第18話 ちば藤の葬儀

(回想)

 ちば藤は試しに玄関の戸に手を掛けてみた。


「…開いてる」

「うそ!? さっきまで掛かってたんでしょ?」

「オレの勘違いだったかもしれない」

「そうなの?」

「じゃ、取り敢えず待ってて」


 ちば藤は暗い須又温泉に入って行った。薄暗い脱衣所の奥にあるレトロな浴場の中央に薄陽が射し、特撮グッズが浮かんだ。ちば藤の目は爛々と輝いた。どれもこれも普通では手に入らない高値の付くレアグッズの山だった。そろそろと浴場のガラス戸を開け、グッズの山に近付いた。ちば藤の目は既に座っていた。スーッと無意識に出した手は、龍三が活躍した戦隊ヒーローの “青の剣” を握っていた。そのまま自分のバックパックに収めた。脱衣所の柱時計が1時を告げる音で我に返ったちば藤は、自分のバックパックに入った“青の剣”を見て驚いた。どうするか迷ったが結局そのままバックパックを閉じた。


 遠路、大阪からやって来たHN・べラ嬢こと四条小夜子は、神奈川のちば藤の実家での葬儀に参列していた。


 祭壇の前に、ちば藤の愛用していた遺品として、須又温泉で盗んだ昭和特撮グッズ “青の剣” が飾られていた。小夜子はその“青の剣”に目を奪われてしまった。荼毘の待ち時間となって、彼女は思い切って喪主に懇願した。


「私は千葉藤雄さんとは昭和特撮ファンとして長くグループ交流をさせていただいておりました四条小夜子と申します。葬儀の日に誠に勝手なお願いなのですが、あの“青の剣”をお譲りいただけないでしょうか? 私はグループ代表として藤雄さんの形見と思って大切にしますから、どうか私に預けていただけないでしょうか?」


 意外にも藤雄の父親は、家に置いても埃を被せるだけと、すんなり承諾してくれた。


 藤雄の父親は予々、息子の特撮熱には批判的だった。定職にも就かずに引籠りがちな藤雄の部屋は、特撮グッズで埋もれ、足の踏み場もない状態だった。秋田に旅行に出た藤雄の留守を狙って、父親は決心をした。部屋にある全ての特撮グッズをゴミに出し、部屋を一掃した。帰って来たら、親子の縁を切るか家業の建設業を継ぐか迫るつもりだった。ところが変わり果てた姿で帰って来た。そのバックパックに入っていた “青の剣” を見た時、父親は虚しさで天を仰いだ。涙も出なかった。葬儀に来てくれた小夜子がその “青の剣” を欲しがった時、これで息子を奪った憎き特撮との縁を絶ち切れると思った。


 女事業家でもあり生活にゆとりのある小夜子は “青の剣” の価値相当の礼を包み、葬儀場を後にした。


「随分と非常識じゃないかしら、ベム嬢さん? いつからグループ代表になったのかしら?」


 小夜子の後を付けて来たのは、同じ昭和特撮ファンのVicky こと宮崎智乃だ。智乃はちば藤と同じ神奈川で鳴かず飛ばずのアニソンの音楽活動をしていた。


「その “青の剣” …ちょっと見せてもらっていいかしら?」

「どうしてですか?」

「剣の鍔の裏に “Vicky” って書いてあったら面白いかなと思って…」


 小夜子が鍔の裏を確認すると確かに “Vicky” とあった。


「…どう?」

「確かに書いてあります」

「五味久杜がイベントに協力しろとしつこくてね。あたし、あいつに弱みを握られていたから二束三文で渡しちゃったのよね。ちば藤ちゃんの葬儀に来てびっくりしちゃったわよ。祭壇にそれがあるんだもの」

「ちば藤さんが今回の五味さんの町おこしイベントの競りで手に入れたんだと思います」

「競りは行われていないわ。イベントの前夜、五味久杜は凍死して中止になったから」

「・・・!」

「そして同じ場所で凍死したちば藤ちゃんのパックパックに何故かその“青の剣”が入っていた…どう思う?」

「・・・」

「その“青の剣”…きっと、呪われてるよ。持ってたらやばいよ」


 Vickyこと宮崎智乃はそう言って微笑み、小夜子のもとを去っていった。特撮グッズには露骨な物欲を持つちば藤の心に魔が差してこの “青の剣” を手に入れたことは小夜子にも容易く想像できた。そうした曰く付きであれば、いくらレアな特撮グッズとはいえ、コレクションとして手元に置いておくわけにはいかない。


 走る新幹線こまちの座席に小夜子の姿があった。小夜子は女部田真との過去を思い出していた。両親や周囲に隠れるように愛して已まない昭和特撮番組への熱は一人で背負いきれずに暴発寸前だった。そんなある日、特撮グッズの頒布会で女部田に出会った。同じ番組の特撮グッズコーナーに居合わせた女部田の優しい囁きは、正に特撮番組のヒーローのようだった。小夜子の暴発寸前の特撮熱はその夜に女部田の囁きによって解放された。小夜子にとっては次の日からは別世界だった。


 或る日、女部田に狂ったように全てを注込んでいる自分に気付いた。小夜子を正気に戻したのは、父親の遺書だった。娘を想う父親の苦悶が綴られていた。女部田と手を切ろうとした時、彼の本性が剝き出しになった。そして彼女はどうすることもできずに、女部田を葬り去ってくれるヒーローが現れるのをズルズルと待つしかない日々を送って来た。女部田の他界で“ホッ”とした隙に入って来たのが五味久杜だった。そして小夜子は、また同じ失敗を繰り返すとになった。


 小夜子の様子をデッキから窺っている姿があった。Vickyこと智乃である。車内アナウンスが流れた。


「間もなく、角館~、角館に到着いたします・・・」


 小夜子は、秋田内陸線に乗り継ぐため角館駅で下りた。小夜子を付ける智乃は、内陸線・角館駅の駅舎の狭さに戸惑った。あの至近距離の駅舎内では跡を付けているのがすぐにバレテしまう。それにしても自分はなぜこんなところまで小夜子を追い駆けて来たのだろう…そう “青の剣” だ。小夜子の持っている “青の剣” は元々自分の所有物なのだ。それを何とか奪い返すために付けて来たのだ。


 智乃は、駅舎の手前にある公衆トイレから小夜子を窺うことにした。間もなく改札に駅員が立った。小夜子は切符にハサミを入れてもらい内陸線の車両の中に入った。智乃も急いで続いたが、その足が止まった。車両は一両だけだった。一緒に乗ったら絶対にバレる。発車のベルが鳴った。その時、土地の老婆たち5~6人が賑やかな方言を飛び交わせながら乗車しようと走って来た。智乃はその塊の後に便乗して乗車した。老婆たちの白髪頭の隙間から小夜子の姿を確認したが、こちらには無関心の態で窓の外を眺めていた。喘息気味の車両が走り出した。智乃は小夜子から離れた席に背を向ける形で座り、不快な安堵の息を吐いた。


〈第19話「オッター通りの酒の肴」につづく〉

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