第3話 浴場の欲情

 イベント会場となる須又の公衆浴場は、休業から一年以上が経ち、再開の目途は立っていなかった。五味久杜は、その日の午後に死の御託宣を受けるとも知らず、町おこしの主役然として意気揚々と須又温泉の下見に来ていた。


 創業50年の公衆浴場・須又温泉は、過疎の地の高齢者にとって唯一の交流の場であり、病気療養などを含めた癒しの場でもあった。須又太は五代目だったが、燃料の高騰や利用者の激減、従業員の高齢化などが重なり、休業に追い込まれてしまった。


 須又温泉は、一面レトロな豆タイルの中央に岩風呂風の浴槽があり、周囲はゆったりとした洗い場になっていた。五味久杜はこの造りが一気に気に入り、盛り上がっているイベントの情景が浮かんできた。五味は岩風呂の中央に立った。

 周囲には特撮グッズが山と並べられ、競りが行われていた。参加者が競り落としたグッズには招待した特撮ヒーローのサインが貰え、一緒に記念写真が撮れるというので、競りは集まった特撮ファンの熱気で一気に熱くなっていた。


 競りが大成功に終わり、会場は風呂場から脱衣所に移った。ケータリングで会費制の宴会の用意がなされていた。招待俳優のトークを聞きながら宴席は盛り上がった。…さあ、宴もたけなわとなった頃、浴場に湯が満たされた。男湯女湯に分かれて、特撮ヒーローと裸の付き合いタイムだ。バイセクの五味久杜にとって本日一番のお気に入りメニューだ。


「五味さん、ニヤニヤしてどうしました? そろそろ神社に行きましょうよ」


 五味久杜は慌てて素に戻った。須又と神社に向かう道すがら、五味はふと母親から聞いた話を思い出した。それは五味家が銭湯に行かなくなった理由でもあった。つまり、ジイちゃんバアちゃんの銭湯でのお漏らしの話だ。


「ママ、ウンチか浮いてるよ!」


 四歳の五味久杜が洗い場で髪を流している母親に楽しそうに叫んだ。母親が来てみると、息子の久杜が湯に浮かんでいる “ウンコちゃん” にお湯を掛けて遊んでいた。


「やめなさい!」


 その一件があって以来、五味家では誰も銭湯を利用しなくなった。バイセクの五味久杜の一番のお気に入りメニューに暗雲が漂った。


 その気分のまま到着した神社の神事で、五味久杜はその年の生贄として神の御託宣を受けたのである。


〈第4話「底無しの銭湯」につづく〉

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