37話 英雄の故郷

「本当にお前の地元か?偽装とかじゃなくて?」


 王都から遙か南にある森を抜けたところでアビスモは声を上げた。

 ガタガタと揺れる馬車は、開けた丘の上を目指して進んでいる。


 グランデヒルと呼ばれるルリジオの故郷は、のんびりとした風景が広がるどこにでもある農村だ。

 10年前、王都を中心とした一帯に与えられた、豊穣の女神による加護を受けているこの土地では、穂が重すぎて小麦が毎年頭を垂れ、家畜たちも皆肥えていた。

 森が終わり、川に沿って切り開かれた農地が緩やかな丘の上に広がっている。

 農地をしばらく走ると、ぽつりぽつりと民家が見え、丘の一番見晴らしの良い場所には領主が来訪時に滞在するお屋敷マナーハウスが建てられている。


「ああ、そうだよ。ここら辺で馬車を降りようか」


 馬車が止まったのは、農道を少し外れたところに佇む酒屋パブの隣だった。

 荷馬車がいくつか停まっている横に従者が器用に馬車を納めると、扉が開かれる。

 タンペットが従者に金を渡して帰りまで自由にしていていいと告げると、彼はすぐに酒場パブへと入っていった。


「ああ、ルリジオ!来てくれたのね」


 馬車から降りて、歩き出そうとする三人は、ベージュ色をした髪をひとつにまとめた女に声をかけられて足を止める。

 女は、両手に持っていた籠を地面に置くと、親しげな様子でルリジオの手を取って軽く上下に揺すった。


「イデアル姉さん、久し振りだね」


「こちらは……お友達かしら?ようこそグランデヒルへ。何もない場所ですけど、ゆっくりしていってくださいな」


 姉さんとルリジオに呼ばれた女イデアルは、にっこりと微笑むと下ろした籠を持ち上げる。

 イデアルは、軽くお辞儀をして、三人に背を向けてそのままどこかへ歩き出した。


「……姉さん?血のつながりがある、お前の両親から生まれた女の子供という意味だよな?」


わらわも最初、同じ事を思ったぞ」


 彼女の遠くなった背中を見送りながら、アビスモがぼそっとそう呟くと、タンペットは隣で頷いてみせる。

 そして、二人は、イデアルの背中を見つめて立っているルリジオの顔を見つめて、先ほどの娘の共通点を探そうとしているようだった。

 端正な顔立ちをしたきめ細やかな肌、透き通るような金色の髪と、快晴の空をそのまま写し取ったような瞳。薔薇色の唇は乙女のように瑞々しく、そこから紡がれる声は柔らかで心地よく耳に響く。

 そんな完璧な美しさを持つルリジオの姉は、確かに顔立ちは整ってはいるが、どうしてもパッとしないというか絶世の美女とまでは言えない……と二人は思った。


「さて、家に向かおうか」


 ルリジオは、そんな二人の疑問などお構いなしといった様子でずんずんと歩き出す。

 慣れない農村で勝手がわからない二人は、慌てて先を行くルリジオを追いかけた。


「あらあら、ルリジオちゃん、随分と立派になって」


 行く先々で声をかけられるルリジオは、その度に立ち止まり笑顔で応対する。

 老婆や体格のいい農夫、健康的な村娘や、家畜を追う少年達と数歩歩くたびに声をかけると、足を止めて笑顔で応対するルリジオを信じられない者を見る目で見ているアビスモを、タンペットは面白そうに眺めている。

 しばらく歩いていたルリジオだったが、藁葺わらぶき屋根の小屋にさしかかると、彼はそこで足を止めた。


 周りの小屋よりも二回りほど大きく、庭先には円形の鶏小屋が建てられていて、中からは賑やかな鳴き声が漏れ聞こえてくる。

 扉の前まで歩いて行ったルリジオが、ノックしようと手をあげたとき、ちょうど両開きの扉が開いた。

 そこには、ルリジオを少したくましくしたような美丈夫が驚いた表情をして立っていた。


「ルリジオじゃないか!来てくれたのか!うれしいぞ」


 遠くまでよく通る大きな声を出しながら、ニコニコと笑顔を浮かべた男は、ルリジオをよく鍛えられた太い腕で抱擁した。

 日に焼けた肌と少しくすんだ金色の髪、厚い胸板とたくましい足腰の彼は、顔こそルリジオに似ているものの立ち振る舞いや性格は正反対と言ってもいいように思える。


「クラウス兄さん、結婚おめでとう」


 抱擁から解放されたルリジオが、朗らかな笑顔で祝いの言葉を述べる。

 クラウスは、流れてくる涙を耐えるように目頭を押さえると、上を向いた。


「友人も祝いに来てくれたんだ。祝儀は式の時に渡すよ」


「なんと!お前が来てくれるとはな!ははは、式は午後からだ。ゆっくりしてくれ」


 バンと音がするほどの強さでクラウスは、ルリジオの背中を叩いた。

 大きな声で笑ったクラウスは、アビスモとタンペットの方へゆっくりと歩いてくると頭を深く下げる。


「弟が世話になっている。兄のクラウスだ。少し変わった奴だが、どうぞよろしく頼む」


「あ、ああ」


 軽いお辞儀をしたクラウスの、大きな手がアビスモの肩をグッと握る。

 痛みはないものの、あまりの迫力と、慣れないコミュニケーション方法に戸惑ったアビスモは、頬を引きつらせて無理矢理笑顔を作って応対した。

 アビスモの返事を聞いて安心したのか、クラウスは大きく首を縦に振って頷くと、隣に居るタンペットの手をそっと取る。


「こちらは、見目麗しいお嬢さんだ。ははは、ルリジオのやつをよろしくお願いします」


「ふふ、素直な殿方は嫌いではない。妾からも細やかな祝いの品を後で贈らせよう」


 片膝立ちでひざまずき挨拶をするクラウスに、微笑を浮かべて応えた。


「それはありがたい!では、俺はここで。これから婚儀の準備をするのでな」


 さっと立ち上がったクラウスは、片手をあげて挨拶をするとそのまま小さな神殿の方へ走っていった。

 残された三人は、家の中へ入っていく。しかし、結婚式の準備のためなのか家の中には誰も居ない。


「顔は似てるが……同じ親からああも違う人種が生まれるとはな。面白いものだ」


 家の中に置いてあるベンチに腰掛けながらタンペットが笑う。


「少し変わったやつでお前のことを片付けるのもすごいよ……。俺は、お前のことを少し変わってるどころか狂人だと思ってるもん」


「いい家族だろう?さあ、僕たちはのんびり待つとしようか。多分、時間になれば家族の誰かが迎えに来てくれるはずだ」


 二人の発言の真意をわかっていないのか、ルリジオは相変わらず絵画に描かれている女神のような美しい笑顔を浮かべながら、家にあったらしい葡萄酒をゴブレットに注いだ。

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