第9話 エルトン・仁と矢代蘭 

 五味久杜の命はあと5日となった。


 エルトン・仁と矢代蘭は、五味久杜にとって黒歴史的存在だ。五味久杜の躓きには、この二人が大きく関わっている。五味久杜の策略をサイトの前・管理人の時代からこの二人は知り尽くしている。萩野宮ナナ子のマネージャーが言っていた“ 同類の特撮ファンの何人か ”というのが、エルトン・仁と矢代蘭でないことを五味久杜は祈った。


 その頃、エルトン・仁こと後藤田将太と浜辺野詩子こと矢代蘭は、大名持神社の神主と会っていた。


「過日の小火について、思い当たる人物が居たら教えていただけませんか?」


 エルトン・仁は率直に質問を投げ掛けた。神主の妹背は、境内の大銀杏にそよぐ風のように穏やかに無言だった。エルトン・仁は吸われるように話し始めた。


「自分は、五味久杜と現在彼の運営するサイトの前・管理人の女部田真という人物に、この十数年間の人生を台無しにされました。神職に就かれている神主さんの前で申し上げるべき言葉ではありませんが、自分はどうしても五味久杜に復讐したいんです。放火したのは五味久杜ではありませんか?」

「私は過去に女部田真の主催するイベントに参加し、彼の優しさに浮かれ、後先も考えずに関係を持ってしまいました。初めての男性が妻子ある人だと知って、自己嫌悪に苦しみました。自業自得です。女部田の死後も、彼の後を継いだ五味久杜の主催イベントの度に集客などの無理な要求をされ、必死に応えていました。それが出来なくなったときに…」


 矢代の言葉が途絶えた。エルトン・仁が続けた。


「2ちゃんねるでの矢代さんの叩かれようは残酷でした。五味久杜の期待に応えられなくなった矢代さんは、無視され続け、それまで相談に乗ってもらった多くのプライバシーを女部田に続いて更に醜悪にデフォルメされ、2ちゃんねるでばら撒かれ、精神を病むまで追い詰められました。それでも五味久杜は執拗に、期待に応えられなかったことを彼女に謝罪させるまで叩きのめそうとしたんです」

「私は…絶対に謝罪なんてしたくありません」


 神主の妹背がやっと言葉を挟んだ。


「当然です。エルトン・仁さんにも矢代蘭さんにも謝罪する理由などありません」

「こちらの神社のスレッドが立った後、すぐに小火騒ぎになったと知り、レスの筆癖を検証しました。間違いなく五味久杜の筆癖でした。ですから、神主さんの思い当たる人物もやつだということであれば、犯人はやつに間違いありません! やつに復讐できるんです! お願いです! 小火で思い当たる人物の名前を教えてください!」

「五味久杜さんは、この土地にとって今年の生贄として選ばれた名誉ある人です。その命はあと5日で神に捧げられます。彼の定めに対して、もう何人たりとも関与はできないのです」


 妹背の妻が入って来た。


「玄関に五味久杜さんが…」


 神主の妹背は機転を利かせ、エルトン・仁と矢代蘭が五味久杜に合わないで済むように裏から帰るよう妻に案内させた。入れ違いに五味久杜が奉納金と酒を持参して現れた。


「先日は取り乱してしまいまして申し訳ありませんでした。お詫びのしるしにご奉納願います」


 妹背は静かに頷いた。妻は何もなかった態で昆布茶を運んで来た。


〈第10話「特撮ファンとクソオタの狭間」につづく〉

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