特撮オタⅡ「呪いのゴミクズオッター通り」

伊東へいざん

第1話 殺されることになった男

 9日後に殺されることになった男がいた。男の名前は五味久杜ごみ ひさと。この男が死刑囚というわけではない。この土地の神社の秋祭りには、その年の生贄を予言する神事で幕を閉じることが習わしとなっていた。


 秋田の内陸線沿線からも遠いこの片田舎には創立等不詳の大名持神社(おおなもちじんじゃ)と呼ばれる社がある。落人が住み着いて鎮座されたとのみ伝わっているが、それ以上のことを知る者は絶えて久しい。鉱山景気に沸いていた時代には100以上もあった神社は、少子高齢化の波に押されて殆どが絶えて廃墟となっている中、この大名持神社は代々継承され続ける官職の家柄・妹背いもせ家による奇跡だった。


 神輿を奉納した地元民が神社の御魂の前に揃った。神主が御神宝の太刀を抜くと、長老が地元民の名が書かれた札の束を持って立ち上がった。


「いざ!」


 掛け声とともにその束が神主の頭上に撒かれた。そして御神宝の太刀の一刺しが一枚の札を捉えた。毎年、地元民の誰もが固唾を飲む瞬間である。


 神主が厳かにその札を地元民に翳し、姓名を読み上げた。


「五味久杜!」


 地元民がどよめいた。五味久杜が叫んだ。


「やり直せ! ボクはこんな決まりなんかに従わない!」


 神主は五味の訴えを無視して御魂に札を奉納し、祭り完了の祈祷を挙げ始めた。五味は御魂に奉納された自分の姓名の書かれた札を奪おうと、地元民の間を割り込み出たが、すぐに取り押さえられた。


「神事を冒涜するのか、このオタク野郎が!」


 五味は50代半ばにして地元では知らない人がいないほどの特撮ヒーロー番組オタクだった。勢いのあった頃は何度か俳優を招いて特撮イベントを開いたこともあった。活動に陰りが出たのは2ちゃんねるでの暴走だった。自分の依頼に対し、期待どおりに応えてくれない特撮俳優は、2ちゃんねるで徹底的に叩きまくった。特撮俳優OBの間で、被害を免れるためには特撮ファンの依頼を断れない空気が蔓延した。しかし、ある特撮俳優OBへの2ちゃんねる叩きで、五味は匿名による特撮俳優叩きが白日の下に晒されて手痛いしっぺ返しを食らうことになった。自分の無実・無関与を叫び続けたが、その叫びの文言が2ちゃんねるのレスの主張とあまりに合致していることを一部の特撮ファンに指摘され、特定俳優叩きのスレッドに火が点いた。焦った五味は必死に火消しに翻弄されたが、それが更に自分の首を絞めて傷を深くしてしまった。その後も、被害者然を装い、特撮ファン仲間に交流再開の弁明ラブコールを送ったが、自作自演が次々とばれてしまい、ついには孤高の存在となって久しかった。


 地元の祭りが閉じられようとしている。同時に自分の命が残り9日の宣告を受けた五味の運命も終わろうとしていた。


 神の御託宣は放っておいても必ず現実化することを地元民は皆知っていた。だから神事で選ばれた者に対して地元民は、生贄に死が訪れるまでの九日間は最上の扱いを尽くすのを慣例としていた。

 しかし、五味久杜の場合は少し違った。翌日から誰もが口を噤み、五味に対しては目すら合わせなくなった。


 神事による死刑宣告がこれほど重く圧し掛かるとは五味自身も思っていなかった。慣例どおり、地元民の誰もが労わってくれると思っていたのだ。それでなくても、これまで熱狂的な特撮ファンであるがゆえに偏見の目に喘いで来た。それがために懐を痛めてまで俳優を引きずり込んで特撮イベントを開き、皆を見返してやろうと必死だった。その結果がこれである。言い知れない怒りと恐怖が襲ってきた。


〈第2話「町興しイベント」につづく〉

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