第35話 封じの樹
大名持神社の妹背神主は、豊から預けられた特撮グッズの入った段ボール箱数箱を見て、ただならぬ妖気を感じ、すぐに祈祷・封印をして社務所の倉庫に納めた。
深夜、大名持神社の石段の下に軽トラが停まった。車から降りた影は石段を上り、鳥居を避けて参道に入り、社務所の倉庫に向かった。倉庫の鍵を壊し、奥に積んである特撮グッズの入った段ボール箱を全て運び出し、軽トラに積み込んだ。
「これで良し」
影は再び社務所の倉庫に向かった。倉庫に入り、マッチを擦るとその炎の灯りで豊の顔が現れた。しかしその炎は、すぐに何者かによって吹き消された。
「誰だ!」
背後から豊を拘束した男が囁いた。
「オレだよ、豊…いや、今は久杜かな? それとも…」
「・・・!」
「おや、ちゃんとオレを覚えていたようだな」
その男は、比立内マタギ衆の
「オレに驚いたということは、おまえは豊ではなく、久杜でもなく、女部田真…久しぶりだな」
「きさま!」
因縁の牙家然に正体を見破られた女部田の悪霊は、瞬時に豊から離脱すると、豊は気を失ってその場に崩れ落ちた。
女部田の悪霊は社務所の倉庫を脱出したが、牙家然の放った三本の五寸釘が悪霊の心の臓を捉えて、参道の銀杏の樹に撃ち付けられた。
参道で控えていた妹背健勝が、その樹に注連縄を撒くと、女部田の悪霊は樹木に吸われるように消えていった。
「これで取り敢えず女部田の霊は閉じ込めた」
「結局、こいつが根っこか」
「こいつは去年の冬に内陸線・比立内駅の先の
「埼玉の特撮ファンが熊にやられた事件ですよね。その犠牲者が、この男でしたか」
「死因は熊被害とされたが、藤島刑事は彼の妻を疑っていた。お骨を引き取って火葬船から出る妻の顔が微笑んだ瞬間を、藤島刑事は見逃さなかった」
「峰岸譲司さんが亡くなったのも、この女部田の所為ともいわれていますね」
「女部田に対する峰岸さんの息子の憎しみは、今も消えてはいまい」
「翔くんでしたっけ?」
「彼は追悼イベントをよく了承したね」
注連縄の樹冠が激しく揺れた。
「じたばたするんじゃねえ」
然辰巳と須又太が、軽トラから段ボール箱を運び上げて来た。
「おお、辰巳か!」
「牙家さんに連絡しといて良かったですよ。それにしても “釘ヌキ” の技、見事なもんだ」
「あれは “釘ヌキ” と言うんですか!」
「今もご健在だが、この阿仁前田には『仕掛けの滝次郎』さんという名人がいてね。“釘ヌキ”はその人の編み出した技なんだよ。猟で弾がなくなって、槍もナガサも熊に弾かれて、たまたま持ってた五寸釘を投げたら熊の目に刺さって助かったんだ。でもそこからが滝次郎さんの凄いとこなんだよ。五寸釘に工夫を施しながら何年も特訓して、やっと命中率をほぼ完璧にしたんだ」
「そういう方がこの地にいらっしゃるんですか」
「ああ、滝次郎さんの他にもマタギの先人には神憑り的な名人が大勢いる」
段ボール箱を倉庫に運び込んでいると、気を失っていた豊が正気を取り戻した。
「オレ、どうしてここに?」
「取り憑かれてたみたいだな」
「久杜に !?」
「久杜よりヤバいやつだ。女部田真の悪霊だ」
「・・・!」
「牙家さんが境内の銀杏の樹に閉じ込めてくれた」
「取り敢えずな」
「取り敢えず?」
「我々が思ってた以上に深刻な状態だ。悪霊を完全に滅するにはどうしたらいいのか、今のところ分からん」
「でも、あの銀杏の樹に封印出来たんでしょ !?」
「封印しただけだ。封印はいつ解かれるか分からない」
注連縄の樹冠が再び激しく揺れた。
「悪霊はどんなことをしても注連縄を解こうとしやがる」
「あの注連縄が外れたら悪霊は飛び出すんですか!」
「注連縄の上の三本の釘が見えるか?」
「はい」
「あの釘が全部抜けたら悪霊は自由になる」
「もっと釘を刺したら駄目なんですか!」
「三本でも百本でも外されたら同じことだ」
「じゃ、これ以上どうすることも出来ないんですか !?」
「女部田真が最も恐れる者の手を借りられればいいのかもしれないが、それが誰かなど分からんしな」
「とにかく注意書きを立てます。参拝する方々にはこの樹木に触れないようにしてもらうしかないですからね」
「触れたらどうなるんです !?」
「触れてみるかい?」
それから何日も経たないうちに、その銀杏の樹の前に立った注意書きの立札がSNSのインスタに掲載され、新しい心霊スポットととして紹介された。“今日、呪いのゴミクズオッタ―通りのお化け屋敷温泉に入る前に神社に寄ってみたら、すごい立札があったよ” とコメントされていたが、そのSNSの利用者はそれから更新がストップしたままになった。そのことがまた話題になった頃、ある特撮ファンによる “神社で彼女が消えました” という投稿があって、騒ぎに乗じた自作自演だなどの炎上騒ぎに発展していた。
居酒屋 “おこぜ” は今日も旅客で満席だった。話題は専ら “お化け屋敷温泉” かと思いきや、恋人が消えたという参道で有名になった大名持神社の“悪霊封じの樹”の話だった。
店の一角で女性の二人連れがヒソヒソ声で話していた。
「元彼の彼女も消えたらしい」
「逃げられただけじゃね?」
「それがさ、目の前であの樹に吸われたって」
「絶対逃げられた言い訳だよ」
「警察にまで届けたんだよ。嘘だったらそこまでは出来ないでしょ」
「警察はなんて?」
「笑われたって言ってたよ」
「元彼に会ったの!?」
「…会った」
「ヨリ戻したいだけじゃね?」
カウンターには恋人同士と思われる男女が居た。
「おれ達も明日行ってみようか」
「あの神社?」
「ああ…悪霊封じの樹にさ、三本の釘が刺さっててね。そのうちの一本がネットオークションに出てたんだよ」
「それってインチキっぽいよ」
「だからさ、刺さってる本数を確認に行きたいなと思って」
何気なく二人の話が耳に入った店主の秋山が、思わず口を挟んだ。
「お客さん、すみません…今の話が耳に入っちゃったもんで」
「あ、どうも」
「そのネットオークションの話って本当なんですか !?」
「ええ、三本のうちの一本だという釘が3000円からオークションかかってます。今…5000円越えたくらいだと思います」
「…そうなんですか」
それが本当なら大変な事態だと思った店主は、早速神主の妹背に連絡を入れてみた。
〈第36話「クソオタの刺客たち」につづく〉
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