第40話 悦楽のバトルロイヤル
深夜、鍋野満の部屋の内線が鳴ってすぐに切れた。それを待っていた鍋野は部屋のドアを開け、廊下の様子を窺った。人気がないことを確認して、隣の鍋島峻作の部屋のドアをノックした。
ドアはすぐに開き、鍋島峻作は鍋野の首に手を絡めて中に引きこんだ。二人は縺れながらそのままベッドにダイブしていった。
大名持神社の石段を降りる大藪誠の手には、三本の釘が握られていた。背中に乗った女部田真の悪霊が社務所の倉庫に振り返った。
社務所の倉庫の中では、棚に納められている “封じの壺” が振動していた。
「おい、社務所に戻れ」
「はい !?」
「社務所に戻るんだ」
「私はもうあなたに扱使われるのは嫌です」
途端に大藪誠は石段を転げ落ちて行った。起き上がろうとすると鼻先に恐ろしい女部田真の顔があった。
「誰が扱使ったの、藪博士さん? あの三龍叩きだっておまえが喜んでやってたことじゃないか?」
「あれは女部田さんに頼まれたから…私は、後悔してます」
「レスは消せないんだ、藪博士さん。ボクのように松橋龍三のクソ野郎にバラされたくなかったら社務所に戻れ」
「女部田さんは松橋龍三さんに殺されたんですか !?」
「やつ以外にボクを殺したい人間がいるわけがない。やつに決まってるだろ!」
「た、確か新聞では…女部田さんは熊にやられたと…」
「熊じゃない! 犯人は松橋龍三だ!」
「私に怒鳴っても…」
「とにかく、社務所の倉庫に戻るんだ」
大藪誠は仕方なく女部田真の悪霊に従った。石段を転げ落ちた際に捻挫したらしい左足首を引き摺りながら社務所に隣接した倉庫に到着した。
「開けろ」
鍵が壊れたままの倉庫の戸を開けて中に入ると、暗がりの棚に納められた “封じの壺” がまたカタカタ揺れ出した。驚いた大藪は後退りして入口に胤を返したが、そこに女部田が立ち塞がった。
「札を剥がせ」
大藪誠が御札に手を触れると瞬時に燃え上がった。一間置いて壺に“ピッ”と罅が入り、崩れるように割れた中から五味久杜の悪霊が放たれた。
「ご、五味さん !?」
鍋島峻作の部屋は乱れに乱れ、ムッとした加齢臭で充満していた。掃き捨てられたようにぐったりとベッドに沈んだ鍋野満の肢体を、鍋島峻作の目は舐めるように見下げて長い吐息を吐いた。
「喉が渇いちゃった」
鍋島峻作は宿のバスローブを纏いながら冷蔵庫に立った。カップ酒を開け、喉を鳴らした。
「飲む?」
聞かれても鍋野は息が上がって応えられなかった。
「なによ、すぐにダッチみたいになっちゃって。もうへばったの? 一休みしたらまた楽しむのよ」
「・・・・・」
「特撮イベントで出会った頃は、疲れを知らなかったじゃないの」
「・・・・・」
「どっか悪いんじゃないの?」
「もしかしたら…」
「もしかしたら?」
「・・・・・」
「もしかしたら何よ」
「いえ、何でもないです」
「相変わらずはっきりしない人ね」
鍋島俊介はカップ酒をもう一つ開けて喉を鳴らした。
「美味しっ…あなたも飲むでしょ? 飲ませてあげるわね」
鍋島峻作は口に含み、鍋野満の唇から垂らし始め、徐々に股間に下っていった。
大藪誠がクウィンス森吉に到着すると、彼の両肩に乗っていた女部田真と五味久杜が急に身を引きながら、大藪誠の髪の毛を毟り、引き摺り戻した。
「な、何するんです !?」
「止まれ、藪!」
「ど、どうしました !? 決して逆らいませんから乱暴はもう止めてください!」
「結界を解け!」
「結界ってなんのことですか !?」
「祓い塩だ! 足元の祓い塩をどかせ!」
「暗くて見えませんよ」
「おまえの上着で掃けばいいだろ!」
大藪が強く拒んだ。
「こ、これはただの上着じゃない! ネットで競り落としたばかりのシャドーヒーローの…」
五味久杜は大藪誠の喉仏を掴んだ。
「上着と命…キミにはどっちが大事かな?」
声を出せない大藪誠は必死に頷いた。その上着はシャドーヒーローの撮影で使われた刑事役の加藤亮が着た衣装だった。特撮番組は撮影終了後に何故かかなりの衣装が行方不明になる。中には結構な高値でネットオークションに出されるものもある。この上着を8万円で競り落とした大藪は、泣きながらその上着でクウィンス森吉の入口を掃き、吹き溜まりの土とともに祓い塩を除いた。
入口の結界が解かれると、女部田と五味の悪霊は建物の中に入って行った。
鍋島俊介の部屋では鍋野満にとっては瀕死の2回戦が白熱していた。野生化した鍋島峻作とは対照的に鍋野満はなされるがままに弄ばれる拷問部屋と化していた。
鍋島峻作の顔が変わった。攻撃的な表情から一気に恍惚とした受け身のうねりに変わった。背後に女部田真がマウント態勢で現れた。その女部田真に鍋野満は髪を毟られてベッドから強引に弾き出された。
「…来てくれたのね」
鍋島峻作と悪霊・女部田真のグロテスクな絡み合いが始まった。一方の弾かれた鍋野満の背後にも五味久杜が現れた。その懐かしい感触が、鍋野を一気に溶かし始めた。
かつて彼らが特撮イベントの終了後の深夜に、毎回繰り広げた“悦楽のバトルロイヤル”が始まった。
〈第41話「特撮俳優を堕落させるのは誰だ?」につづく〉
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