第36話 クソヲタの刺客たち

 居酒屋 “おこぜ” の店主・秋山から連絡を受けた妹背は “封じの樹” に急いだ。社務所を出て参道に入っ妹背の足が止まった。


「・・・!」


 “封じの樹” の前に誰かが立っている。妹背は思い切って声を掛けた。


「こんばんは! お参りですか?」


 すると人影は妹背に振り向いた。


「お久しぶりです!」

「後藤田さん !? いつ、こちらへ?」

「さっき着いたばかりです。真っ直ぐここに来ました」

「もしかして…」

「ええ…釘が一本足りませんね」

「やはり、そのことを確認に見えたんですね」

「妹背さんは?」

「私も今、秋山さんから連絡を受けて来てみたんですが…」


 そう言って“封じの樹”の釘を確認した。二本しかない釘に、妹背は重い溜息を吐いた。威を誇示するように樹冠が唸った。二人は思わず見上げた。ひらひらと銀杏の葉が舞い降りて来るのが見えた。妹背はとっさに叫んだ。


「離れて!」


 二人は急いで樹から離れた。


「銀杏の葉に触れることは危険です」


 エルトン・仁は相当由々しい事態になっていることを自覚した。


「お茶でも入れましょう」

「宿のチェックインがまだなんです。今日はこれで失礼します。明日の朝、改めてお参りに来ようと思っています」

「そうですか。お待ちしています」


 翌朝、エルトン・仁は矢代蘭と鳥居の前で待ち合わせをした。そこから参道の先にある女部田真が封印されている銀杏の樹を見つめていた。暫くしてその“封じの樹”の樹冠からカラスが空高く飛び立った。そのカラスが一転急降下して低空飛行になり、どんどんエルトン・仁に近付いて来た。目前で急にバランスを崩したカラスが、踵を返して飛び去り、再び樹冠に潜り込んだ。


「カラスは急な光に弱いのよ」


 スマホの簡易ライトでカラスを追い返した矢代蘭が来ていた。


「手荒い歓迎のようね」

「助かりました」


 そう言うエルトン・仁の手にも既に高輝力のタクティカルライトが握られていた。


「お久しぶり。あれから商店会ではいろいろあったようですね」

「はい」

「あれが例の“封じの樹”ですね」

「あの樹に刺さった封印の釘がネットオークションに出てるのを知ってますよね」

「ええ、昨日到着したその足で確認に来ました。オークションの釘が本物かどうかは分かりませんが、確かに一本減ってはいます」


 二人は一礼して鳥居をくぐり、“封じの樹” に向かった。


「気を付けてください。神主さんのお話では、落ちて来る銀杏の葉にも触れてはいけないとのことでしたから」

「そんなに危険なの!?」


 恐る恐る参道を歩く矢代蘭が途中で歩を止めて深呼吸をした。


「大丈夫ですか?」


 エルトン・仁はしばらく彼女の様子を窺っていたが、再び歩き出したので歩を合わせた。しかし、彼女はまた歩を止めた。


「…怖い」


 そう言った途端、彼女は “封じの樹” に引っ張られるように立ったままの状態でグイグイと引き摺られて行った。


「矢代さん!」

「助けて!」


 エルトン・仁は追い駆けたが、彼女の体の半分が“封じの樹”の中に吸い込まれていった。その時、“ビュッ!” という風音の後、“カンッ!” と響かせて一本の釘が “封じの樹” に刺さった。同時に矢代蘭の体が弾き出された


「樹から離れろ!」


 叫んだのは “釘ヌキ” の牙家然きばけ しかりだった。


 牙家の助言で二人は一先ず神社を離れて、クウィンス森吉に戻ることにした。昼過ぎ、宿で小夜子と合流していた。


「恋人が“封じの樹”に吸われる噂って嘘だと思ってたけど、ホントだったのね」


 小夜子が不安げに呟いた。


「でも、僕らはそういう間柄でもないし、どうして矢代さんがあんなことになったのか…」

「コーヒー出来ましたよ!」


 セルフサービスなのでカウンターまで受け取りに行かなければならなかった。


「僕が行きます!」


 エルトン・仁は一応気を利かせた。


「矢代さん」

「はい?」

「エルトン・仁さんのこと…好きになったんじゃないの?」

「・・・!」

「だからよ、きっと! 女部田の嫉妬心は生前から凄かった。女は皆、彼氏が居ようが居まいが自分を一番愛してないといけないのよ。自分以外の男を愛する女は、自分に振り向くまで追い詰めるのよ。銀杏の樹に封印されても、どうやら邪悪な嫉妬心だけは益々おどろおどろしくなってるようね。恐ろしいわ。五味久杜に生き写しだわ」


 エルトン・仁が三人のコーヒーを持って戻って来た。


「あ、そうそう!」


 小夜子はバッグから小さな紙袋を取り出した。


〈第37話「大山神の御守」につづく〉

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