40話 血の繋がった者たち
「兄さん、そんな理由でこの害獣を許すつもりかい?」
少し呆れたような声を出したルリジオへ、アビスモは信じられないようなものを見るような視線を送った。「お前がそれを言うのか?」と言いたい気持ちをグッと抑えて、彼は二人の兄弟の様子を見つめる。
ルリジオの兄であるクラウスは、弟の少々呆れ混じりの声を聞いても尚決意は揺らがないようだ。ルリジオの言葉を聞いたクラウスは、首を縦に振ってしっかりと頷いた。
「俺はお前みたいにすごい英雄じゃ無い。でも、愛する
クラウスはルリジオの差し向けている剣に手に伸ばす。そして、刃の部分をためらわずにグッと握って自分の心臓に白銀の剣先を向けた。
大きく分厚い手からは血が滴り、クラウスの両足はまだ僅かに震えている。しかし、その表情は凜としている。
「兄さんには敵わないなあ」
ルリジオがフッと口元に笑みを浮かべると、クラウスは握っていた剣から手を離す。
先ほどの、周りの空気が冷えてしまいそうなほど鋭く冷たい目付きをしていたルリジオが表情を和らげる。
ルリジオは、怯えきっているリリトを一瞥してから、頷いて白銀の剣を空のような色をした鞘に収めた。
「……髪フェチ、かあ」
小さな声で呟いたアビスモの横で、タンペットが「ううん」と声を漏らしながら薄らと目を開く。
「どうなってるのこれ」
壁も天井も破壊された神殿と、地べたを這いずり回る異形の化け物、そしてなんだか固く手を握り合っているルリジオたちを見たタンペットは間抜けな声を出した。
「俺にも何が何だか」
「とりあえず、最悪な事態にはならなかったようね」
頭痛を抑えるように額に手を当てて首を振るアビスモを見て、何かを察したタンペットは長椅子に座り直して彼の背中をさすりながら微笑む。
「あの、あたくし、助かったってことでいいのかしら……」
青色の巻き髪を揺らしながら。小さくリリトは呟いた。
「この村に害を与えないなら、兄さんに免じて命は奪わないであげよう」
不安そうにしていたリリトは、ルリジオから微笑まれると姿勢を正して立ち上がる。
「あ、あの!はい!誓います!髪色も、クラウスが好きな灰色がかった金色にもどしまぁす」
立ち上がった彼女が顔を俯かせる。すると、紫色の靄が髪を包んでいった。
靄が晴れていく部分から、彼女の髪色は鮮やかな青から、灰色がかった金色の髪に変わっていく。
彼女の美しい巻き髪が全て灰色がかった金色に戻るなり、クラウスは涙ぐみながらリリトのことを抱擁した。キャと小さな声を上げながらも、リリトはうれしそうにクラウスのことを見つめている。
「一体全体どうしたって言うんだい?」
空から
もう
ちょうど、リリトとクラウスが仲睦まじく微笑み合ったところで、ルリジオの母と
破壊された神殿の様子や、人の乳房と蛙を合体させたような化け物に目もくれないルリジオの母は、腰を抜かしている夫の元へ駆け寄って手を差し伸べる。
「お、おお。ちょっとした夫婦喧嘩があったんだが……仲直りしたみてえだな」
「まったく。しっかりしてくださいな。身体の頑丈さはしっているけれど、心配はしたのよ?」
笑いながら自らの夫の手を引くルリジオの母をアビスモとタンペットは目を丸くして見つめる。
「これをちょっとした夫婦喧嘩ですませるのか」
助け起こされたルリジオの父から発せられた言葉に、アビスモは思わず驚きの声を漏らした。しかし、それはタンペット以外には届かなかったようだ。
村の人々は徐々に半壊した神殿の周りへ集まってきた。どこかへ避難していたであろう神官もしれっとアビスモたちの後ろでにこやかな表情を浮かべている。
「とにかく、もうあの子が元気になったのならそれでいいわ。神殿はこの有様だけど無事に式は挙げられそうね」
青く晴れ渡った空を見上げながらルリジオの母がそう言うと、クラウスとルリジオもそれに同意した。
「じゃあ、この可愛い生き物をどうにかしようか」
ルリジオは、足下でのたのたと蠢いている元
命乞いを細い声で繰り返すその生き物の異様さに気が付いたのか、イデアルとルリジオの母親はやっと眉間に皺を寄せる。
「俺が引き受けよう。お前はそこから動くなよルリジオ」
立ち上がったアビスモは、ルリジオの手から変わり果てた姿の
取り上げられた
「……ケ……タ…スケテ……タス……ケテ」
小さな口から不明瞭な声を発しながら、他の元
アビスモがルリジオから十分な距離を取ると、彼の腕の中にいた蛙と乳房を合体させたような化け物は人の姿を取り戻した。
赤みがかった髪と同じ色をした瞳で、彼女はアビスモを見ると声を上げて泣き始めた。
次々と元の姿に戻った
「ああ……せっかくの可愛かった姿が」
露骨にがっかりと肩を落としたルリジオが、アビスモの方へ数歩近付いてくる。
すると
「やっとわかったぞ。
涙で目を腫らした
「あの気まぐれな
リリトが驚いていると、タンペットの隣にアビスモが向かう。
アビスモはコホンと咳払いをすると腰にぶら下げていた
青白い腕を
流れた血が、
「契約の上書きをさせて貰った。今日からお前らのボスはあの青髪の悪魔から俺に変更だ」
魔法陣から溢れた光に
「お前たちの処遇は後で決める。聞きたいこともあることだしな。とりあえず今日はめでたい祝福の日だ。新しいねぐらで神妙にしていろ」
魔法陣が消えると共に、
「
「気にするな。手間をかけられるために俺がいるんだ」
目を伏せて申し訳なさそうな表情を浮かべるタンペットに笑いかけたアビスモは、彼女の背中を軽く叩いて不満そうなルリジオの元へと近付いていく。
「ありがとうねえ、綺麗なお兄さん。ルリジオのお友達と聞いていたから心配していたけれど、立派なお友達がいてあの子も幸せねえ」
ルリジオが何か言おうとする前に、彼の母親がアビスモに駆け寄ってきた。
「そっちのお嬢さんも、迷惑をかけてしまってごめんなさいね」
太陽のように笑うルリジオの母親に笑いかけられて、アビスモとタンペットは驚いた表情を浮かべたがすぐに笑顔を返して頭を下げた。
「さあ、一騒動ありましたが、今から婚礼の儀を行いましょう」
神官の一言で集まっていた村人たちは歓声を上げ、滞りなく終わった婚姻の儀を経たリリトとクラウスは夫婦となった。
「本当にごめんなさい。これからは心を入れ替えて人として彼と寄り添って生きていきます……」
家へ戻ったリリトは、クラウスたちに頭を下げる。
灰色がかった金色の髪が揺れる様子をクラウスはうっとりと眺めて、髪にそっと手を触れる。
「俺が死んだら君に魂くらいはくれてやるからな!俺を看取ってくれ!」
大きな声でそう言ったクラウスに、アビスモとタンペットは内心ぎょっとしながらも、手に持っているジョッキから果実酒を口に運ぶ。
「懐かしいわね。わたしたちも最初は喧嘩ばかりしたっけねぇ」
ルリジオの母親は、夫の肩に寄りかかりながらそういう。寄りかかられているルリジオの父親は大きな手で華奢な妻の肩にそっと触れながら照れたように笑った。
「喧嘩というか、母さんがよく怒っていたな。俺の言葉が足りなすぎると」
「どういうところが足りないと言われていたのですか?」
タンペットがそれとなしに聞くと、珍しくルリジオの表情が固まった。
ルリジオだけではない。その場にいるルリジオの家族たちは、両親以外動きを止めて表情を凍り付かせている。
「そうだな……。まず見た目を褒めたいのならキチンと言葉にするように言われたんだよ。母さんはこの通り太陽のように笑ってくれるだろう?それをなかなか言えなかったのでな。それにこの上等な羊みたいな柔らかな髪だろ?それに真っ青な春の空みたいな瞳がすごく美しくてな。母さんが小さな頃からずっと好きだったんだ。なによりそう……骨格が素晴らしい。華奢な骨……特に首から肩に掛けての曲線がな……女というものは大体が華奢ではあるのだが母さんはその中でも特に綺麗でいてそれなのに細いんだよ。この骨が……」
「ああ……血筋……かぁ」
終わらない骨格トークにアビスモとタンペットは遠い目になりながら相槌を打ち続けた。
ルリジオの父親が話し終わる頃にはすっかり日が傾いており、月が地平から顔を覗かせ始めていた。
「じゃあ、また来るよ」
なんとか話を切り上げた三人は、馬車に乗り込み、家族たちに見送られながらグランデヒルを後にした。
「父さんには困ってしまうよ。好きな人の話になるといきなり饒舌になるんだから」
眉尻を下げたルリジオは、珍しく疲れたとでも言いたげに溜息を吐いて背もたれによりかかる。
「お前はちゃんとあの人たちから生まれたんだって思い知ることが出来たよ」
アビスモの言葉に頷いたタンペットは無言のまま窓の外へ目を向ける。
ガタガタと揺れる帰路で、彼女はいきなり現れた悪魔について考えていた。
「なあ、下級の悪魔以外はバアル殿の一家以外は全て異界に戻したと言っていなかったか?」
「ああ、俺が呼び出した悪魔はほぼ全て異界に帰したさ」
「……ふむ。僕も帰ったらアソオスに話を聞いてみるよ」
三人は、今日のことについて後日改めて話し合うことを決めると各々の家へと戻っていった。
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