外伝5話 異界からの英雄

「ふざけるな」


 男が頭に伸ばしてきた手を平手で叩いて振り払うと、男は愉快そうに笑った。


「お転婆な性格の女の子は好みじゃないから、記憶を洗い流してゆっくりと僕好みの性格を入れてあげようと思ったんだけどなぁ」


 残念だ……とでも言いたげに顔を伏せてゆっくりと頭を左右に振りながら、俺の方をみた男は、相変わらず笑顔だったが、彼からは悍ましい程の殺気をはらんでいるように感じて思わず身を竦めた。


「中身を壊すと入れ物も壊れてしまう可能性が高くなる。

 美しい少女に乱暴な真似は極力したくなかったのだが仕方ない……」


 そう言って再び手をかざしてくる男の手を魔法で爆破でもさせようとした……がおかしなことに俺の手にも杖にも魔力が集まる気配はない。

 唖然としている間にタンペットに抱きかかえられて後退をした俺のいた場所は、男が黄金の剣がブンという凄まじい音を立てて通り過ぎた。


「クソ……魔法が」


「すまないアビスモ……。貴方の魔力はあそこに……」


 舌打ちをした俺を抱えて風で舞い上がりながらタンペットが視線を向けた先、ルリジオと男が剣を交えている後ろには見覚えのある黒くて美しい宝玉がある。

 どうやら宝玉は強固な結界で守られているらしく、これみよがしに設置された魔法が巡らされているであろう赤く細い光線からバチバチと火花が散っているのが見える。


「それにしても……なんで俺の魔力があんなところに?記憶は戻ったがこの体になった経緯が思い出せん……」


 タンペットに回避を任せているのをいいことにじっくり考えようとした時、男が放った剣撃の風圧の刃が俺の頬をかすめ、俺とタンペットの髪の毛を数束持っていく。


「そもそも、あいつはなんなんだ……。

 ルリジオと撃ち合って互角なんて只者じゃないだろ」


「はははは!アビー!私に興味を持ってくれたのかい?

 私の名はテーセウス!クレタの悪しき怪物を滅ぼした英雄さ!

 今からでも私の妻になるというのなら友達は生かして帰してやってもいいのだよ?

 君の精神に働きかけて作った世界は心地よかっただろう?」


「お断りだ!」


 バカでかい声に対して、あっかんべーをしながらそう返すとテーセウスと名乗った男は邪悪な笑みを浮かべながら、弾き返されてもめげずに向かってこようとしているルリジオの方へと向き直った。


「ふふふ……それは残念だ。

 この金髪君と銀色の美女が切り刻まれてから君の中身をしっかり作り直すとしよう」


 ルリジオが放つ渾身の一撃を悠々と黄金の剣で受け、テーセウスは楽しそうに笑う。

 魔法が使えない俺は、タンペットに抱えられることしか出来ない。

 二人の剣撃をタンペットが器用に掻い潜っている間、俺にも出来ることはないかと必死に考える。


 テーセウスは、英雄と自称するだけあって、さすがのルリジオも珍しく押されているように見える。

 そもそもルリジオが寝言のような冗談や無駄口を言わないのは相当珍しい。というか多分今まで見たことがない。

 巨乳ではない相手に手を抜くような男でもないはずだ。

 どんな怪物も人薙ぎで切り伏せてきた無敵の英雄が……追い詰められている?

 ルリジオをよく見ると、いつもの微笑みが消え失せ、必死な顔でテーセウスの一撃一撃を受け止めている。

 結構やばいなコレ……クソ……ルリジオに巨乳みたいなわかりやすい弱点がこいつにあればいいんだが……。


「君の記憶の一部は見ることが出来たんだが、中々愉快な人生を歩んでいたみたいじゃないか……。

 心の深いところにある淀み……美しかった……。どうだ?私が家族になってやるぞ?」


「黙れ。もう間に合ってる」


 ルリジオに攻撃しながらも、余裕を示すかのように剣から放たれる斬撃や光を避けて飛び回っている俺達の方を見てテーセウスは口元を歪めた。

 頭痛がする。クソ。嫌なことを思い出させる。


「ああ……今の君の友人たちには知られたくないことなのかな?失敬失敬。

 今の世界の美しい姿になる前の君は……そうだね、友人たちが知ったら幻滅するかもしれないものなぁ……おっと!金髪君怒ったのかい?美しい友情ってやつだねぇ」


 ルリジオが乱暴にテーセウスの剣を跳ね除けて一歩踏み込むも、あと一歩のところで身を躱されて光る剣が空を切る。

 俺を支えているタンペットの手に力が入るのも感じる。

 思考が乱される。捨てたはずの過去に思考が乱される。

 今は過去のことなんて気にするな……。

 聞き覚えのあるアイツの名前を思い出せ……きっと俺の前にいた世界で有名な英雄のはずだ。

 なにか弱点があるはず……きっと……考えろ……。


「はははは!なかなか楽しませてくれる……。

 迷宮にいた化物を倒した時以上の手応えだ」


 ……それだ!

 タイミングよく自分でヒントを漏らしてくれた。かつて葬ってきた自称英雄や勇者共もそうだったが、こういうやつは少しでも有利になると自分の武勲をべらべらと話してくれるので助かる。


「タンペット、いいことを思いついた。

 ルリジオを捕まえて目くらましをしてくれ。一瞬でいい」


 無言で頷いたタンペットは、急降下していくと剣を撃ち合う二人に突風を放ち、二人がよろけている間にうまくルリジオを遠くへ蹴飛ばした。

 ルリジオがバランスを崩して後退したタイミングで閃光魔法を放ち、俺はめいいっぱいの魔力を使って紫色の煙だけをモワモワと出す。

 あんなお遊びくらいしか出来ない魔法でもこんなことに使えるとはな……と少し驚きながらも、一瞬のこのチャンスでなんとかルリジオに耳打ちをして俺の作戦を伝えた。


「別れの挨拶でもすませたのか?」


 煙幕はテーセウスの黄金の剣を振った時に出た小さな竜巻のような風ですぐに吹き飛ばされた。

 ルリジオとタンペットが俺を守るように前に立ちはだかる。

 一言しか伝えられていないが、きっとルリジオになら伝わっているはずだ……と緊張しながら彼を見つめる。


「アビーから貴方がどんな方か聞かされました。

 さすがに異界の英雄相手に戦うとなれば僕も無事では済まない。降参します」


 ルリジオは、ジリジリとにじり寄って来るテーセウスを見て、剣を足元に放って両手を上に上げると、諦めたような表情を浮かべながらそういった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る