第34話 魔物を呼ぶ特撮グッズ

 2ちゃんねるで悪意の命名をされた “呪いのゴミクズオッタ―通り” の名称は、偶然にも町興しの追い風になった。商店会の入口にある須又温泉が、凍死事件で訳あり物件となってしまったが、悪評を逆手に取った“お化け屋敷温泉”計画で息を吹き返した。

 特撮ファンだけでなく、新しい心霊スポットを体験しようという物好きな人たちが足を運ぶようになった。それに追い打ちを掛けたのは、内陸線沿線に住む特撮ファンのHN・カタクリ小町こと片山千夏や、HN・バサマこと馬場由紀子らのSNSでのインスタグラムだった。実際に人が亡くなった銭湯が “お化け屋敷温泉” としてリニューアルした画像が大きな反響を呼んだ。当初は土日限定の営業予定だったが、急遽毎日営業することになった。


 “お化け屋敷温泉” 開業から一週間が経過した。太や梅畑の心配を余所に何事もなく過ぎた。湯客の足は連日絶えることもなく、脱衣室には地元の土産コーナーまで設けられた。旅客が増えたゴミクズオッタ―通りは、一軒また一軒と再開する店が増え、少しづつ商店街らしく成りつつあった。


 夜も更けて観光客の去った頃、ここ4~5日顔を見せなかった五味豊が、居酒屋 “おこぜ” にふら~っと現れた。暖簾をくぐると、相変わらず商店会役員メンバーの緊急呑み会議がだらだら続いていた。


「おっ、豊じゃないか!」

「どうした、豊…おまえ顔色悪くないか!?」

「このところ、夜眠れなくてね」

「目の下に隈ができてるぞ。どっか悪いのか?」

「昼間寝てんだよ」

「寝る子がやつれてんじゃねえか…てか、昼間寝るなよ!」

「どうしても起きてられないんだ」

「じゃ、仕事はどうしてんだ?」

「女房がやってる」

「おまえんとこは不動産だから、それで何とかなるだろうけど、大黒柱が仕事もしねえで昼間寝てたら、そのうち女房に愛想尽かされるぞ」

「当たり」

「何が当たりだよ」

「別れるかも知れない」

「おいおいおいおい、穏やかじゃないな」

「出るんだよ」

「おまえが家を出て行くことになったのか?」

「そうじゃなくて幽霊が出るんだよ」

「そうか、幽霊がね…幽霊!?」

「そうそう」

「そうそうじゃなくて、誰の幽霊が出るんだよ!」

「従弟の久杜だよ」

「やっぱりな…このところ大人しくしてると思ってたが…」

「あのやろう、選りにも選って、従兄のおまえんとこにな」

「だけどさ、おまえ…よく凍死させられないな」


 一同が引いた。


「おい、豊…おまえ、もう死んでんじゃねえだろうな」

「やめてくれよ! オレはこのとおりピンピン…とは言えないけど…」

「死人がわざわざ酔っ払い連中のところに愚痴を言いには来ねえよな」

「どんな感じで出るんだよ、久杜は?」

「悲しい顔して一晩中オレの枕元に座ってるんだ」

「気が散るなーそれされると」

「気が散るどころの騒ぎじゃねえだろ、梅さん」

「おまえだけに見えるのか? 奥さんにも見えてるのか?」

「見えてくれたら険悪にならないよ」

「おまえだけか…じゃ、頭おかしくなったと思われるよな」


 店主の秋山が大ジョッキのビールを豊に持ってきた。


「これ飲め…おれの奢りだ。カーッと空けて、酒の力で一気に寝るってのはどうだ?」

「やってみたけど、どれだけ酒を呑んでも久杜が枕元に居る気配を消せないんだ」

「しぶといヤロウだな! でも、なんでお前の枕元に貼り付くんだろな? 何か言いたい事とかあるのかな? 恐山のイタコとかに見てもらったら何か分かるんじゃない?」

「そう言えば、銭湯が再開するんで運び出した特撮の玩具があったろ。あれどうした?」

「段ボールに梱包して、うちの会社の倉庫に仕舞ったよ」

「今度の追悼イベントでまた必要になるんじゃない?」

「あの玩具…気持ち悪いんだよ」

「気持ち悪い !? なんか競りに掛けると高値で捌かれるらしいじゃない」

「遊んでんだよ」

「遊んでる?」

「高価なものらしいんで最初は寝室の横に積み重ねてたんだ。夜中になると久杜が出て来て、段ボールから玩具を出しまくって一晩中遊ぶんだよ。時々、オレに微笑むんだ。その度に寒気が走る」

「夢で見たんじゃないの?」

「朝になると散らかってるんだ、部屋中が玩具だらけに…」

「無意識におまえが遊んでたとか…」

「女房もオレがやってると思ってるよ。朝起きて散らかってる玩具を見るたびに、オレを変な目で見るんだ」

「毎朝片付けてたんだけど、女房に変な顔で見られるのが嫌で、絶対出せないように倉庫の一番奥に片付けたんだ」

「そしたら遊べねえからな」

「そしたら久杜は、一晩中オレの枕元に居るようになった」

「そういうことか」

「これって心霊現象とかっていうのか?」

「一応さ…一応、医者に診てもらうってのも必要じゃないか?」

「女房が大きな病院の心療内科をしつこく薦めるんだけど…」

「一回だけでも言って見たら?」

「オレはキチガイじゃない!」


 豊の突然の興奮に一同は黙った。店主の秋山が前掛けを外して豊の前に掛けた。


「大変だな、豊…おまえは病院なんかに行くこたあないよ。原因は他にあるんだよ、きっと。まあ、飲め。オレも喉が渇いた」


 秋山はサーバーに立って大ジョッキに生ビールを注ぎ、再び豊の前に掛けた。


「おまえのジョッキは少し温くなったろ。オレのと交換しよう。オレは年だからあまり冷たくないほうがいい。こうして久しぶりに店に来たんだしさ、乾杯しようよ」


 豊は素直に秋山の乾杯に応じた。ジョッキを “ガチッ” と打ち合い、一気に飲み干して “ドン” とテーブルに置いた。


「相変わらず、言い飲みっぷりじゃないか、豊。大丈夫、すぐに何もかもいい方向に向くよ」

「あの段ボールの玩具…全部燃やしてしまおうかと思ってる」


 そう言った途端、豊が置いたジョッキが鈍い音を立てて割れた。その場に居た一同は仰天した。監事の梅畑が奥から恐る恐る言葉を投げた。


「まだ…もうちょっとだけ…燃やさないでおいたほうが…いいんじゃない?」


 他の連中もどこか空々しく同調しながら、店の中にいるかもしれない “もののけ” を探して目立たないようにキョロキョロ天井から床までを見回した。


 商店会長の提案で、豊の会社の倉庫に眠っている特撮グッズは、追悼イベントまでの期間だけ大名持神社に預けることになった。


〈第35話「封じの樹」につづく〉

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