52話 手がかりの種

「……おはよう。そういえば用事があるとブラウニーから聞いたのだけど」


 申し訳なさそうに巨躯を縮こまらせている巨眼の君サイクロプスのイスヒスを見つめて、ルリジオはなんでもないかのように微笑んだ。

 力加減を間違えて、当の本人を気絶させてしまったイスヒスは、一つしか無い目玉を泳がせながら彼の目の前まで近付いた。


「あの……その前に……ごめんなさいルリジオ様。アタシ、またやってしまって……怒ってないんですか?」


 ここには巨大なイスヒスが間違えて踏み潰さないようにと、彼女の目線辺りの位置に作られたルリジオ用のスペースが設けられている。そこで寝かされていた彼は、自らを強く握りしめて失神させたイスヒスを叱ることもない。何もなかったように、穏やかな表情のまま彼は口を開いた。


「とんでもない!」


「でも、でも、アタシ、力加減も下手だし、よく食堂も壊してみなさんに迷惑をかけてしまうし、こうやってルリジオ様を傷つけてしまうから……なんで……なんでアタシなんかを選んで、こんな素敵な場所へ招いてくれたのかわからなくなるんです」


「何度も伝えているだろう?君の胸元に悠然と実っている至高の果実大きなおっぱいがあるからさ」


「で、でも……胸が大きいだけってだけで、こんな」


「胸が大きいだけで構わないよ」


 大きな瞳をみるみるうちに分厚い涙の膜が覆っていく。

 両頬を手で押さえてかぶりを振ると、風圧でルリジオの短く金糸のような髪が靡く。

 悲しそうに目を伏せているイスヒスの肩へと、飛び乗ったルリジオは、肩から胸元へと移動して、彼女の顔を見上げた。


「僕の身体をすべて飲み込んで閉じ込めてしまう深く柔らかい谷間……灰褐色の肌……筋肉質な身体の中で唯一柔らかい谷間を囲う双璧はまるで幸せな場所へ僕を誘う楽園への扉に見えるよ。谷間だけじゃない。谷間の左右に聳え立つ高峰も柔らかで、岩山で守られた要塞の上にそっと佇む円蓋付きの宮殿ドームのようだ。左右に佇む灰褐色の美しい円蓋付きの宮殿ドーム、楽園へ誘う深く柔らかな谷間……そんな最高の場所で僕は意識を手放せたんだ。なにも悲しむことはない。僕は君のような妻と出会えて本当に幸せだと思っているよ」


「何度言って貰ってもわからないダメな妻でごめんなさい……ルリジオ様」


「気にすることはない。僕は何度でも伝えるよ。僕が君をどう思っているかを。君が不安に思う度に何度でも、何十回でも、何百回だって良い。目の前にある巨乳への愛を語る時間はとても幸せで尊いものだからね」


 やっと笑顔を取り戻したイスヒスは、胸の上で腰を下ろしたルリジオの頭をそっと人差し指で撫でる。


「それで、用事というのはなんだったかな」


「あ、そうです。用事があったのを忘れるところでした」


 伏し目がちにしていた、大きな銀色の瞳をルリジオへ向けた。

 彼女は、彼を胸元に乗せたまま何かを思い出すように時折あちこちへ視線を動かしながらゆっくりと話し始めた。


「旧き神々の血を引くニンゲンの一族について、ルリジオ様がお探しだと聞いたもので……」


 彼は、イスヒスからそういわれて、何かに気が付いたように両手を打ち合わせた。

 彼女は、それに頷くと更に話を続ける。


「そうです。アタシたち独眼巨人サイクロプスの一族は、旧き時代に神々の座から追われました。でも、神格を失わずにいられるのは古代の勇者と旅を共にした血族がいるからなのです。厳密に言うと、ニンゲンと独眼巨人サイクロプスの合いの子が……ですが」


「君たちはニンゲンよりも寿命が長い……か」


 ほう……とルリジオは、感心したように息を漏らす。空をそのまま閉じ込めたような瞳がキラキラと部屋に灯る妖精灯ランプの光を受けて仄かに輝く。

 美しい表情に見とれそうになりながら、イスヒスは彼の言葉に頷いた。


「そうです。アタシたちのことを知っていてくれてうれしいです。古代の勇者たちと旅をした独眼巨人サイクロプスの英雄は、アタシたちの血が半分しか入っていないとは言っても巨人族の一員です。もうおじいちゃんだし、小柄ですけど……生きていて、勇者の血族にその印を授けている仕事をしているのです」


「それは……」


「とはいっても、もう勇者の末裔なんて血が薄まりすぎていてほとんどわからないらしいですけど。たまに独眼巨人サイクロプスの里にまで尋ねてくる変わった人がいて、その人から気配を感じれば印を授けているんです。尋ねてくる人も多くはないですし、あの人ならルリジオ様が探している人の手掛かりを持っているかもしれません」


「ありがとう。助かるよ、巨眼の君イスヒス


 薔薇色をした唇の両端が持ち上がる。目を細めて首を傾げながらルリジオは微笑んだ。そして、腕を差し出す。イスヒスは、そんな彼の腕を、壊れやすい硝子細工を触るようにそうっと掴んで微笑み返した。


「ふふ……お役に立てそうならよかったです。お母さんたちもルリジオ様に会いたがっていました。独眼巨人サイクロプスの里を訪ねる時は、ぜひ顔を出してあげてください」


「求婚をした時以来、義両親お二方には会えていないしね。そうするよ。さあ、用事が済んだのなら一緒に食事でもどうだい?君の豊満で巨大な谷間をしっかりと堪能できるようにこの後の予定は入れてないんだ」


 にこりと自分に微笑みかけるルリジオの笑顔はキラキラと光を帯びているように見える。

 そんな彼の笑顔を目の当たりにしたイスヒスは叫びだして暴れたいような気持ちに襲われた。しかし、女神の加護を受けているとはいえ、自分が暴れればルリジオといえど無事ではすまない。

 彼女は、自分の中にある衝動を必死で抑えながら、彼に向かってゆっくりと頷いた。

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