…随分思い切った発想だわね。そういうの嫌いじゃないいけど」

「うちのマネージャーが笑ってたわ。五味が温泉で湯治じゃなく凍死かって。一応、不謹慎よね」

「霧島さんらしいわね…じゃ、このセンス、誰なのかしら」

「なんか、今回のイベントは面白くなりそうね」


そこに、地蔵戦隊アミダマンの村木志郎が愛車のジープで乗り付けて来た。集まった特撮ファンたちから熱い眼差しが向けられた。葛城陽子は舌打ちした。


「目立ちたがりの大スターが現れたわ」

「訛りが強情に治らない大スターよね」

「ある大御所さんが彼のことを特撮番組への引き籠り俳優って言ってたわ」

「相変わらず服装もダサいわね」

「体でも悪いのかしら」

「どうして?」

「顔が土気色…恐らく、肝臓をやられてるわね」

「大酒飲む人だっけ?」

「お酒とは限らないでしょ。気が小さくてナルシストと言えば…」

「おクスリかもね」


 車から下りた村木志郎が特撮ファンたちに手を振ろうとしたところに、根倉静香の愛車が乗り付けた。村木は思わずムッとなった。萩野宮ナナ子と葛城陽子は思わず噴き出した。


「グッドタイミング!」


 根倉静香は村木志郎を無視して、真っ直ぐ萩野宮らの元に近付いて来た。


「お待たせしました! 俳優の皆さんは控室にご案内しますので、係の者に付いて行ってください。参加者の皆さんは順番に会場の中へお入りください!」


 村木志郎は根倉静香につかつかと歩み寄って来た。


「君ね!」

「特撮ファンの方はどうぞ会場の中へお入りください」

「私は特撮ファンなんかじゃない! よく見たまえ!」

「一般の観光客の方でしたら今日はイベントのため、温泉は貸切になります」

「一般の観光客じゃないよ、私は!」

「・・・?」

「村木志郎! 地蔵戦隊アミダマンの村木志郎だ!」

「え !?  ああ…これは大変失礼いたしました!」

「来て初っ端にこんな失礼を受けるんであれば来なければ良かったよ!」

「じゃ、帰れば?」


 萩野宮ナナ子が村木の前に出た。


「来たくなかったんでしょ? でも、さっきは特撮ファンの前でご機嫌だったじゃないの」

「ファンサービスだよ!」

「じゃあ担当の方にもファンサービスなさったら?」

「私を特撮ファンと間違えたんだよ、彼女は!」

「それはあなたに俳優としてのオーラを感じられなかったからじゃないの?」

「村木さん、お久しぶり! 葛城陽子です」

「あ、どうも…」

「わたしもね、最初、村木さんだって気が付かなかったのよ。その先に来客用の駐車場があるのに、わざわざ特撮ファンが大勢い集まっている温泉の前に乗り付けるなんて、なんて不躾なドライバーかしらと思ったのよ」

「・・・・」


 根倉の弟・仁が村木に寄って来た。村木は “ギョッ” とした。


「地蔵戦隊アミダマンの村木志郎さんですね」

「そ、そうだが、君は? サインならあとにしてくれたまえ」

「皆さんを案内する係の根倉仁と申します。姉が大変失礼なことを申しまして…」


 村木志郎に根倉仁の鋭い眼光が刺さった。村木の慌てぶりに萩野宮ナナ子と葛城陽子が笑いを堪えた。


「問題がなければ控室にご案内させていただきたいんですが…」


 村木は素直に根倉仁の案内に従った。岩田と團も村木の態度を少なからず不快に思い、後に続いた。萩野宮ナナ子と葛城陽子は笑いを堪えるのがマックスになりながら、一番後ろから付いて行った。


〈第42話「特撮ヒーロー様の控室」につづく〉

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