第10話 特撮ファンとクソオタの狭間

 五味久杜の命はあと4日となった。


 エルトン・仁と矢代蘭は、アポを取っていた鷹ノ巣にある龍三の後援会事務所に向かった。


 エルトン・仁と矢代蘭は、2ちゃんねるでバッシングされていることを、唯一の龍三との接点だと思っていた。そして、バッシングの容疑者や自分らの存在を、龍三がどの程度認識しているのか、認識しているとすれば自分たちにどういう印象を抱いているのか聞きたかった。


 後援会の理事・松橋恒夫は快く対応してくれた。


「龍三さんからはあなたたちのアポに対する了解は得ております。彼は本来、特撮ファンとの接触は一切拒否の姿勢を取っておりますが、あなたたちの動向には関心を持っていました。お答えできることはいくつかあると思います」


 松橋はエルトン・仁と矢代蘭のことは、後援会からの情報のひとつとして龍三に報告していたことを伝え、龍三もふたりについては、同じ痛みを持つ意味で労りの気持ちを持っていることを明かした。同時に特撮イベントに安易に参加する特撮俳優こそが、愚かな特撮オタクの暴走を増長している原因を作っていることにはがっかりしており、そういう中で暴走ファンと闘う特撮ファンが存在するということは崇高なことであり、特撮出演者としても救いだという見解を明かした。


「そうなんですか!」


 龍三の見解はふたりにとっても大きな救いだった。


「龍三さんは一般の特撮ファンと、暴走特撮オタをはっきり区別して見てるんですよ。特撮ファンの自浄意識が高いことが、最も効果的な特撮ファンの立場向上に繋がるとも言っています」


 ふたりは大いに勇気付けられた。五味久杜を掃除することは自分たちの聖戦だとすら思った。


「須又温泉で行われる町おこしの特撮イベントに関しては何か仰ってますでしょうか?」

「龍三さんは今はもうどの特撮イベントにも無関心です。自分のことさえ巻き込まないなら勝手にやればいいと思っています。余談ですが、地元に住んでいる私個人の意見としては、どんな特撮イベントを何万回やろうと、町おこしには何の役にも立たないと思いますよ。今回のイベント主催者である従兄の豊さんのこともよく知ってますけど、彼自身はお手軽な儲け話としか思ってないようですね。飲み仲間にもそう言っているようですから。特撮ファンのあなたたちには申し訳ないが、あんなイベントで町おこしが出来ると思いますか?」

「自分らもそう思っています。町おこしというのは五味久杜の後付けですよ。やつ自身、町おこしなどに関心があるとは思えません。どんな理由付けでもいいから、自分のために特撮イベントを実現したいだけです。他人の主催で自分だけ脚光を浴びようとするのが、やつのいつものやり方です。そして主催者と対立して絶縁に至るのがパターン化してます。特撮界でやつの共催話に乗る特撮ファンなんて、もう誰も居ませんよ。だから今回、身内と組んだんですよ」

「身内と拗れたら最悪なのにね」

「神の御託宣であと四日しかない命だそうですから、拗れても問題ないでしょうけどね…あ、どうもすみません! つい、言い過ぎました」


 エルトン・仁の悪態に、松橋が大笑いした。


「いや、土地の者もあなたとだいたい同じ考えなんじゃないかと思いますよ」

「え!?」

「あの方、土地の者たちには評判が良くないんですよ。ガキの頃から下の癖が悪くてね」


 エルトン・仁も矢代蘭も、松橋の言わんとしていることは重々分かっていた。五味久杜の男癖、女癖、そして最も深刻なペドフィリアの性癖は、エルトン・仁も矢代蘭も復讐のための攻撃材料として調査済みだった。ふたりは元気が出た。龍三に倣って徹底的に五味久杜を潰すことを改めて決意して龍三の後援会事務所を後にした。

 エルトン・仁は内陸線下り終点の矢代蘭の住む最寄駅である鷹巣たかのすの宿を起点に、五味の身辺を調べることにしていた。



「御託宣では五味久杜の命はあと何日でしたっけ?」

「あと4日ですね」

「私は1日たりとも待てないわ」

「自分も同じです。わざわざここまで来たことを無意味にするつもりはありません。やつが死ぬ前にやらなければならないことがあります」

「私にもあります」

「自分は、やつが死ぬ前に、自分の手で無念の爪跡を残しておかなければ一生後悔します」

「目には目をよね」

「同感です」


 一先ず二人は解散した。


 その夜、五味久杜の自宅でかなり大規模な小火が起こった。消防車が駆け付けた時には、水浸しになって鎮火していた。現場には野次馬が集まっているわけでもなく、五味がただひとり疲れ切った表情で暗がりに立っていた。


〈第11話「土地の長老」につづく〉

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