第7話 過去からの足音
五味久杜の命はあと7日となった。
角館から内陸線始発に乗った男がいた。俳優を目指す熱狂的な特撮ファンのエルトン・仁だ。彼は2ちゃんねるで五味久杜に徹底的に叩かれ、プライバシー全てを晒された男だ。五味久杜とは縁も所縁もない。五味久杜に恨みを買った事実もない。
当時、五味久杜はある特撮俳優とトラブルを起こしていた。トラブルといっても、五味久杜の一方的な言い掛かりである。思いどおりにならないその特撮俳優を追い詰めて、己の意のままにすることが目的の言い掛かりだった。
五味久杜はこれまで、意のままにならない特撮俳優には、あの手この手の罠を仕掛けて弱みを握り、自分のサイトに尤もらしい嘘の表明を繰り返し、その特撮俳優に抗議し、特撮ファン仲間の同意を得て数の圧力を掛け、世間体を恐れる特撮俳優の弱みに付け入って謝罪させ、以後の主催イベントに思いのままに協力させていた。それでも靡かない特撮俳優には、2ちゃんねるにスレッドを立てて叩きまくった。全ての特撮ファンは、五味久杜の圧力に屈した。
しかし、ひとりだけが五味久杜の圧力に屈しない特撮俳優がいた。地元出身の俳優・松橋三龍だ。この男は五味久杜がどれだけ2ちゃんねるで叩こうが、捏造悪事を出演局に匿名で苦情電話を入れようが、頑として靡かなかった。
業を煮やした五味久杜にそのストレスに対する絶好の八つ当たり先が見つかった。それが今、角館から内陸線に乗ったエルトン・仁だ。
エルトン・仁は、多くの特撮イベントに参加し、特撮ファンや特撮俳優との面識も広かった。時に自主公演などもしてチャンスを狙うが、第一線の芸能界の壁の厚さに悶々としていた。そんな中、些細な誤解で特撮イベントで意見の衝突があり、多くの仲間との対立を余儀なくされる事態が起こった。エルトン・仁は必死に誤解を解こうと火消しに走ったが、なぜか後から後から小火が再燃した。2ちゃんねるに自分を誹謗中傷するスレッドが次から次と立ち、炎上し続けた。
エルトン・仁は追い詰められ、冷静さを失い、自殺を考えるようになっていた。その最中に、偶然、特撮俳優が2ちゃんねる上で叩かれているスレッドを発見した。その内容にエルトン・仁は釘付けになった。そこには、自分を叩いている筆癖とそっくりなレスが踊っていた。もしかして“同一人物”・・・しかも、叩かれている特撮俳優は自分のブログで“徹底抗戦”を表明していた。その特撮俳優は松橋龍三・・・エルトン・仁は俄かに興味を魅かれ、冷静さをも取り戻し、“必ず犯人を特定してやる”と決意した。
エルトン・仁は松橋龍三を自分のサイト上で批判している五味久杜に的を絞った。調べるうちに驚くかな、全ての辻褄が合って来た。五味久杜に間違いないと確信したエルトン・仁は、ネット上に五味久杜への挑戦状とも取れる文面を晒し、対決姿勢を明らかにした。もしエルトン・仁の勘違いであれば明らかに法的に不利である。しかし、勘違いでなければ、五味久杜は社会的制裁を受けることになる。エルトン・仁の捨て身の戦略に五味久杜が無言を貫いたことで、エルトン・仁叩きのスレも龍三叩きのスレも同時期に終息した。
恥晒し特撮オタとして定着した五味久杜が、特撮関係者の信用を失って久しいこの時期に、悪足掻きのイベントを開催するというのは、五味久杜ウォッチャーの間では早くから話題になっていた。エルトン・仁の動きにも特撮ファンの間では水面下で興味が集中していた。エルトン・仁の秋田紀行は、彼らの期待に応える形になっていた。
同じ頃、一方の始発駅・鷹ノ巣から乗った地元特撮ファンのHN・浜辺野詩子こと矢代蘭が電車に揺られていた。矢代蘭はかつて五味久杜の運営サイトの前・管理人である
内陸線に揺られている矢代蘭はその忌まわしい黒歴史を思い出していた。精神病院を退院して、忌まわしい過去を思い出せるまでに強い自分を取り戻していた。そして自分は黒歴史を叩き潰すために、これから同志のエルトン・仁に会う。
また雪が降って来た。何だろう、この季節外れの雪は・・・
〈第8話「芸能プロの洗礼」につづく〉
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