第8話 芸能プロの洗礼
五味久杜の命はあと6日となった。
参加予定女優・萩野宮ナナ子のプロダクションのマネージャー・霧島慎次から参加辞退の連絡が入った。
「神社で小火騒ぎがあったそうですね」
「イベントと神社の小火とどういう関係があるんでしょうか?」
「それは私のほうが伺いたいですな。あなたは神社の小火と関係がありますか?」
「関係ありません」
「私どものプロダクションとしては、萩野宮ナナ子をそんな物騒なことが起こったばかりの土地にやることはできません。それにね…舐めた出演料しか出せないのなら、俳優を呼ぶのはやめなさい。こちらはあなたと違って慈善事業じゃないんだ。皆さんの喜ぶ顔が見たいとか言い腐ってるようだが、ご自分の売名目的の慈善ヅラが、私どもに通用するとでも思ってるなら、今すぐその甘えた認識を改めた方がいいですよ」
「ボクは何と云われてもいいです。でもいったん約束したことを反故にするというのは納得できません」
「じゃ、訴えればいいじゃないか。その代り、私どもは神社の小火について徹底的に調査させてもらいますよ。現にかつてあなたが2ちゃんねるで叩き潰した同類の特撮ファンの何人かがアクションを起こしていますよ。大丈夫ですか、カリスマイベンターの五味久杜クン!」
「…誰でしょうか」
「誰でしょうね、あなたの楽しみを奪い取る気はない。ご自分で犯人探しを楽しめばいいでしょう」
「・・・・・」
「では、萩野宮ナナ子の件はご了承いただいたものとさせていただきますよ」
「・・・・・」
「どうしました、五味久杜クン!」
「分かりました」
「結構! では小火の件の調査は私どもに限っては保留にしておきます、“保留” ですよ。今後、萩野宮ナナ子にオファーなさる時は必ずプロダクションを通してください。彼女のランクのアンダーラインは50万です。それもご記憶ください。では失礼します」
切れたビジートーンとともに、萩野宮ナナ子の存在が手の届かない彼方に遠ざかって行った。五味久杜がこうした芸能プロの洗礼を受けたのは初めてだった。自分の関わっている元特撮俳優どもが事なかれ主義のクソ失業者に思えた。
「萩野宮ナナ子大女優さまか…何様のつもりだよ」
五味久杜は、この敗北感の穴埋めを何にぶつけようか悶々として、マネージャー・霧島の言葉を思い出した。神社の小火の件で“ かつてあなたが2ちゃんねるで叩き潰した同類の特撮ファンの何人かがアクションを起こしている”と言っていた。霧島がなぜそう言えるのか…普通に考えれば、その特撮ファンらと接触したということだ。恐らく彼らの目的は、イベントを失敗させることだ。五味久杜は急いで参加者名簿を確認した。しかし、自分が叩いた人物らの名前はなかった。偽名を使ってるのだろうか、それとも当日になって参加者の誰かと入れ替わるつもりなのだろうか? もしそうであれば入場を断るしかないが、ハンドルネームでの参加なので同じハンドルネームということであれば入場は断れない。
神社の小火は、起死回生の五味久杜自身を全焼させる小火になるかもしれない危険を孕んで来た。
〈第9話「エルトン・仁と矢代蘭」につづく〉
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