33話 おっぱい狂いな無敵の英雄

「絶対に嫌だ」


「大丈夫だ。妾特性エルフの秘薬試作品第三号……次こそは体も痛まないはずだ。今度こそアビスモを素晴らしい平原の如き胸を持つ素敵な少女に……」


「タンペットの頼みを聞くのが嫌なら提案があるんだ。大丈夫心配ない。痛みはないはずなんだ。アソオスとモハーナ……それにダヌも手伝ってくれた特性魔法符で」


「巨乳になるのはもっと嫌だ……」


「さぁみなさん、我妻手作りの三日月ケイクを手土産に持ってきましたぞ」


 タンペットとルリジオによってアビスモがジリジリと壁際に追い詰められている中、片手には皿に盛られた三日月を模した形の焼き菓子を乗せて鼻歌を歌いながら重い扉を開きながら入ってきたバエルは、部屋の中の様子を見て微笑んだ。


「それにしても、お前が無事でよかった」


 争いをやめ、テーブルについた四人は焼き菓子をつまみ、ティーカップに口を付けながら先日のタラニスを封印した時のことを話し始める。


「いえいえ、アビスモ殿こそ腕が再生して何よりです……。最初目にした時はどうしたものかと思いました。それこそ異界へアクセスして義手の手配をしようと思ったほどで……」


「やはり、ルリジオみたいにすぐに欠損した部位がヌルヌル生えてくるなんて異様だからな……。女神たちとタンペットの魔法で新しい腕が全部生えるまで七日はかかった……しかも痛いというかむず痒いというかなんというか最悪だった」


 思い出したくもないといった様子で眉間に皺を寄せながらゆっくりと頭を左右に振るアビスモの肩をポンポンと優しく叩いたタンペットは、顎に手を当ててうんうんと頷く。


「アビスモは、魔法への耐性が高い上に魔の性質が強いから、癒しの魔法は効果が出にくいというのは盲点だった」


「切られたのが腕一本でまだよかったよね。意識が戻ったあと、遊び半分でアビスモに攻撃しなくてよかったよ」


「さらっと怖いこと言ってるけど、マジでお前が言うと冗談に聞こえないからな……」


 相変わらずの美しい微笑みを浮かべながらそういうルリジオに、わざとらしく両肩を抱えて身震いするアビスモと、その様子に声をあげて笑うタンペットをバエルはまるで子供たちでも見る父親のような優しい表情で見つめていると、騒々しい足音が扉の外に響いてきた。

 部屋の外で見張りをしている少女の声と、走ってきたであろう人物のやりとりがかすかに聞こえたかと思うと、「よし」との声とともに重々しい扉が開かれ、身なりの良い男が一人部屋の中へ入ってきた。

 どうやら城からの使者らしいその男は、部屋に入るなり片膝を付いてひざまずくと、仰々しく巻物を掲げた。

 ゆっくりと歩いてそれを取ったアビスモは、巻物に目を通してルリジオの方を見る。


「どうやら東の山間部で凶悪な魔物が目撃されたようだ。調査と討伐を……とのことなのだが、ルリジオに頼んでもいいか?」


「……んー。君からの頼みなら引き受けるのも吝かではないのだけれど……。僕に依頼を回すってことはなにか面倒な魔物なのかい?」


 巻物を広げたまま自分の方へ視線を投げかけてくるタンペットにルリジオは腕組みをして少し気怠げな声を出す。


「人語を介する雌型の魔物らしいので、妾よりはお前が適任だろう。アビスモも行くか?」


「なるほど。雌型の魔物……そうだねいい出会いになるかもしれないねありがとうタンペット」


「まぁ、腕のリハビリににはちょうどいいかもな。……その魔物を倒すことになればだけど」


 さっきの気怠げな様子から一転、目を輝かせながらハキハキと了解するルリジオと、気乗りしなそうな返事をするアビスモを見てタンペットは満足そうに頷くと、目の前で跪いている男へと視線を戻した。


「というわけだ。王にはルリジオと我が従者、アビスモが調査へ向かったと伝えておいてくれ」


 王からの使いの男は「ハッ」と短い返事をして頭を深く下げると、キレイに回れ右をして帰っていく。

 それを見送ると、カップに残っていた紅茶を飲み干したアビスモとルリジオは伸びをしてゆっくりと立ち上がり窓の外を見た。


「さっさと済ませるか」


 そう言ってバルコニーへと向かったアビスモが指笛を吹くと、黒い六本足の馬たちが引く馬車がすぐにやってきた。

  二人が乗り込んだ馬車は空を駆けて、あっという間に巻物に記してあった東の山間部へと辿り着く。

 山の麓の森を切り開いて作られた村の前に馬車を止めて二人が降りると、村人たちが怯えたように二人のことを見つめている。

 村人の様子に一瞬驚いた表情を浮かべたルリジオに、アビスモは魔物の影に怯えている上に異形の馬が引く漆黒の馬車が急に村の前に止まったら不安にもなるだろうと伝えると、ルリジオはなるほどと手を打って感心したような表情を浮かべた。


「王都からの使いのものです。風の魔導師タンペットの従者アビスモと申します。この度は魔物が出たということで王の命でこちらに急いで参りました。驚かせてしまって誠に申し訳ない」


 馬車から下りたアビスもは、門の前まで武器を持って警戒しながら近付いてきた村人に対して丁寧な口調でいうと、美しく礼をした。

 しかし、紫の長い髪、青白く見えるほどの白い肌という出で立ちのせいか村人たちは武器は下ろしたもののまだ様子をうかがっているようにジリジリとしか近付いてこない。

 アビスモが貼り付けたような笑顔を浮かべて村人の方を見ていると、彼らはアビスモの後ろを見て「ほう」というため息を漏らし、驚いた顔を浮かべはじめた。

 何事かと思ったアビスモも村人につられて後ろを振り向く。


「今回この者と共に魔物の調査をするルリジオだ。よろしく頼むよ」


 金髪碧眼の絵に描いたような青年が光り輝く剣と共に馬車から下りてくるというのは村人してはかなり安心するらしく、自分が挨拶したときとはあまりにも違う様子にアビスモは少々不服に思いながらも、警戒が解けた村人に案内されて村長のところまで案内されていく。


「黒い長い髪……そして八本の腕……なるほど。わかりました。早速私達が様子をうかがいに向かいましょう」


 村長から話を聞いたルリジオがそういうと案内の者が用意され、あっという間に山間部へ行く手はずが整った。

 自分が単独で魔物の調査をするときと違って、様々なことがあまりにも簡単に行き過ぎることにアビスモは驚きながらも黙って彼らの後についていく。


「なぁルリジオ、いつもこうなのか?」


「なにがだい?」


「村の奴らが親切すぎる。俺はなんなら罠だとか村人が俺達をハメるために親切なふりをしてるとすら思っている」


 魔物が出たという場所の近辺まで向かう途中、アビスモはルリジオの耳元で、周りを警戒しながらそう囁いた。

 ルリジオはそれに驚いた顔をした後、お腹を抱える勢いで笑い始めると、目に少し浮かんだ涙を指先で拭いながらアビスモの肩を叩く。


「やだなぁアビスモ。何の冗談だい?どこの村でも街でも大体のニンゲンは親切じゃないか」


 すごく不満そうな顔を浮かべたアビスモがルリジオに何か言おうと口を開いた瞬間、案内役の村人が大声を上げたのが聞こえ、二人は村人の前後を挟むように位置取り、武器を構える。

 ガサガサという音が、三人の周りをグルリと回っている。それは猛獣などが獲物を見つけて舌なめずりをしながら隙を伺っているような動きに思えた。


 しばらく周囲をぐるぐると回っていた音は静かになり、村人が安堵の息を漏らし、二人に対して「気の」まで言った瞬間、視線をそらしたルリジオの正面から真っ黒い影が奇妙な蛙を潰したような鳴き声と共に現れた。


 村人が悲鳴をあげながらその場にへたり込んでアビスモに背中を受け止められる中、ルリジオは目の前に現れた黒髪を振り乱して襲いかかろうとしてきた魔物の頭を片手で抑えている。

 魔物はまさか動きが止められるとは思っていなかったのか慌てた様子でルリジオの手を振りほどき、二足歩行で立ちながら背中から生えているらしい六本の腕を蠢かしながらこちらの様子を窺っているように見える。


 頭部から生えている黒髪は長すぎて顔はおろか魔物の姿は髪の毛のおばけみたいな様相になっているお蔭で、二足歩行だということと、見えているヒトと造形が非常に近い八本ある腕の部分から辛うじてヒト型の魔物だということがわかる。


「わたし……きれい?」


 最初のおぞましい奇声とは打って変わって今度は魔物の方からか細い声が聞こえ、村人は自分の体を支えてくれているアビスモに泣き出しそうな顔をしながらしがみつく。

 ルリジオはというと、一瞬首をかしげた後、無防備に魔物の目の前に歩いていくと、なんの躊躇もなく魔物の前面を覆っていた黒く長い髪をかきあげた。

 髪の毛が前面部から避けられた魔物の、青みがかった灰色の肌の顔の左右の端っこについているつぶらで小さな蛇のような瞳と、潰れた鼻をしており、口は耳元まで大きく裂けている恐ろしい見た目に村人は声をあげ、アビスモも一瞬息を呑むが、ルリジオは微笑みを浮かべたまま彼女の纏っているズタボロの鞣した獣の革を整えてあげながら「最高に美しいよ。まるで美の女神のようだ」とうっとりとした声で囁くように呟いた。


「ほ……ほんとうに?」


 村人が本気で驚いた目で、魔物がつぶらな目でルリジオのことを見ながら全く同じ言葉を言うと、ルリジオはほほ笑みを浮かべながら彼女の片膝を付いて跪き、前にある二本の腕のうち右側の手の甲に口付けを落として再び魔物の方を見つめる。


「少し湿り気のある青みがかった灰色の肌は上質な粘土の様で、この愛らしい手ですらも触るとひんやりとしてペタペタと吸い付くような独特の手触りをしていることを考えると、きっと貴女のその豊満な乳房の周り……とくにその美しい谷間の部分は最高の手触りに違いない……。太陽の光を反射せずに吸い込むようなこの影と光の調和……そしてこの乳房の下に落ちる影と光のあたっている部分の陰影はまさに芸術と言っても過言ではない……ああ……まだ僕はこんな素晴らしい女性おっぱいに出会っていなかったのか……。よろしければ美しい貴女をわが妻に迎えたい……」


「わたし……きれい?」


「何度でもいいます。貴女は美しい」


 ルリジオがその場で指笛を吹くと、どこからともなく蹄の音が近付いてきた。

 目の前にやってきた純白の馬が引いた馬車に六本腕の口裂け女と共にルリジオは乗り込む。


「え?あの……いいんですか?魔物……その……え?なにか作戦で?ルリジオ様?その魔物を本当に妻にするおつもりではないですよね?」


「巨乳だぞ!?妻にするに決まってるだろう。じゃあ、後はよろしく。いいねひとりじゃないとこうして後を任せることが出来る」


 動揺している村人に真顔でそういったあと、ルリジオはキラキラと星でも飛び出してきそうな満面の笑みをしてアビスモに手を振りながら颯爽と馬車で走り去っていった。

 残された村人がなにかにすがるような目で自分を見ていることに気がついたアビスモはただ黙って頷きながら村人の肩を叩くと、来た道を戻るためにくるっと背を向けて歩き出す。


「あの……金髪の英雄殿はいつもあのような感じなので?」


「アレはマシな方だ。あいつは顔面の造形や性格関係なく、巨乳のためなら命すら捨てられる……」


「お……おっぱい狂いだ……」


 自分の隣をとぼとぼと歩きながら、思わずそう呟いた村人にアビスモはこう付け加えた。


「あれでも世界の破壊を食い止めた英雄なんだ……あいつはおっぱい狂いな無敵の英雄だよ……」

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