外伝6話 完璧な美を持つ者

「……なるほど。

 私の強さや武勲を知って怖気づいたのか。結構結構!」


 タンペットもおとなしく両手をあげて降伏のポーズをしたのを確認したテーセウスはこちらに向けていた剣先を下げて豪快に笑った。

 単純なものだな……と内心で毒づきながら、それが表に出ないように少し俯きながら俺も両手をあげて抵抗をしないという意思を見せると、テーセウスが話す前に割り込むように一歩進み出たルリジオが恭しくお辞儀をして口を開いた。


「アビーからテーセウス殿の逸話を聞き、このような方に挑んでしまう自分の愚かしさを弁えました。

 しかし、愚かしさついでに一つだけご提言があります。申し上げてもよろしいでしょうか?」


 頭を下げたままそういったルリジオに気を良くしたのか、テーセウスはニコニコと脳天気な笑顔を浮かべながら、頭を上げるように言ってみせ、ルリジオの発言を許可した。

 何回も言うけど、本当に王や武勲のある英雄というものは慢心をしてくれる上に単純なやつが多いので助かる。


「ふむ……もう戦うつもりがないというのなら聞き入れよう。

 しかし、不意打ちをするつもりなら覚悟しておけ。私に不意打ちなど通じぬからな」


「アビーの以前の姿を知る私からしますに、テーセウス殿は今の彼女の姿よりも、本来の彼女の姿のほうがお気に召すかと思いまして……」


「ふむ……聞くに値する話かもしれぬ。続けてみよ」


 身を乗り出して耳を貸すテーセウスに、ルリジオはいつもの調子を取り戻し、微笑みを浮かべながらつらつらと話をしてみせる。

 さすが王や貴族と頻繁に話すことが多いだけあって、おっぱいさえ絡まないのなら一応それなりの振る舞いは出来るんだな……と感心する。


「そこにある宝玉の魔力を戻し、本来の魔力を取り戻したアビーの姿は、きっとあなた程の英雄ですら見たことがない美しさだということを保証しましょう。

 成長した姿の彼女は丁寧に作りあげられ日々柔らかな布で磨き上げられたように美しい真っ白な……少し青みがかった肌の美女になんと、まるで若々しい果実のような張りを持つわたくしの頭ほどもある豊満な乳房が二つ現れるのです。

 それだけでも十二分に素晴らしいのですが、幻想的なまでに美しい月夜の雪原のような双丘の皮一枚下に命ある生き物だと主張をしている美しい青い川のような線……それがあることによってこの魅惑的な、暴力的なまでの質量の乳房に抗いようのない圧倒的な魅力を際立たせるのです……。

 完璧すぎて非の打ちようがないその姿に強い魔力を帯びたその姿はまるで魔法で創り出された人形のようで、魔力の匂いで際立つ人為的に造られた至宝感というものがますますこの青白い肌の豊満なやわらかな乳房の神秘性を際立たせるのです……ああ、思い出すだけでも胸が高鳴るあの完璧な美しさ……。

 その圧倒的な美の暴力を目にする前に、アビーを作り変えてしまってもいいのかとわたくしとしては非常に勿体無い……極上の馳走を作れる材料を無残に生煮えで食べてしまうような愚行と思い不躾ながらご意見させていただきました」


 ルリジオ普通に怖いな。演技も入ってるとは言え、あの時の俺のことまだそんな鮮明に覚えてたの?っていうか俺「あいつは女好きだし多分巨乳好き」って伝えただけだよ?大丈夫?こっちの英雄ドン引きしない?

 少し心配になってテーセウスの顔を浮かべると、ヤツは顎に手を当ててなにやら考え込んでいるようだった。


「いや……いくら私がいいやつだからと言って、そんなことを易易と信じてやるわけには……」


「ご安心ください。

 わたくしが見たものを写した記憶が御座います。

 こちらの宝玉に映る内容が嘘偽りのないものだということの証拠に……こちらの術式を確認していただいても構いません」


 サッとルリジオから差し出された橙色に光るペンダントの中を覗き込んだテーセウスの訝しげな表情が、徐々に晴れやかなものに変わっていく。

 というか、そんなもの持ってたの俺は知らなかったんだけどどういうことだ……個人の持ち物ってこと?怖い。

 俺のあの時の恥ずべき映像を見たであろうテーセウスは、しばらく考え込むような顔をしたあと、俺の頭からつま先までを品定めでもするように見たあと再び顎に手を当ててその場を右往左往している。


「……よし、決めた。

 魔力を戻してやろう。しかし、変なことを考えるなよ?英雄である私に勝てるはずはないのだからな」


 尊大な態度に腹が立ちつつも、これで魔力が戻るのならどうってことはない。

 ありがとうございますと頭を下げながら心の中でガッツポーズを決めていると、テーセウスは聞き慣れない呪文を唱え始めた。

 バチバチと火花を散らしていた赤い光線が消えていき、俺の魔力の塊である黒い宝玉にヒビが入っていく。

 ヒビから漏れ出した魔力が煙のようになり、俺の体を包むように集まってくると、さっきまでなんとなく重かった体が軽くなり始める。

 骨と肉が軋む音がするが痛みはない。

 とても短いようで、それでいて懐かしい感覚に陥りながら魔力に身を委ねる。

 なんとも言い難い心地よさと快感に包まれながら目を閉じていたが、耳に入った誰かのうっとりとした吐息のようなものが耳に入り、自分を包んでいた魔力の靄が消えたことに気が付いて目を開ける。


「なんという美しさだ……。

 ああ……アビー、今すぐ私の妻になってくれ……中身を壊すというのは撤回しよう。そなたのその姿には気高さと傲慢さが似合う」


 俺に跪きそう言った英雄テーセウスを見下しながら俺は口の両端を持ち上げて微笑む。

 それを了解と受け取ったテーセウスが俺を抱きしめようとするのをひらりと躱して、ヤツの唇に「お預けだ」とでもいうように人差し指を突きつけてみせる。


「本当に残念だ……闇色の髪の君……僕の妻になってほしかった……」


「心の底から言ってるなそれ……っていうかその呼び方に変わるのやめろ」


 ルリジオが溜息を吐きながらあまりにも残念そうに呟くので笑いを堪えきれない。

 なんのことだかわからないというような顔でこちらを見ているテーセウスに俺は両手を広げて見せる。

 あの時のように、紫色の光る粒子を飛び散らせながら徐々に俺の姿が変わる様子をみて、テーセウスの顔からは歓喜や期待の色が消え、戸惑いと落胆へと変わっていくのがわかる。


「悪いな。あんたは知らなかったみたいだが、コレが俺の本当の姿だ」


 胸についた馬鹿みたいに重い肉塊がなくなってせいせいした俺は、平になった胸を見せつけるように服を捲ると、あまりのショックに膝をついて口をあんぐりと開けているテーセウスにそう言い放った。


「お……おとこ……。

 しかし、私が見たときは幼い少女の姿で……金髪君の記憶にも偽りはなかったはず……」


 元の姿になった俺を見て、露骨に嫌そうな顔で後ずさりをしたテーセウスを見て、タンペットは微笑みを浮かべながら前に進み出るとわざとらしく頭を下げた。


「テーセウス……あなたが最初に目にしたアビスモは、妾とルリジオによって呪いをかけられたあとの姿だったのだ。

 確かに、一度だけ先程の美女になったこともあるがアレも一時的なもので」


「え……ええええ……。

 私の身内も大概気軽に呪いをかけたりするけど……友達を騙し討ちして呪いをかけるって……異世界の友情怖い」


「それは俺も今初耳だし、ちょっとどうかと思う」


 ちょっと引いている英雄を見てさすがに気の毒に思っていると、どこからともなく金色の羽根の鷹が飛んできてテーセウスの肩に止まった。

 鷹の咥えていた小さな巻物を見たテーセウスは、俺達と巻物を見比べて何か考え込むように口元を手で抑える。


「我が世界の冥府にて新たな正真正銘の美女がいるとの報告があった!実際は男の美女よりもやはり真性の美女!さらばだ」


 そして、何かを決意したかのように頷くと、背中につけていた赤いマントを翻しながらわざとらしいくらいの大声でそんな説明をしてあっという間に姿を消し、唖然としながらタンペットとルリジオと目を合わせた瞬間、俺の眼の前に見知った景色が飛び込んできた。


「これで……終わり……か」


 ルリジオの館の一室で目を覚まして、少し痛む頭を抑える。

 慌てたような足音が聞こえたので目線を扉の方へ向けると、タンペットが俺の方へ向かって駆け込んできた。


「アビスモ!よかった……よかった……ごめんなさい」


 俺に抱きついてきたタンペットの肩越しに、ゆっくりと歩いて部屋に入ってきたルリジオが目に入る。


「さすがの僕も焦ったよ。

 おかえり、アビスモ」


「大体予想は着くが……まぁ、まずはどうしてああなったのか話してもらおうか」


 ニッコリと笑ったルリジオと、目に涙を浮かべながらも気まずそうな顔をしたタンペットに向かって俺は眉間にシワを寄せたまま頷いた。

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