第26話 クソヒーロー
番組で “青の剣” を武器にした元特撮ヒーローの松橋龍三は、今年の帰郷が遅くなってしまった。冬になる前には墓参をしようと、やっとこの日の帰郷になったが、比立内に到着して秋の大雪の残雪を目にした龍三は不吉な予感がした。
墓地に向かうと既に然辰巳が待っていた。辰巳と龍三の先祖はそれぞれ同じ墓地の一角に眠っていた。帰郷の際には従兄の辰巳と二人で先祖の墓参をし、墓石の前で酒を酌み交わすことを常としていた。龍三の先祖の墓石の横には、二人がいつも酒を酌み交わすために作ったスペースがある。辰巳は酒と肴を用意して龍三を待っていた。辰巳の飼っている猟犬が尻尾を振って墓地にやって来た龍三に甘え、満足したのかどこへともなく走って行った。一年ぶりの二人は、須又温泉の事件があったことで、自然とその話題になった。
「特撮ファンが三人死んでるんだ。知ってるのが居るか?」
辰巳は神主の妹背から聞いた三人の犠牲者の名前のメモを差し出した。
「居るな」
「…そうか」
「こいつら三人とも元は五味の関係者だ。オレにとっては迷惑な時期もあった連中だ」
「今日、一人命拾いして帰った女がいる」
「・・・・・」
「牙家さんが万蔵から助けてやってくれと頼まれたそうだ。四条小夜子とかいう名前だ」
「成程」
「知ってるか?」
「まあな…どうやら例の女部田や五味と交流のあった連中が引き寄せられて来たようだな」
「須又での凍死者は特撮ファンだけ四人だ」
「五味は特撮ファンではない」
「だけど町おこしイベントには熱心だったようだぞ。特撮俳優を何人か連れて来て大したもんじゃないか?」
「その俳優らを知ってるか?」
「オレは知らんな」
「売れてる連中ならこんな片田舎には来ないだろ」
「確かにそうだな。商店会の連中も知らない俳優ばかりだと言ってたよ」
「特撮番組は俳優にとっては魔物なんだよ」
「ファンが付く魔物ならいいじゃないか」
「ファンは付くけどすぐ離れていくが、魔物はずっと憑きっぱなしになる」
「特撮俳優は厄除け地蔵かい?」
辰巳は笑った。
「特撮ファンは、ひとつの特撮番組終了と同時に女部田のようなクズヤロウの余計なお世話イベントで、出演した俳優と手軽に会えるようになる。それまで、演技が棒読みだとか、あのシーンのどこが酷いとか、一端のコメンテーター目線でこき下ろしていた特撮ファンが、出演俳優とイベントで面と向かえば“これからもずっとファンです”とかって名演技だ。特撮ファンのリップサービスに惑わされて、その気になるバカ俳優がいるんだよ」
「腹の底では俳優も心得てんじゃないの?」
「心得ているつもりでも、その気になるバカがいるんだよ」
「嘘も百回言われれば本当に思えるってやつだな」
「そういうやつが最終的に女部田のようなやつに尻尾を振るんだよ」
「成程な」
「阿仁前田の五味も最初のうちは純粋な特撮ファンだったと思うが、嫉妬したんだな」
「嫉妬?」
「イベントでは特撮俳優はファンの建前にしろ大もてだ。イベントの回を重ねるたびに、主催している立場の五味自身はトンビに油揚げを浚われている気分になったんだろうな」
「苦労して企画を立てたのに、一番いい思いをしてるのは自分じゃないからな」
「企画のプロは、自分が立てた企画自体の成功に喜びを覚えるんだが、やつは女部田以上のド素人だからな」
「ド素人なら予算を用意するのも大変なんじゃないの?」
「女部田の場合は、特撮ファンへの高い参加費と、ゲスト俳優への低い報酬。やってることは一端の興行師並みなのに、決算は大赤字だったそうだ。何に使ってんだか、イベントの度に使途不明金が問題になって共催者らに疑念を持たれたんだ。会計に口出しする共催者はみんな喧嘩別れになってる」
「女にでも貢いでんのか?」
「女? 女に貢ぐなら立派なもんだ。やつはバイだ。自分の狂った性にジャブジャブ金を流してたんだよ」
「よく調べ上げたな」
「オレを叩くやつはケツの穴に残ってる糞まで調べるさ」
「龍ちゃんらしいな…というか、それはマタギの根性だな」
「そう…一度仕留めると決めたら、徹底的に敵の癖や弱点、その他諸々調べ捲る。そして罠を張り、自爆に追い込んで必ず仕留める」
「オレたちは確率100%だからな。やつも龍ちゃんを誘ったまでは良かったんだろうが、図に乗ってヤバいやつとも知らずに不用意に叩いたのが運の尽きだな」
「やつはそれまで、何人にも同じ手を使って来た」
「要するに気に入らない相手は2ちゃんねるの匿名で叩くんだろ」
「弱り切ったところで正義の味方然として現れて2ちゃんねるで叩くのを止めさせる…そりゃそうだ、自分が叩いてんだから100%解決だ。それで恩を売って俳優を自分の言いなりにする」
「それで言いなりになる俳優はクソだな」
「オレもクソに成り掛けた口だ」
「あ、すまん!」
二人は大笑いした。
「三度ばかり五味のイベントに招待されて行ったことがある。そこで一緒になった五味のイベント常連俳優が先輩面してオレに心得をのたまったんだ。“五味には気を付けた方がいい。招待を断ったら2ちゃんねるで叩かれる。おとなしく付き合っていれば盆暮れは贈って来るし、ファンにはモテモテ” だと。もしかしたらここは、能無しのクソヒーローの集まりかいと思ったよ。興醒めしたよ。よく見りゃ、揃いも揃って売れてねえ俳優ばかりじゃねえか。上っ面でちやほやされて、酒が進んで諄くなったただの飲んだくれオッサンと、オレは同類に見られちまったわけだよ」
辰巳が腹を抱えて笑った。
「ファンが下衆俳優どもの本心を知ったら、何が特撮ヒーローだよと思うだろうな。結局、招待を断ったら、例の2ちゃんねるでの長期に渡る誹謗中傷が始まったってわけ」
「女部田が犯人だって分かったのはいつ?」
「すぐだ」
「何で?」
「強い筆癖があるんだ。やつは自分では気付いてないようだが…それより問題なのは、やつの病的な性格だな。自分にとって不都合な過去は全て記憶から消えるんだ。五味がそっくりなんだ」
「すげえな、その特技」
「さらに凄いのは、その消えた過去を都合のいい嘘で埋めるんだよ。それがやつの正しい記憶となる。その嘘の記憶で誹謗中傷の限りを盡す」
「周囲は付いて行けねえな」
「その誤差で誹謗中傷が五味自身の首を絞めたってことだな」
「友達なくすよな」
「それだけなら大したことはない。2ちゃんねるの匿名遊戯でやつが失ったものは自分自身の尊厳だ。それまで偽善で演じた善良な人格者の姿とは真逆の姿を、自ら塗り替えた記憶によって晒したんだ。日和見な特撮ファンは、2ちゃんねる上でのやつの病的な記憶変換に恐怖すら覚えて引くのが早かった。同情したり義理堅く味方する者が誰一人いなくなったばかりか、やつにはクソヲタという孤独な勲章がプレゼントされたわけだ。それを五味が継承しちまったんだ」
「五味は自業自得としても、関わってしまった俳優も気の毒だな」
「俳優が気の毒? オレはそうは思わない。特撮オタは…と言っても、特撮ファンと特撮オタは分けて考えた方がいいが、妄想甚だしい特撮オタになれば、俳優と演じたキャラクターを同一視する傾向がある。そして、特撮ファンの無責任なエールに任せてキャラクターを演じた俳優が、以後、勘違い人生を送ることも少なくない。勘違いヒーローと特撮オタは相互依存関係になって三途の川を渡るんだ。俳優は特撮番組の呪縛に好んで縛られ、俳優本来の仕事を見失う者も多い。特撮番組の現実を黙認するからそういう事になる。特撮番組はグッズ販売会社の宣伝媒体で、物語がなければキャラクターグッズなど何の価値もない。特撮グッズがどれだけ高値を付けようが、国宝になり得る類のものではない。結局、正義や希望を謳ったところで、その正体は利潤追求の猛者なんだよ。物語があることで特定のファンは俳優や特撮グッズを持て囃すが、物語に興味のない一般の常識人がそうした利潤追求の猛者に振り回されている連中を蔑視するのは、ごく普通のことだ」
「特撮俳優というのは、番組放送中は主役だから周囲から特別扱いを受けるんだろうが、番組が終了すれば結局ただの失業者だからな。そりゃあ、主役だった時の特別扱いが忘れられなくて、失業が続けば自然と自分をちやほやしてくれる特撮ファンが集まるイベントに気持ちが向くんだろうな。龍ちゃんの場合はどういう切っ掛けでイベントに行ったんだよ」
「オレの場合は、やつが番組の共演者とか、交流していた俳優を盾にして、しつこく接触して来たな。面倒臭くなって一回行ったら納得するだろと思ったが、二回、三回と、余計にしつこくなる。その上、行くたびに要求も増やしやがる。特撮ファンらとのツーショット写真もうんざりだったが、色紙や特撮グッズや雑誌にやたらサインをさせられてうんざりしたよ。あんなの招待じゃなく仕事だ。行けば毎回同じ面子の俳優連が来てたし、ひどい時には、自分のファンでもない特撮ファンが少人数づつ待ってる小部屋を回されて接客だよ。場末のホストじゃねえんだよ、こっちは」
「その分、ギャラ弾んだんじゃねえの?」
「一晩働いて一万円の慈善事業だ。三度目にはギャラをお断りして、もう誘わないでくれと申し上げたよ。皆様の喜ぶ顔が見たくてとか偽善扱きやがってるけど、俳優を舐めてんだよ、クソヲタが!」
「特撮ファンと特撮オタとクソヲタがいるんだな、勉強なったよ」
「それから、クソヒーローもな」
辰巳がまた腹を抱えて笑った。
「そのクソヒーローと特撮オタが作り上げたクソヲタの怨念が、この集落で悪さしてるんだが、これからどうするよ」
「オレには関わりのないことだ」
「それがそうでもねえんだ。龍ちゃんの活躍した番組の武器があったろ」
「青の剣か?」
「玩具になったその “青の剣” に、五味の悪霊が憑りついてひと騒動あったんだ」
「迷惑な話だな、玩具ごときで。辰ちゃんにも特撮オタどもの異常性が分かるだろ」
「それを持っていた女性と入れ違いになったと思うんだが…」
「四条小夜子が “青の剣” をね…」
「どんな人物なんだ?」
「元、あの女部田の女だよ」
「去年の鬼ノ子村凍死事件のあの女部田か !?」
「そうだ…バイの女部田はイベントの度に男女構わずグッズを印籠代わりにちらつかせてやりまくっていたようだからな。その女部田のサイトを継いだのが五味だ。やつもバイ。女部田の二番煎じ野郎だ」
「何をしに秋田まで来たんだろ」
「二番煎じ野郎の凍死現場をロケ現場感覚で見に来たとか? このところネット上では、あの風呂屋が心霊スポットになってるそうだ。集まって来るのは特撮のオタクどもだけのようだが…」
「五味のようなクソヲタの狂気を助長させるのは特撮オタだが、やつのイベントに協力している常連俳優こそ一番厄介な存在なんだよ」
「もし、その常連俳優に凍死者が出たらもっと大騒ぎになるな」
「だろうな…出るだろうな」
「出るか」
墓地の入口で“ギャーッ”というけたたましい鳴き声がした。
〈第27話「他界した地元ヒーロー」につづく〉
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