7話 三つ頭の将軍
「お父様、この人がルリジオ。私を妻の一人に迎えたいって言ってくれたの」
「……」
「ルリジオ・ヤークトフントと申します。アソオス様とクセロの村で出会ったときに一目ぼれしましてお声掛けさせていただいた所、義父様の許可さえいただければ妻の一人として我が館に来てくださると言われまして…。
巨大な、薄暗い広間の中で、座ったままの姿でもルリジオの背丈の5人分はありそうな頭が三つある大男が厳めしい漆黒の鎧で身を固めて押し黙る。
真ん中の威厳のありそうな顎髭を蓄えた壮年の男性の眉間には皺が寄り、向かって右のヒキガエルの頭は目をぱちくりとさせている。反対側の黒猫の頭はというと、興味な下げにあたりを見回すと欠伸まで始めた。
歓迎とまではいかないようだが、どうやら臨戦態勢にはないらしい…とルリジオは、バエル将軍の傍らに置かれた神殿の柱のような大きさの剣を見て少し緊張した面持ちを崩した。
「その……だ……」
まるで地響きのように低く響くしわがれた声と、そよ風のような吐息がルリジオのさらさらとした金色の髪を揺らす。
バエルは、少し前のめりになり、鋭い眼光で、まるで品定めでもするようにルリジオの全身をさっと見ると、相変わらず地鳴りのように低く響く声で話を続ける。
「我らが悪魔であり、しかも魔王アビスモ様に使える将軍の娘と知ってそれを言っているのかね?」
「もちろんです」
「お父様、ルリジオはね、私がクセロの村人や聖職者を誑かして皆殺しにしようとしてるところにたまたま立ち寄ってね、私が悪魔だっていうことを見抜いたのよ!それで村中の人が私を殺せ!火あぶりにしろ!って騒ぎ始めたときに庇ってくれたの」
「お前が魅惑の魔法でも使ったんじゃないのか……」
娘であるアソオスがそう口をはさむと、さっきまでずっと眉間に皺を寄せていたバエルの表情に戸惑いのようなものが浮かんだ。
そして、さっきまでの試すような口ぶりと重々しい声とは違って、本当に心からの疑問が口から出てしまったというような口調でバエルはそう言った。
「ううん。ルリジオったら全然魅惑の魔法が効かないの。それどころか、妻となる前の高貴な女性の貞操を守らないわけにはいかないって体の関係も結んでくれないんだから」
バエルの隣におとなしく座っていたアソオスは、バエルの千年生きた巨木のように太い腕に抱き着いてすねた少女がするように頬を膨らませる。
「淫乱であることこそ誉れ高い悪魔の娘相手に……何故そのような行為をするのか到底理解が出来ぬ。我が娘に性的な魅力がないということか?」
「そちら側ではどうかわからないのですが、
ルリジオは、バエルの問いに背筋を伸ばし真っすぐな瞳でそう答える。
それを聞いて頭を抱えるバエルと、それを見て声を上げて笑うアソオスといった薄暗い巨大な広間での光景としては似つかわしくないその様子に、入り口に待機しているバエルの私兵も戸惑いを隠せないのかチラチラとこちらを確認してはこそこそとなにか話している。
「……魅惑の魔法もなし、聖職者を誑かして村を壊滅させて遊ぶ淫虐な性格、魔王直属の部下の娘…どこをとっても到底ヒトの子の妻には不向きであるわが娘をそこまでして妻にほしいとはいったい……」
「でも巨乳ですよ!?このまさに今日食べごろだと言わんばかりの瑞々しい葡萄のような張り、そして胸の外周を計れば身長と同じかそれ以上という規格外のこの大きさ……なにより、これだけの質量を持ちながらも職人が作ったどんな鐘よりも美しい釣鐘型のこの形……こんな素晴らしい女性……この機を逃せばもう出会えない…とそう思いまして!」
「……この整った目鼻立ちでもなく、私と毒の女神の子だからこそ成し得る膨大な魔力でもなく、魔王直属の部下……66の悪魔の軍団を率いる男の義理の息子になれるという権力でもなく、胸の……大きさ……で……」
「そうなの。ルリジオったら村中の人にも全く同じことを言うものだから、村中の人も唖然としちゃってすごく面白かったわ」
捲し立てるような速さで話すルリジオに、少し気圧されたのかバエルは巨体を少しのけ反らせた。
それを見て笑うアソオスを尻目に、胸の前で組んだ手に額を押し付けて深い溜息を吐き、ルリジオの髪とアソオスの髪がその吐息で揺れる。
その溜息が、何を意味する者かわらかないため、さすがのルリジオも緊張した面持ちに戻るとなにがあってもいいように、いつでも自分の剣を持てるようにと腕へ意識を向ける。
「そうか……そうか。気に入った。君のことを実に気に入ったぞ。アソオスも君を気に入ってることだ。是非妻に迎えてほしい。吾輩からも頼む」
「……ありがとうございます」
「キャー!お父様ったら!きっとそういってくれると思ってたー」
ルリジオの心配をよそに、顔を上げたバエルは、眉尻を下げ、満面の笑みを浮かべていた。
それどころか、目じりにうっすら涙すら浮かべている。
「権力でもなく、惑わされたのでもなく、自分の信念で我が娘に求婚する胆力のある若者に出会えるとは思いもしなかった!婚姻のしるしに吾輩から義理の息子にこのマントを授けよう」
巨体をゆすって大笑いをしたバエルが、家臣から取ってこさせたのは、年季を感じさせるけれどボロボロというわけではなく、色味や艶が落ち着いて味わい深さが出ている深緑色のマントだった。
「このマントを纏えば、たちまち姿も気配も消える魔法の品だ。君に使う機会はないかもしれないが、ほんの気持ちだ。娘と同様大切にしてくれたまえ」
最初とは打って変わって、悪魔とは思えない人の好さそうなおじさんのような笑顔を浮かべるとバエルはルリジオの肩を叩いた。
「アビスモ様も神もヒトの王も関係なく、我らバエル一族とその兵はそなたと敵対行為はしないように伝えておこう。困ったことがあったらいつでも娘と君のために力を貸すぞ」
帰り際、真っ黒な6本足の羽根の生えた馬と竜の合いの子のようなものに引かれた漆黒の鉄の馬車に乗ろうとしたルリジオとアソオスは、そう言ってバエルに送り出される。
馬車の中で、アソオスが肩に頭を乗せてきたのに気が付いたルリジオは、彼女の
手を固く握ると、薄く形の良い唇にそっと口付けをする。
「あなたみたいな、私の美貌にも魔力にも靡かないおかしな人間と出会えると思わなかったわ。これからしばらくよろしくねルリジオ」
「僕も、君ほどの質量と張りと程よい柔らかさを持った胸と出会えてよかったよ…。体の比率から考えると、君の胸は本当に誰よりも大きいかもしれない。美しい美の女神ならぬ美しい悪魔……」
二人を乗せた漆黒の馬車は、暗雲に覆われた一帯を風よりも速く駆け抜け、神の胸と呼ばれている岩山の谷間にある館へと向かっていった。
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