第27話 他界した地元ヒーロー
その声に、龍三と辰巳は顔を見合わせて微笑んだ。
「…掛かったか」
墓地の入口でカラスがバタバタと転がって暴れていた。辰巳の猟犬が猛スピードで突進して銜え、辰巳の指示を待った。辰巳は“おまえのものだ”と顎で送ると、猟犬は獲物を銜えて、またどこへともなく走り去った。
「さすが、辰ちゃんだな」
然辰巳は祖父譲りの優れたマタギだ。狩りの時には日頃の怠惰や一瞬の油断が命取りになる。全身が獲物に対する警戒感に染まっていた。龍三と会うために墓地の周囲には結界を張り巡らしていた。カラスに憑依した五味がその結界に掛かったのだ。
「やはり来たか、バカが」
「ギンは大丈夫か?」
“ギン” とは辰巳の猟犬の名前だ。辰巳の祖父が、幼い辰巳のために与えた猟犬だった。辰巳は祖父・銀次郎の名前を取って “ギン” と名付けた。祖父は嫌な顔をしたが、辰巳はギンを連れて行けば、いつでも祖父と一緒にいる気になれると思って付けた名前だった。
「やつは大丈夫だ。普通の犬じゃない」
“ギン” は不思議な犬だった。人の死を読む。“ギン” を飼い始めたばかりの或る日、狩りに出る辰巳の父親・庄太郎を、まだ幼犬だった “ギン” がいつになく引き止めた。足下の脚絆を噛んで離さなかった。庄太郎はその日の狩りで命を落とした。そんなことが何度も起こった。辰巳が中学生の時、あの日の庄太郎の脚絆を噛んだように、辰巳のズボンの裾を噛んで離さなかった。辰巳は “ギン” と一緒に家を出たがズル休みをして “ギン” と一緒に一日過ごした。
その日、辰巳の乗るはずだった通学バスが崖沿いの道路で熊を避けて転落事故を起こし、多数の犠牲者を出した。辰巳はこれまで “ギン” の予知で何度も命を救われてきた。
「そう言えば、龍ちゃん以外にも隣町に特撮番組に出演していた俳優がいたよな」
「峰岸譲司…彼が例の
「そうだったな」
「女部田というクソヲタこそ、五味の師匠だ。そもそもオレを叩く2ちゃんねるのスレは女部田が立てたもので、それを引き継いだのが五味だよ」
「そうだったのか…」
「峰岸さんは気の毒だった。家族が引き止めるのを圧して体調が悪化したまま、女部田にせがまれるままイベントに出掛けたんだ」
「峰岸さんの息子って、確か…
「そう、翔くんだ」
そう言って
「万蔵さんに厄介なことを頼まれたそうだな」
「女部田の怨霊が動き出してる」
「翔は勘のいい子だから…」
牙家は龍三の顔を見た。龍三は静かに頷いた。
「翔くんは特撮ファンが大嫌いなんだよな、無理もないけど」
「女部田を殺したいほど憎んだようだが、女部田には天罰が下った」
「熊に殺られたんだったな」
「そう…熊にね」
牙家が来たので、辰巳は改めて三人の盃に酒を注いだ。
「乾杯するか」
三人は盃を持った。
「熊に!」
「熊の久太郎に!」
「そうだ、熊の久太郎に乾杯!」
三人は一気に盃を空けた。
「また始まったな、迷惑な特撮オタ騒ぎが…」
「女部田の次は、五味久杜か…どこから湧くんだ、こいつら」
「五味の息子が死んだところで、迷って悪さをしやがる。根を絶たない限りまた湧くんだろうな」
「要するに特撮オタだけじゃなく、その特撮オタに寄生しているクソヒーロー諸共抹殺する必要があるんだよ」
「そこしか居場所がない俳優って、気の毒だな。何らかの事情はあるんだろうが、家庭生活に満足出来てたら、例え招待されようと、一般人が偏見で見るようなオタク村にはわざわざ出向くこともないだろうに」
「余命幾許もなかったり、栄光ある過去の郷愁に誘われてついふらふら~っとというケースもあるんじゃないの?」
「特撮ヒーロー程度で過去の栄光じゃ、それこそ寂しい限りだろ。龍ちゃんはどうなんだよ」
「価値観の違いかもしれんが、オレにとっては“子育て”こそが最も栄光の日々だったな」
「それじゃ、特撮ヒーローをやったことはどういう位置付けなんだ」
「位置付けも何も、有難く頂いたお仕事だよ、お仕事」
「お仕事ね」
「この地域は跡継ぎでない限り、オレのような末っ子連中には仕事がないから」
「確かにな…報酬を取ったら、迷惑蒙っただけか」
「いやいや、学習だろ。特撮番組に群がるクソどもに一生分の泥を見せてもらったよ。いろいろ学ばしてもらった。特に特撮オタという特殊な人種の存在…やつらのお蔭で、人間の煩悩に正面から目を向けるようになった。何か行動を起こすたびに、それが自分の為なのか、家族の為なのか、他人様の為なのか良く考えるようになったよ」
「確かに子供の頃の荒くれ龍ちゃんから比べれば、東京に出てから優しくなったよな」
「それは逆だな」
「逆か? じゃ、残虐になったか?」
「世の中のためにならない人間でもオレに拘らないでくれれば無視。しかし、オレのためにならない人間は排除に値するということに気が付いた」
「やべえ性格になったな」
「オレが言うのも何だが、犯罪はまずいだろ」
「そう、犯罪はまずい。だが、この世の中、合法的であれば犯罪ではない」
「確かにな…この土地の慣習である大名持神社の生贄の予言は誰の犯罪でもない。九日後に凍死したのも犯罪ではなく、神の御託宣どおりの事象だ」
「怪奇現象になっちまってるけどな」
「御託宣で起こることも、悪霊のやることも法では捌けない」
「我々が捌きたい同じ相手が、もし悪霊の犠牲になるとすれば、それを止める理由は我々にはない。ただ、迷惑を蒙った相手が死んだとしても、成仏させずに苦しんでもらうことも我々には出来る。それも犯罪ではない」
牙家が三人の盃に酒を注いだ。三人はその盃を持った。
「何に乾杯するんだ、牙家」
「
「献杯? 誰に…」
「純粋に特撮ファンのことを想って亡くなった峰岸譲司さんにだよ」
「成程…」
「峰岸譲司さんに!」
三人はまた一気に盃を空けた。
「四条小夜子…彼女を助けたのはお手柄だったな、牙家…彼女は必ず戻って来る」
「そう、あれは
「精々これからも、女部田や五味の怨霊に活躍していただいて、邪魔者全てを淘汰してもらおうじゃないか」
「そういうことだな」
角館に到着した小夜子は、三人の思惑どおり、まだ新幹線に乗っていなかった。彼女はバッグからスマホを取り出した。
〈第28話「復讐の兆し」につづく〉
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