第2話 町興しイベント

 神事のご宣託など想像もしていない五味久杜は、祀りごとの数か月前から従兄の五味豊に儲け話を持ち掛けていた。五味豊は地元で小さな土木会社を経営していたが、冬場は豪雪で土木業は仕事にならず、専ら除雪の請負で凌いでいる状態だった。そこに五味久杜からの儲け話が齎された。


「ボクのことを馬鹿オタクだと思っているかもしれないけど、過去に発売された特撮グッズの価値を知ってるかい、豊?」

「興味ないから知るわけないだろ」

「これ、いくらだと思う?」


 五味久杜は特撮ヒーローの番組での乗車マシンの玩具を出した。


「発売時は千五百円だったんだ」

「じゃ、三千円ぐらいか?」


 その言葉に五味久杜は得意満面な表情を見せた。


「十五万だよ」

「十五万? なんで?」

「箱もきれいで状態が良いと、寝かせておくだけで価値が出るんだよ。価値の分からないお年寄りがやっている田舎の玩具屋とかって宝物の宝庫だよ」

「おまえ、こういうの他にも持ってるのか?」

「売るほどあるよ」

「…そうなんだ」

「やってみない?」

「なにを?」

「店を出すんだよ」

「店番もいないし、今の仕事で手いっぱいだよ」

「ネットがあるでしょ」

「そんな儲け話なら、もう先人が五万とやってるだろ」

「でも、ボクは特撮出演者にたくさんコネがある。イベントを開いて本人を招待すれば他の競合相手に差を付けられるよ」

「イベントを開く予算はどうするんだ? そんなムダ金なんかないよ、うちには」

「商店街の仲間がいるでしょ、協力してもらえばいいじゃないか」

「みんな潰れそうな店ばっかだよ…てか、実際に毎年潰れてるし…」

「だからいいんだよ!」

「何がいいんだよ」

「町興しだという理由で協力してもらうんだよ!」

「今更もう遅いだろ」


 そうは言ったが、五味豊はその夜、行き付けの居酒屋で仲間に従弟の五味久杜の話をすると、銭湯を経営している須又太が乗って来た。


「オレんとこで良ければ使っていいよ」

「マジ?」

「去年閉めたばかりで、まだそのままになってるから…町の話題になったら昔の常連さんもきっと喜んでくれるよ」


 その報告を受けた五味久杜はほくそ笑んだ。2ちゃんねるで大暴れした悪評で、信用が地に落ちた自分の名前を伏せて、そんな経緯など知らぬは仏の従兄の豊を主催者に祭り上げた。更に、小金で思いどおりになる特撮俳優連中には身銭を切って渡りを付けると、早速腐れ縁の地元記者に記事にさせることで、豊が心変わりしないよう退路を断つことに成功した。


 旬が過ぎた老体俳優とは言え、普通では縁のない元特撮ヒーローが来ることになり、シャッター通り商店街には少しばかりのゆるい風が吹いた。従兄の豊も気を良くし、グッズ販売の起業の話のほうもトントン拍子に進んだ。これが後々、五味久杜の予想だにしない展開を見せることになる。


 その夜、五味久杜は今までにない達成感に満ちた美酒に独り酔った。皮肉にも、神社の秋祭りで生贄として五味久杜の名前が呼ばれたのは、その翌日のことであった。


〈第3話「浴場の欲情」につづく〉

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