38話 青髪の花嫁
「ルリジオ!みんなから聞いていたけれど、お友達まで連れてきて……立派になったのね」
「母さん、ただいま。たった5年振りなのにみんな大袈裟だから困るよ」
そばかすが目立つベージュの髪の毛をした小柄な女性が、家に来るなりルリジオに抱きつく。
華奢な体躯と、ほっそりした顎、すっと通った鼻筋と小さめの鼻翼の女性は、髪色と同じ色をした長い睫毛に縁取られた大きな空色の目を細めて微笑む。目尻の笑いじわがあるところ以外は、ルリジオにとてもよく似ていた。
「……巨乳じゃないな」
ぼそっと呟いたアビスモに、タンペットが頷いているのを気にせずに、ルリジオの母は人懐っこい笑顔で二人にあたまを下げる。
アビスモたちは挨拶を交わし、そのまま彼女に連れられて式場である神殿へ案内されることになった。
「なんだか、花嫁さんの具合がさっきから優れないらしくてねぇ。慣れないドレスを着てるからかしらって心配してたのよ」
神殿の前にはたくさんの人が集まっている。ルリジオを見つけたイデアルが、小声で母に話すのを聞いてアビスモはタンペットに目配せをした。
「もしよろしければ、
「あらあら、あら、そうなの?せっかく遠い王都から来ていただいたのに悪いわ……」
ルリジオの母は、両手で口元を抑え、眉を八の字にしながらタンペットを見つめる。そんなルリジオの母の手を、彼女はそっと自分の両手で包み込んで微笑んでみせた。
「友人の家族をお祝いするために来たのです。婚儀の主役が困っているとなれば、力を貸すのは当然ですとも」
ルリジオの母は、幾ばくか考えたあとタンペットの目を見て頷いた。
「こちらへ来てくれるかしら」
三人は、ルリジオの母に連れられて神殿の裏口へと向かう。
葡萄の実の模様が刺繍された肩布をかけた
「おお、おお、美しく尖った耳……
司祭は、タンペットをみるなり晴れやかな表情になると、三人の元へ近付いてくる。
タンペットは微笑みながら、深くお辞儀をすると、司祭も腰を折り曲げて頭を下げた。
挨拶が終わったところで、ルリジオの母が司祭へ事情を説明する。
「では、わたくしがご案内をしましょう。ヤークフント夫人は、どうぞ仕事へお戻りくだされ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ルリジオの母は、何度も心配そうに彼らの方を振り返りながらも、神殿から出て行った。ルリジオの母の姿が見えなくなると、司祭は三人を案内するために歩き出す。
「昼前くらいですかね。突然、具合が悪くなったと塞ぎ込んでしまいまして……今はドレスのコルセットを緩めてこちらで休んで貰っているのです」
長くない廊下の先にある、小さい部屋の前で司祭が足を止めた。
「では、
タンペットは、司祭の話を聞いて頷くと扉の取っ手に手を掛けた。
そっと扉を引くと、キィと小さな音を立てて開く。
「あんたはさっきの美人さんじゃないか!
タンペットを迎え入れたのはクラウスだった。クラウスの分厚い大きな掌で肩に触れられて、部屋の中へ導かれる彼女をルリジオとアビスモは見送る。
司祭は、ほっと胸をなで下ろしてどこかへ消えた。婚儀の寸前だ。色々と準備をすることが多いのだろうとアビスモは納得しながら辺りを見回す。
「ルリジオ、母さんから聞いたぞ。クラウスの嫁さんを治してくれるんだってな」
背の高いアビスモよりも、更に頭一つ大きいような大男が、のしのしと大股でこちらに近付いてきたのを見てアビスモは警戒する。しかし、隣にいるルリジオがにこやかな表情で大男に手を振ってこちらへ招いたのを見てアビスモはすぐに警戒を解き、不思議そうに大男とルリジオを見比べた。
「父さん」
「は?」
顎に蓄えた豊かなヒゲはゴワゴワとしているし、身体は鍛え上げられて筋肉が隆起している。
金色の美しい髪は確かにルリジオと似ているが、髪色以外は似ても似つかない。
「はっはっは。いやあ女が結婚前に塞ぎ込むなんてよくあることだが、我が子の妻がそうなると慌てるもんだな」
豪快に笑ってルリジオの肩をバンッと勢いよく叩く父と、それにビクともしないルリジオを見てアビスモは額に手を当てて眉間に皺を寄せた。
「本当にお前と血のつながりがあるのか?全然似ていないが?」
「村のみんなからは、父さんと母さんの良いところを全部もらったのねってよく言われるんだけどな」
「そういうことじゃなくてさあ」
アビスモが、耐えられなくなってルリジオに疑問に思っていたことをぶつけるが、ルリジオはピンときていないようだ。
早くタンペットに帰ってきて欲しい。そう思いながら扉を見ると、少しだけ扉が動いた気がした。
開いた扉に駆け寄ろうとして、アビスモは足を止める。
「タンペットさんに部屋を出ていてくれと言われてな。おお、親父!もう準備はいいのか?」
小さな扉から、身体を小さくしながら出てきたクラウスは、ルリジオと話す父親に気が付くと、神殿中に響き渡りそうな大声で話し始めた。
身体の大きな父と兄に囲まれるとルリジオの華奢さがとても目立つ。本当に血が繋がっているのか?やはりルリジオだけはどこかから拾われて来たのではないか?と心の中で訝しんでいるアビスモを、ルリジオの父と兄が同時に見た。
「ルリジオの友人だそうだ」
「これはまた綺麗な見た目をしてる兄さんだな。王都の人はみんなあんたみたいにきれいなのかい?」
「俺は」
アビスモが、ルリジオの肉親に挨拶をしようとしたとき、彼の後ろにあった小部屋が壁ごと吹き飛んだ。
「は?」
急いで結界を張ったアビスモのお陰で、勢いよく飛んだ瓦礫は封じ込められてその場で地面に落ちていく。
ルリジオが剣を抜き、身構えた。
「なにがあった?」
腰にぶら下げていた
「ふふふ……ヒトのふりをするのは疲れたわぁ。急に具合が悪くなったのは本当だけど、この女の魔力をいただいたらちょっとはマシになったわね」
土煙の中から出てきたのは、ぐったりとしたタンペットを抱き上げた美しい女性だった。
胸元まである真っ青な巻き髪を揺らしながら出てきた女性は、辺りを見回すと背中から大きな蝙蝠のような羽根を広げる。
「あら、
羽根を大きく羽ばたかせると、辺りの土煙が晴れた。
目の前に現れた見慣れない来客を見て、彼女は金色の目を細めて不適に微笑む。
「あら、ごきげんよう。あたくしは色欲の悪魔リリト。あなたたちは……外から来たお客様かしら」
「リリト……どういうことだ?お前……髪色まで変わっちまって……灰色がかった金色の髪が……」
クラウスが、リリトの前に数歩近付いて、両膝をつく。
あんなに陽気だった男が、絶望をしながら蹲る姿を見て、アビスモは眉間に皺を寄せた。
「ごめんなさいねぇクラウス。あなたのことは好きよ。でも、
蠱惑的な微笑みを浮かべたリリトは、タンペットをその場に下ろすとクラウスの頭を撫でた。
言葉を失ったまま動かないクラウスを無視して、リリトはアビスモとルリジオの前で立ち止まった。
青髪の悪魔は二人の顔を見て満足そうに微笑む。
「美味しそうな殿方ね。ちゃんと殺してあげるから、安心なさい」
アビスモは、翡翠のように輝く切れ長の目を細めてリリトを睨んだ。そして軽く溜息を吐く。
「……ったく。悪魔のくせに俺を知らないとはな。どこの下っ端だ?」
二人の後ろにいるルリジオの父は腰を抜かしてへたり込んでいる。それなのに、目の前の男達は平然としている。
てっきり、悪魔と名乗るだけで人間は恐れ戦くとばかり思っていたリリトは、アビスモの言葉にわかりやすく眉を顰めた。
「は?なんなのよあんた。悪魔であるあたくしにそんな口聞いて良いと思ってるの?」
瞳孔を針のように細くして、隠していた牙を露わにしたリリトが、蛇のように「シャー」という音を立てながら怒りを露わにする。
「アビスモ、僕の出番ではないみたいだから任せるよ。
リリトの胸元を見てスッ真顔になったルリジオは、彼女を無視して歩いていく。溜息を吐きながら倒れているタンペットを抱き上げて長椅子に腰を下ろした。
「あたくしを怒らせたこと、後悔しなさい」
自分を全く恐れない二人に対して、リリトは憤慨して真っ青な髪を逆立てる。
大きく両腕を空に掲げると、赤紫の魔法陣が神殿の教会へ浮かび上がった。
「目立たないように壊してやろうと思ったけど、もう知らないわ!悪魔の怖さを知らないあんたらに、あたくしたちの怖さを教えてやるんだから」
リリトが、掲げている両腕を振り下ろすと同時に、神殿の天井が派手に壊れる。
神殿の外から大きなざわめきが響いてくる中で、胸を張って得意げな顔をしたリリトがアビスモとルリジオを睨み付けた。
「
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