第12話 五味久杜の妻

 五味久杜の命はあと2日となった。


 五味久杜は眠れない夜を過ごしていた。従兄の豊から連絡があった。


「おまえのことを聞き回っている余所者がいるそうだけど、何かやらかしたのか?」

「イベントへの嫌がらせだよ、きっと。」

「嫌がらせをされるようなことをしたのか?」

「そんなわけないでしょ。特撮イベントを潰したがっている悪趣味の人種がいるんだよ。毎回のことだから気にしなくていいよ」

「毎回妨害するのか?」

「ボクのイベントに限ったことじゃないから無視すればいいよ。参加者の中にも、もしかしたら妨害目当ての人間がいるかもしれない。ボクのことを聞き回っている連中も参加者かも知れないけど、それだって気にしなくていいよ」

「おまえが気にならないならいいけど」

「ああ、ボクは全然平気だよ。勝手にやらせておけばいいよ」


 従兄は納得したようだが、五味久杜自身は激しい胸騒ぎを覚えていた。神の御託宣を受けた以上に…そう、あの三龍からの真綿で包むような重圧が、再び五味久杜の悪寒を波立たせた。“ ボクのことを嗅ぎ回っているのは、皮ジャンと鷹ノ巣女なのか? ” …警察のほうがまだ気が楽だった。

 五味久杜と警察とのお付き合いは、高校の時から始まった。五味久杜は女子高生の強姦事件を起こしたが、親が必死に動いたお蔭で、相手が控訴を取り下げた。人は金で何とでもなるはずという認識の五味久杜にとって、金で動かせないやつが居るということは最も受け入れ難いことだった。


 五味久杜は、神の御託宣以外の族に、自分の計画が脅かされていることに腹が立った。皮ジャン野郎如きが、鷹巣女風情が、例え妄想の域を越えてないにしても、これほど自分に精神的なダメージを与えるのかと、自分の小心さにも腹が立った。五味久杜は一日中苛々して過ごした。


「病院の薬飲んで寝たら?」

「外に誰か居るんだよ」

「あらそう、用があればインターホンが鳴るんじゃない?」

「もう深夜の12時だぞ」

「あなたにも12時が遅い時間だっていう自覚はあるのね。私は先に休むわね」


 五味久杜の神経の昂りにいつもの発作が始まったと思った妻は、うんざりして先に床に就いた。


 妻との冷え切った関係は神経症のためだけではなかった。五味久杜はゲイ専用出会い系サイトの熱心な常連だった。或る日、夫の部屋を掃除していた妻は、押入れの奥に様々な性具を隠しているのを見つけてしまった。特撮イベントで外泊するという理由の半分は、男との密会だったことや、その中に懇意にしている元・特撮俳優の存在もあることが、妻自身が依頼した夫の身辺調査で知ることとなって久しい。性癖は未だに変わるどころか、悪化の途を辿り、今や変態化していた。妻は素知らぬ態で腹を決めていた。離婚ではなく、夫以上の生存である。神の御託宣は妻にとって歓喜の恵みであった。


 今夜、夫の猜疑する “外に誰かが居る” というのは実は妻も感じていた。自分の身さえ守れればそれでいいと、妻は懐に登山ナイフを握りしめ、半ば外からの襲撃を期待して床に就いていた。


〈第13話「銭湯に棲むものたち」につづく〉

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