53話 友人と呼べる者

「お手上げだ。セパルに探らせているが全く使いものにならん。それに、古代の勇者の血脈だという者はうぞうぞいるときた。ニンゲンとは愚かなものだ」


「ふふ……そう話していると本当の魔王みたいだ」


「元魔王だが?」


「ああ、確かに……! すっかり忘れていたよ」


 ルリジオが巨乳以外の話題で笑ったことに少し驚きながらも、アビスモはバエル将軍お手製の林檎ジャムケーキが載っている大皿に手を伸ばす。


「そもそも……だ、千年も二千年も前の出来事をニンゲンが覚えているわけがない……」


「タンペットの方はどうだい?」


「あいつはエルフたちと仲が悪い。情報はほとんど入ってこないとさ」


 もぐもぐと口を動かしながら、ケーキを頬張っていたアビスモはお茶で口を潤しながらうんざりと言ったような表情でルリジオの質問へ返答した。


「ニンゲン好きで、霧の国から出てきているエルフなんて相当な変わり者というからね……妻たちもタンペットを見て驚いていた位だ」


「いや、まあお前のところの館はエルフ以上にヤバい種族がゴロゴロといるんだが」


「僕の方は一つアテがあってね。独眼巨人サイクロプスの里で、勇者の血筋に印を授けている老いた巨人がいるらしい」


「ああ……確か俺の城まで来ていたな……サイクロプスの軍団が……。やはりお前の妻の一族か」


 初めてルリジオに会った時を思い出したのか、アビスモは引きつったような笑みを浮かべて納得したように頷く。


「三日後に独眼巨人サイクロプスの里へ行く予定なんだけど、一緒にどうだい?」


「俺もタンペットも王都の仕事が立て込んでいてな。手伝いが欲しいのならセパルでも遣わすが……」


 二人で大皿に載っているケーキを次々と頬張りながら会話を交わす二人のそばでは、ブラウニーがお代わりの紅茶を注いで回っている。


「あの青髪の悪魔かい? まあ……いれば助かる……かな?」


「承知した。三日後の朝、お前の家へ向かわせる」


 それから、アビスモはバエル将軍の近況などの他愛ない話を楽しんでから、帰っていった。

 来客が去った部屋の片付けをしながら、ブラウニーは自らの主人へ目を向ける。

 目を閉じて心地よさそうに椅子の背もたれに寄りかかっている彼の横顔は、美しいと言われている妖精の女王と並んでいても決して見劣りしないくらい整っている。


「ルリジオ様、お疲れですか?」


 そうではないとわかりながらも、ブラウニーは彼へそう声をかける。

 アビスモと出会う前の彼は、来客を自室へ招くどころか本館へ通すことすら珍しいという有様だった。

 別館で人間と会う予定が続いていると目に見えて疲れが出始める。しかし、今の彼にはそのような様子は見られない。


「大丈夫だよ、毛むくじゃらくんブラウニー。疲れるどころか、あの林檎ジャムケーキが美味しかったし、気分が良いんだ」


「ご友人との語らいが楽しかったのですね。それは何よりです」


 柔らかく微笑んだルリジオは、ブラウニーの言葉に僅かに驚いたような表情を見せた。

 毛むくじゃらの家事妖精は、自分が小さな声で「そうか、僕は……楽しかったのか」と呟いたのを聞き逃さない。

 彼に長く使えてきたブラウニーは、ルリジオが巨乳を見ているときや、巨乳についての愛を語るとき以外の彼の笑顔を笑っているとは思えないでいた。

 しかし、そんな自分の主人が、巨乳に拘わること以外でも楽しそうにしているのが、彼にとってもなんだか喜ばしいことのように感じる。彼は自分を少しだけ不思議に思いながらも、テーブルの上にあった食器を重

ね、両手で持ち上げた。


「考えてみれば、数々の宝物たちおっぱいへの愛を囁く時に近い気持ちかもしれない。同じではないけれど」


 暮れかけた日が、赤い光を部屋へ届けている。

 暗くなった部屋の隅で。妖精灯ランプが、緑がかった光を灯らせる。

 部屋の主は、スラリと長く、適度に筋肉が付いた両腕を天井へ向けて伸ばしながら大きく伸びをした。


「では、夕食の際にまた参ります」


 ブラウニーが部屋の扉を閉じる。

 静かになった部屋で、ルリジオはもう一度大きく伸びをすると自分の胸に手を当てて目を瞑った。


「君がくれた”心”というものは、思っていたよりも悪くない物だったみたいだね……斑肌の君」


 バサバサという羽音と共に、何か黒い影が落ちていく。

 大きな音に驚いたルリジオは、立ち上がって窓辺へ近付いた。


「うわあああ! 助けて欲しいのだ! なに?」


 けたたましい声の主には心当たりがあった。

 ルリジオは、ふう……と小さな溜息を漏らして席を立った。

 静かだった館の中がにわかに騒がしくなり始め得た。おそらく、間抜けな来客を見ようと妻たちの数人が庭へと向かったのだろう。


「ひぃ! こいつ! 知ってるのだ! 昔、聖なる騎士が護る都を三日で血と淫靡の地獄に変えた悪魔! やめろ! ネバネバする糸が邪魔して……羽根が」


 悲鳴と共に、泣きそうになっているセパルの声を聞きながらルリジオは部屋を出て、廊下を歩く。


「あら、ルリジオ様も庭へ?」


「その赤銅色の丘が煌びやかな金と宝石に彩られているのはとても素晴らしいね。やわらかな曲線に、金から妖精灯ランプが反射した光がチラチラとまるで木漏れ日のように美しい光の模様を落としている様はまさに常若の……」


「うふふ……共に庭へ参るとしましょう」


 金色の鱗に包まれた蛇の下半身をうねらせている黄金の鱗夫人ナーギニーのモハーナは、階段を下りてくるルリジオを見かけて近付いて来た。

 腰まである漆黒の長い髪を揺らして、赤銅色の肌を露わにした格好の彼女は、ルリジオの話を聞きながらそっと彼の腕を取る。


「アビスモに言われて来た客人だと思うのだけど」


 暁の君ことアソオスと、黒蜘蛛アラクネ一族のアネモネを中心に数人の妻や妖精たちが、セパルのことを取り囲んでいた。

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