第3話

「史乃今日何時に迎えに行けばいい?」


「七時くらい?」


と、質問に質問で返されたが、史乃は熱が入ると、一人で時間を忘れて剣を振り続ける、兄譲りの剣道馬鹿だ。そこをわかっているからか、ここと時間を指定しづらいのだ。

それで全国一位なのだから、先生方もあまり強いことは言えないらしい。


「ほどほどにしろよ」


「はいはい、兄さんだけには言われるの釈だから気をつけまーす」


と、真一より学校まで距離のある史乃は、先に飛び出して行った。


「あいつめ…いつの間にこんな生意気に」


幼稚園時代まではお兄ちゃんだった呼び方は、小学校に上がった途端に兄さんに変わり、中学に上がったら馬鹿だの阿保だの罵りが入るようになった。

妹の微妙な成長が真一からすると、かなり恨めしい。


「いかん俺も行かないと」


いくら近いと言っても、家でのんびりと過ごしていては遅刻するのは必定。

忘れ物がないことを確かめ、いつもは持たない竹刀を肩に背負う。


「ん?なんかいつもより重いな」


普段持ち歩かないから、重さに違いがあるように感じるだけだと、そう思い込んでそのまま担いだ。


「親父行ってくるぞ!」


「おぅ!行ってこい犯人捕まえてこい」


軽く行ってくれる。そして自分から行くように仕向けてどうする。


「なぜうちの親父は阿保なんだ」


将来ああはなりたくないと、毎度思う。


家を出て数分歩いたところで、ばったり同じ制服のやつに出くわす。

バンダナ、ツンツンの頭。しかしこれでも不良ではなく、ファッションだと言い切る男。真一の友人の一人、清水幸太郎である。見た目はこれだが、剣道部の主将である。一年のとき、ノリと勢いで前主将が引退直後、引き継いだ二年の新主将を倒して主将の座を得たらしい。倒しただけで地位が得られるのだから、元から人望はあったのだろうが、破天荒なやつである。


「よっ真一。竹刀持ってるってことは、そういうことだよな」


「前々から言ってるが、俺は剣道部には入らない」


真一のは、剣術であって、剣道ではない。そう言って、去年から口癖のごとく誘ってくるのを、毎度躱している。

このとおり部には入らないが、友達として付き合ってくれる幸太郎には、そこそこ感謝して…ることもない。


「一回俺と試合しようぜ負けたら入部は諦めるから」


「お前負けたら勝つまでやめないからダメ」


「ちっバレたか」


恨みったらしく舌打ちする幸太郎。

昔に家に遊びにきたとき、冗談で竹刀を使って試合をしたことがあった。

それこそ子供のチャンバラ程度だが、幸太郎はボコボコに負かされ、真一が一本取らせるまで何度でも向かってきた。

真一はそれが軽くトラウマなのだ。


「じゃあなんでその竹刀」


「最近物騒だからな、自衛用」


「普通は竹刀じゃなくて、催涙スプレーとか、スタンガンとかそういうグッズじゃないのかよ…」


「こっちのが手に馴染む」


「お前がいいならいいんだけどな」


幸太郎も真一に何か言うのを諦めたらしい。

ため息を吐いて前を向いて歩き出した。


「最近物騒といえばさ、つい最近出始めた白和装の女の話知ってるか?」


唐突に幸太郎が話を持ち出す。


「いや知らないな」


「ちょうどあの一番でかい桜の木のしたで、白い和服姿の女が出るらしい」


幸太郎が指差すのは、目の前に一つだけ高く聳え立ち、周りの樹を見下ろすように立つ桜の木。今は冬で花は咲かないが、咲けば空高くからの桜吹雪が拝めるそんな目立つ木である。


「和服の女くらいで何をビビってんだよお前」


「ちげぇんだって。その女話しかけると、突然刀を抜いてきて、切りかかってくるんだと」


「それほんとに幽霊?どっかの変質者でしたとかそういうオチじゃなくて?」


もしそれが本当なら、幽霊などよりよっぽど怖い。殺人犯よりむしろそっちのほうが危険なのではないか。


「いやいやガチの幽霊らしいぞ顔色が明らかに青白かったって聞いた」


「明らかなのか聞いたのかどっちかにしろよ」


どうせ部員か誰かから聞いた話なのだろう。こんな感じで信憑性を最後で失うのが幸太郎の話である。


「こっからはまじな話だけど、うちの部員が竹刀でそこ歩いてたら、ほんとに出くわしたらしいから気をつけろよ」


「俺、こっから以外帰り道ないんだけど...」


どうやら幽霊との対峙は避けては通れないようだ。

竹刀で日本刀相手は無理だろう。竹刀が真っ二つになるのが先か、真一の体が先かのせいぜいニ、三秒の違いだろう。


「剣道馬鹿二人が並んでる」


「「誰が馬鹿だこらぁっ!」」


二人で同時にツッコんだ。その矛先は、少し後ろから歩いてくる女子生徒。

名前は花宮麗華。名前のとおり麗しい...ということはなく若干はじけた感じの高校生女子。髪は金だが染めたわけではなく、これが地でこうらしい。毎年担任が変わるたびにもめるのがいつものこと。

二人とは一年からの腐れ縁というやつである。


「真一が竹刀とか珍しいね。ついに剣道部に入るの?」


「その問答はさっきもしたが、俺は剣道部には入らないこれは護身用」


「麗華も剣道部入るように説得頼むよ」


「自分で頑張りなよ。真一の場合強制しないほうが上手くいくこと多いしね」


「わかったみたいにいいやがって。どんな手段でこようと決して剣道部には入らない」


真一は頑として言い張るが、この二人の耳にはまったく聞こえてないらしい。都合のいい耳をお持ちのようだ。


「ねえ真一今日放課後予定ある?」


「七時くらいに史乃を迎えにいくことになってる」


「中学まで?」


「最近物騒だからな」


そこまで短絡的かつ、端的に事務的に質問に答えていたが、麗華の様子が少し変わった。


「わかったもういい一人で遊ぶから、かわいい妹ちゃんのために三時間暇してろ剣道馬鹿」


「俺はなにか怒らせただろうか」


「気持ちは察するが、まあ頑張って」


なぜか幸太郎に肩をポンっと叩かれて励まされた。


「いやあの...俺への説明をしてくれるやつはいないのか」


ともあれ十五分も歩けば学校に到着する。校門では、口うるさくガミガミ怒鳴り散らしながら、朝から生徒のやる気を削ぐ人間怒号拡散機の窪田がいる。

昔ながらのジャージと竹刀を手に、校則違反の生徒を見つけては指導する無駄に熱い先生である。


「うぃーすくぼせん」


くぼせんとは、まあ聞いた通りの窪田先生を略した呼び名だが、意外とこれが広まっていて、本人ですら熟知するところである。


「おう清水ちょいまてや」


と、側を通りかかった幸太郎の頭を、持ち前のゴッドハンドでわしづかみにして止める。


「お前まだこのバンダナしとるんか。バンダナは校則違反だから外せといつも言うとるやろが」


「くぼせん勘弁してくれ!これがないと俺は...ツンツンしかチャームポイントがなくなっちまう」


「お前のツンツンになんぼの価値あんねん!しかも別にチャームポイントでもないやろ、バンダナで七割隠れてもうてるしなチャームポイント!」


関西仕込みのツッコミがうなった。さすがだくぼせん。


「なんや御堂お前剣道部に入部すんのか?」


「いえ、護身用です」


と、見つかって咄嗟に答えたが、このあと事情聴取のため職員室へと呼び出しをくらった。



















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