第5話 五味久杜が燃える


 五味久杜は神の御託宣について神主の妹背健勝いもせ けんしょうを問い詰めていた。


「誰に頼まれたか教えてくれれば、あなたの責任を問うようなことは致しません。頼まれた人物の名前を教えてください」

「何度も申し上げているように、神の御託宣です。これはあなたの “名誉” なんです。神の御慈悲を冒涜するものではありません」

「じゃ、御託宣を取り消してください! 勝手にボクの寿命を決めないでください!」

「それは出来ません。この土地は代々からの掟によって守られてきました。生贄になられたご先祖様の霊を汚すような言霊は、あなたの更なる禍の元となりますよ。お慎みなさい」

「あなたのように神職であることをいいことに、その存在すらいかがわしい神の世界を持ち出して、私のような罪もない人間を陥れてばかりいると、現実の世界では、例えばネットで叩きまくられて炎上し、こんなインチキ神社はあっという間に消されてしまいますよ」

「あなたの現実とはネットの2ちゃんねるのことですか? 2ちゃんねるであなたがおやりになったことは何ですか? そしてその結果あなた自身がどうなりましたか? あなたはご自分の正体が明らかにならないことを盾に、あなたの心に溜まった汚泥を歪んだ怒りのままに撒き散らしましたね。そして今、特撮ファン界の笑い者・恥さらしになってしまったんじゃありませんか?」

「神職にある御方が、そんなデマを信じるんですか?」

「このことは、あなたの暴走にいち早く気付いたあなたの御子息が、悩んだ末に私に相談して来たことです」

「・・・!!」

「その時、私はあなたの御子息に申し上げました。言っても聞いてくれないお父上であれば、単なる噂かも知れませんのでお待ちなさいと。真実は必ず表に出るものです。その時、あなたは何を父に学ぶかが大切なのですと申し上げました」

「・・・・・」

「因果応報というものは神仏の境なく起こる現象です。この度の名誉は、あなたの利発なご子息に、そして子孫に、あなたの背負ってしまった災厄が至らぬための神の恵みなのです。謹んでお受けなさい」

「ボクがどうしても死ななければならないのであれば、ひとりでは死にませんよ、神主さん。少なくとも御託宣の責任のあるあなたを道連れにします」

「私はあなたが憐れでなりません。あなたのご先祖が立ち切れなかった物の怪ども全てをあなたが背負っている。おなごに固執する者、男に固執する者、征服に狂う者、脚光に飢える者…そうした愚かしい物の怪どもがあなたの背中に犇めいている。私はあなたが気の毒でならない。重くて重くて、苦しくて苦しくて、淋しくて淋しくて…」


 突然、五味久杜は狂ったような奇声を上げて怒鳴り始めた。


「話にならない…こんなボロ神社の御託宣にどれだけの力があると言うんだ! 今のボクの怒りから比べれば鼻糞同然だよ! ボクは何をしましたか! ボクの幸せを遮る者こそ犯罪者です! 犯罪者はどんな罰を受けようと仕方がないんだ! お前も地獄に落としてやる!」

「あなたは気の毒な人です」


 神主は静かに五芒星を切って五味久杜の狂気を封じた。五味久杜はまだまだ神主を罵倒したかったが、2ちゃんねるのようにはいかなかった。何より、神主との話が三龍の陰謀話にまで及ばなかったことが悔しくてならなかったが、金縛りに遭ったように言葉も体も自由が利かなくなった。


 それがケチの付き始めだった。公衆浴場イベントに招待した特撮俳優10人のうち、5人から次々にお断りの連絡が入った。それぞれ急に入った仕事を理由にしていたが、真の理由はイベント会場だった。五味久杜は変化球の面白い企画だと悦に入っていたが、第一線で活動を続けている俳優が、テレビ番組でもない地方の公衆浴場でのイベントの仕事を受けるというのは “落ちぶれた” ことを意味する。俳優にとって、業界に対して決して体裁のいいものではなかった。職業としての俳優のそうした機微に心至らない五味久杜は、医師・看護師・教育者などに抱かせる無条件の奉仕者であらんことを俳優にも押し付ける甘えからの発想であり、所詮ド素人でしかなかった。


 未明に大名持神社から火の手が上がった。


〈第6話「浴場に響く声」につづく〉

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