第39話 オタとオタ餌
須又温泉での峰岸譲司追悼イベントを明日に控え、遠方からの宿泊組特撮ファンがクウィンス森吉に続々と集まって来た。長谷霧子(HN…ハリコ)、伊崎祥子(HN…チャキ)、山岸ゆかり・さなえ姉妹(HN…
クウィンス森吉は俄かにチェックインラッシュになった。そんな特撮ファンの中に颯爽と鍋島峻作が現れて注目の的になった。満足げにスター気取りでホテルフロントに向かって行くと、溜まっていた特撮ファンの群れが道を空けた。特撮ファンの間にヒソヒソ声が飛び交った。
「今通った時、加齢臭臭くなかった?」
「それもあるけど、結構酒臭くない?」
「午前中から飲んでるのかしら?」
「前回より何か随分老けたわね」
「ドラマの仕事はもう何十年もしてないでしょ」
「仕事してたらもういい加減こんなところには来ないわよね」
「特撮イベントでしか見ないよね」
「五味さんのイベントには漏れなく付いて来るわよね」
「女部田さんの時代からよ」
「それ以外のイベントには呼ばれてないでしょ」
鍋島は一同のヒソヒソ声は自分への憧れと称賛の言葉だろうと疑わなかった。少し先に来てロビーで新聞を広げていた岩田今朝雄や團國彦は特撮ファンの本音がしっかり耳に入っていた。
「あれだけ年食うといいな、耳が聞こえないから」
「毎回ただ酒飲みに来てスター気取りか? こっちが恥ずかしくなるよ」
「ケツ掘ってもらう相手が死んじまっても来るんだな」
岩田と團は笑った。
「それにしてもオタどもの本音は痛えな」
「当たってるだけにな」
鍋島峻作が岩田たちの笑い声に気付いて近付いて来た。特撮ファンらは遠巻きにその様子を見ていた。
「久しぶりだね、お二人さん!」
「ああ、どうも御無沙汰でした!」
岩田も團も“観客”の手前、往年の大親友といった素振りで対応したが、すぐに話は途切れた。
「じゃ、明日よろしく!」
「そうですね!」
鍋島峻作は岩田らとは少し離れた椅子に座っている鍋野満を見付けてホッとした。
「おう! 鍋野くん!」
「どうも!」
鍋島峻作は鍋野満と抱擁したい気持ちをグッと堪えて隣席に座った。
根倉静香が案内に来た。真っ直ぐフロントに向かい、参加特撮ファンにイベント会場までの地図とタイムテーブルを配ったり、部屋割りを始めた。
根倉の “交通整理” の間、岩田と團の鍋島峻作論議が再開した。
「番組オンエアの時期が少し早いからといって先輩面はねえだろ。もう現役から遠ざかったただのジジイじゃねえか」
「あの二人、相変わらず気色悪いな」
「あいつ、もうどっかで引っ掛けて来たな」
「どうせローカル線の中でワンカップだろ。アル中ジジイどものやることは一緒だ」
「年食ったオカマヒーローを見て満足してる特撮ファンも気の毒だよな」
「毎回イベントに参加してるのを見てりゃ麻痺してそれが普通だとおもうようになるんじゃねえの?」
「幻影と現実と幻滅の狭間でか?」
「世間から見ればそういう連中の集まるイベントなんて異物だろうな」
「汚物かもよ」
「だけど、俺達もその中の一員なんだよな」
「そこだよな。今回を最後にしようと毎回思うんだけどね。誘われると、ついついな」
「人間はこうやって堕落して行くんだな」
「俺達もあの連中と大差ないか…」
二人が何気なく特撮ファンらのほうに視線を向けると、彼らもそれぞれに岩田らのほうをチラ見しながら部屋に向かう姿が見えた。
「では、特撮ファンの皆さんは、明日は時間厳守での現地集合でお願いします!」
根倉は特撮ファンの “交通整理” を済ませ、岩田らのところにやって来て名刺を渡した。。
「初めまして。根本静香と申します。今回のイベントを担当させていただいております。お部屋割りのご案内をさせていただきます」
根本の部屋割りに従い、岩田らはフロントで鍵を受け取って部屋に向かった。部屋が隣同士になった鍋島峻作は、鍋野満にウインクしてから部屋に入ってもう一度首だけ出した。
「あとで…」
鍋野満も微笑んで自分の部屋に入った。
その夜、大名持神社では、参加者のひとり、HN・藪博士の大藪誠が “封じの樹” の前に立っていた。
「これを抜いたら、おまえには特別な力をやる」
「どんな力ですか!」
「望みを言ってみろ」
「望みは…明日のイベントの競りで欲しいものを全部競り落としたい」
「叶えてやろう、この私の胸に刺さった三本の釘を抜け!」
「・・・・・」
「何をしている! 人が来る前に早く抜け! 釘はおまえにやる」
大藪誠の目が爛々と輝き出した。
〈第40話「悦楽のバトルロイヤル」につづく〉
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