第3話
案内されたのは、駅構内の一角だった。
ホームレスのたまり場になっているらしく、饐えたニオイが鼻をついた。黒ずんだダンボールが端々に置かれている。住人の姿は見当たらなかった。
「久志」
一刻も早くここから出たい。聖二は大きな声で呼びかけるが、返答はなかった。
「久志」
依然として返答はない。気絶しているのだろうか ?
大柄はキョロキョロと辺りを見渡し、まごついている。嘘をついているようには見えなかった。
聖二は歩を進める。靴の裏がべとべとする。一歩踏み出す度に滑るような感覚が増していく。
靴の片方を脱ぎ、裏側を確認する。
赤いガムのような物体が、溝にこびりついていた。
下を見る。滑りの正体が、まんべんなく床を濡らしていた。
血だ。
「……久志」
声がしぼみ、掠れた。
その時、初めてダンボールから何かが覗いているのに気付いた。
見覚えのあるスニーカー。
久志のものだ。
聖二はダンボールをどかした。
中にあるものが目に入る。だが、それを光景として受け入れることができなかった。
ひとつひとつの物体に、ゆっくりとピントを当てていく。
久志は顔を埋め、なにかを貪り喰っていた。血がとどめなく溢れ、弾けて飛び、聖二の服を染めていく。
久志の下敷きになっているのは、髭が長く伸びた中年の男だった。ダンボールに住んでいるホームレスだろう。彼はかっと目を見開き、口を大きく開いている。今にも断末魔の悲鳴をあげそうだった。
腹は裂かれ、久志の頭がすっぽりとはまっている。
「久志……何してるんだよ、お前」
唇が痙攣し、半笑いの形になる。喪心した聖二は、まだ目の前の光景を受け入れられなかった。
あとからやって来た大柄が腰を抜かし、えずく。そのまま嘔吐した。
頭に来た聖二は、大柄を引っ張って立たせ、胸ぐらを掴んだ。
「なにをしたんだ……久志になにをした !」
大柄は魚のように口を動かしながら首を横に振る。
聖二も分かっていた。久志がおかしくなったのは、彼らのせいではない。分かってはいても、大柄に当たらずにはいられなかった。
突然、何かがぶつかってくる。
目を見開いた若い女性だった。
「逃げて」
聖二の肩を掴み、女性が言った。修羅の様な、鬼気迫る表情が異常を伝えていた。
その声に反応して、久志が顔を上げる。人間の感情の全てが無に帰したようなおぞましい表情に、田中久志の面影はなかった。
向こう側から、何かが手足を地面につけ、四つん這いでこちらにやって来た。長い髪を見るに女らしかった。
「来た」
女性が呻くようにして呟く。
久志だったものが、後ろ向きのままいざるようにしてこちらに来る。
前後の退路を断たれた。
それを悟った時、聖二は初めて自分の生命が脅かされていることを自覚した。
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