3-12
聞き慣れた声がした。そちらへ振り返ると、バイト仲間の
「あ、山谷くんも来てたんだ」
「俺は毎年来てますよ。晩飯を食いながら歩くのは、一人でも結構楽しいんですよ?」
相変わらずニコニコと明るい笑顔だ。
「今日は浴衣なんですね。うんうん、似合ってますよ~」
雨がさっきよりも弱まってきただろうか。それでもまだ、大粒の雨は地面を叩き続けている。
「水沢さんも一人ですか?
「あ、うん、今日は
「そうなんですね。あ、焼きそばいります?」
そう言って、彼は雷鳴などは物ともせずに、鞄の中を
え、今? ここで?
「ああ、いいよいいよ。山谷くんが食べて」
「そうですか?
そう言うと、彼は鞄を探るのをやめて手を出す。ほんのりとソースと海苔の香りが、こちらまで漂ってきた。
「山谷くんって、よく食べるのに細いよね」
「走るの好きですからね。自転車にはあまり乗らないです」
少しずつ雷鳴の回数が減っていく。雨も先程よりも
「あ、水沢さんの髪に、小さい虫が留まってますよ。取りますね? 動かないで下さい」
山谷くんの手が、顔と共に私の右耳の後ろへ近付く。
「螢ちゃん……?」
あ――
その声に鼓動が大きく反応した。
私は視線を正面へ向ける。
山谷くんもそちらを振り向いた。
「わお! イっケメーン! 水沢さんの知り合いですか?」
居た――。
「佳くん」
笑おうと頭が思うよりも早く、私はすでに満面の笑みを浮かべていた。
佳くんは少しだけ息が上がっている。走ってきたのだろうか。
「あ、俺、邪魔っぽいですよね。あ、水沢さんの髪に小さい虫が留まってるんで、イケメンさんお願いします。じゃあ、またバイトで!」
そう言って、彼は変わらず明るい笑顔で、いつものように去っていった。
「バイト? バイトの人?」
「そう、バイトの子。たまたま会ったから立ち話してたの」
私は佳くんに虫を見せるようにしながらそう返した。
「はい、もう大丈夫だよ」
「ありがとう。あと、遅刻してごめんなさい。俊太の所へ寄ってから向かったら、思いの
「そうだったんだね。僕も、待ち合わせ場所から離れてごめんね。祖母から電話があって、静かな場所を探して歩き出してしまったんだ。すぐに戻ろうとしたのだけれど、雨が降ってきてしまって、大勢の人の流れに逆らえなかったんだ」
「そっか。でも、逢えてよかった」
「そうだね」
気が付くと、雨はもう
「少し人気のない所へ行こう。ゆっくり話したいんだ」
「私も、話したい」
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