36話 兄からの報せ

「は?お前に兄貴がいる?」


 爽やかな風が吹き抜け、薔薇の咲き誇る中庭で三人はテーブルを囲んでいた。

 見目麗しい男女が二人、ルリジオの前に並んでいる。そのうちの一人は、口から勢いよく紅茶を噴き出したあと大声でそう言った。

 紫色の美しい長髪と、透き通るような青白い肌をした青年――アビスモは、翡翠色の瞳を大きく見開きながら薄く血色の悪いようにも見える唇にハンカチをそっと当てる。

 その隣にいる銀色の髪をした尖り耳の美女――タンペットは、隣の男と揃いの翡翠のような瞳を細めて口元を抑えて微笑した。


「知ってたのかよ」


「それなりに付き合いは長いのでな」


 目を皿のように丸くしているアビスモが、タンペットとルリジオの顔を代わる代わる見つめた。頷きながら目配せをする二人を見たアビスモは、眉間に深く皺を寄せる。


「ルリジオは……なんていうか、魔力が濃い地域の山の上にある巨大な岩が雷に打たれた弾みで生まれたとかそういう出生だと思っていたが……ヒトから生まれたのか?お前が?」


「妻たちにも驚かれたことはあるけれど、そんなに不思議なことかい?」


 アビスモの様子を面白がるタンペットとは対照的に、ルリジオは不服げに首を傾げて顎に手を当てた。

 大きな瞳、晴れた日の空のように青い瞳、白磁のように白く滑らかな肌はまるで人形のようであり、金色の髪はまるで太陽の光をそのまま紡ぎ出したかのように美しい。

 人間離れした美しさも然る事ながら、ルリジオはその性格もまた常人離れをしていると言って過言ではなかった。

 巨乳だからという理由で町中に現れた獣を庇い、それがたまたま女神だったことで加護を得た。

 運の良さと、豊満な乳房への執着、そして女神の加護を受けた呪いや毒を跳ね返し、老いることのない体を持つ......それが勇者ルリジオだ。

 そんな彼に、他の人間と同じように両親や兄がいるということに驚くのはアビスモだけではない。

 妻たちの何人かや、今では微笑を浮かべているタンペットも最初は同じように驚いた。


「それで……その手紙にはなんて書いてあるんだ?」


 アビスモにせかされるようにして、ルリジオは毛むくじゃらの友人ブラウニーから手渡された書簡に目を落とす。

 

「兄さんが結婚をするから顔を出せってさ」


「……は?」


「兄さんは僕の三つ上だからね。妻は……今年十四になる娘さんらしい」


「はあ?」


「ふふ……アビスモは知らなかったか。こやつは不老の体を持ってはいるが、それはそれ。肉体の年齢と見目の年齢はほぼ同じだぞ」


 驚いているアビスモに耐えられなくなったのか、タンペットが微笑を崩して肩を奮わせて笑い始める。


「めちゃくちゃ年下じゃん……マジかよ」


 なにが可笑しいのかわからないルリジオは書簡を長机に置くと、アビスモの顔をみて再び首を傾げた。


「うちはしがない平民だけど、僅かながら農地も持っているしね。親族は顔を出すように言ってきたのさ」


「賑やかにしたいから友人を連れてきてもいいらしいのだけど、君たちも来るかい?」


「伴侶の同伴ではなく……か?」


「両親も村のみんなもヒトではない者に慣れていなくて難しいんだ。それに、君たちを連れて行くと言えば、妻たちは納得してくれると思うけど」


 半信半疑と言った様子のアビスモへ、ルリジオは笑いかけながらそう言った。

 困って隣へ視線を向けるアビスモだったが、タンペットは意味ありげな様子でニヤニヤと閉じた口の両端を持ち上げて笑っているだけだ。


「ああ!わかった。いってやろうじゃないか」


「式は明後日らしい。派手すぎない格好で頼むよ」


 明後日は、豊穣の女神を祝福するための休息日だ。

 三人は残っている茶を口にしながら、明後日のことを話し合う。


「ふう、一人で行くことになるかと思っていたけれどよかったよ」


 館を後にした二人が去った後も、中庭に残ったルリジオは、伸びをしながら独り言のように声を漏らした。

 いつのまにか戻ってきていたブラウニーが、そんなルリジオのカップに温かいお茶を注いでいく。


「奥様方にお伝えした方がいいので?」


「食事会は明日だろう?その時に伝えるよ」


 湯気に乗ってふわりと香るお茶の匂いを吸い込むようにして深呼吸をしたルリジオは、穏やかな表情で答えた。

 彼が表情を荒げることは滅多にないのだが、それでも主人の心が穏やかな様子にブラウニーはほっと一息吐く。


「これを空っぽにしたら、中へ戻る。下がってくれて構わないよ」


 にこにことしながら手を振ってみせるルリジオに、ブラウニーが深々と礼をしながら下がろうとする。


「ルリジオったら~私はまだ納得してないんだから!」


 すると、頭の上から声が聞こえてきた。

 目を向けると、そこには紫と橙が入り交じった暁の空のような色の巻き髪が揺れている。


「やあ、アソオス。今日もとても素晴らしい谷間だね。鎖骨の真下から伸びる釣り鐘型の曲線を白磁の如き白く滑らかな肌が更に映えさせている。胸の下部から腰にかけて身に付けているコルセットのお陰で僕の頭よりも大きな新鮮な葡萄のような二つの膨らみはこうしてそっと触れるとまるで粘獣スライムのように弾力豊かでいて、ひんやりと冷たい。僕が喜ぶことを知っていて、谷間にまで妖精の銀輝粉ラメで化粧をしているんだね?素晴らしい。まるで壮大な山脈の間を流れる天の川のようだ……。暁の空みたいに美しい巻き髪が少し胸に触れて揺れる様子は幻想の世界へ行ったような気持ちになる。君のような素晴らしい至高の宝おっぱいを愛でることが出来て僕は本当に幸せ者だね」


「もう!そんなこと言っても誤魔化されないわよ」


 頬を膨らませながらも、少し口元を緩めたアソオスは、ブラウニーの横を通ってルリジオの隣にある椅子に腰を下ろした。

 鎖骨と胸元が開いた黒と紫のロングドレスの裾がふわりと舞う。


「僕の両親は普通の人間さ。兄もね。君たちが押し寄せたらきっと目を回してしまううよ」


「でも、なんだか嫌な予感がするんですもの」


 両肩に手を置かれたアソオスは、斜め下を見るようにしてルリジオから目を逸らすと、を作ってスンとしおらしく鼻を鳴らした。


「君の心配は有り難く受け取っておくよ、暁の髪を持つ愛しい我が妻」


 ルリジオの手が彼女の前へ垂らされた髪に触れる。

 彼は自分の口元へ持って行った髪へそっと口付けをして、アソオスの金色に輝く瞳を見つめて微笑んだ。


「もう!じゃあ、私の代わりにこちらを持って行ってくださいな。もし、私よりも下位の悪魔が近くにいたら教えて懲らしめてくれるお守りなの」


 これは折れてくれないとやっと諦めたらしいアソオスは、谷間に自らの手を差し込むとなにやらごそごそとし始めた。

 彼女が谷間から取り出したのは、彼女の髪と同じ色をした不思議な色をした宝石だ。

 小指の先ほどの大きさのその石は、紫と橙が入り交じっている。

 アソオスが、フッと息を掛けると、小さな石は革紐の付いたネックレスへと姿を変えた。


「ありがとう、アソオス。絶対に身に付けて出かけることにするよ」


 ツンっと拗ねるような顔をして館へ戻っていくアソオスを、ルリジオは笑顔で見送ると、テーブルの上に置いてあるお茶の残りを飲み干してから席を立ち屋敷の中へ戻っていった。

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