2-14

 私は教師になつくようなタイプの生徒ではなかった。

 でも、何故だか富田先生だけは違ったのだ。何というか、生徒の気持ちに自分の心を近づけて接してくれるというか、とても親身になって話を聞いてくれる先生だった。

 私が人生で初めて心を許した教師なのだ。

「まだ悩んでるのか?」

 私は無言のまま、ゆっくりと富田先生の隣に腰を下ろした。

「……まだ、というか、復活してしまったというか……」

 私は、佳くんと出会ってから今までの事を話した。

「なるほどな。刺激されちまったのか」

「私は、どうしたらいいんでしょうか。おとなしく親に従っている事が、なんだか間違っているような気がしてきて……」

 先生は腕を組んで、少しだけ目を瞑った。

「俺な、去年、子供が生まれたんだよ」

「あ、そうなんですか。おめでとうございます」

「あ、うん、ありがとう」

 先生は視線を、真っ青な空へ向けて話し出した。

「俺は、本気で夢を思うお前の気持ちは良く分かるよ。でも、今は親が子供を思う気持ちも分かるんだよな」

 先生は空を見つめたまま続ける。

「子供には苦労させたくない。安定した未来を生きてほしいと願わずにはいられない。だから、親心を押し付けちまうんだろうな。子供の考えは甘くて心許こころもとないから、苦労する道へは行かせないように、親である自分が、安定した道を指し示してやらないと、ってな。でも、子供側からしたら冗談じゃないよな」

 先生は苦笑しながら私を見た。

「親とは生まれた時から一緒に過ごして、子供はその存在を頼って生きていく。頼らないと生きていけないからな。だから、最初は親の言うことが全てだと思い込んで育つ。でも、親だってただの人間なんだよな。間違ったことだって言うんだよ。それに気づいて自分の意志で動き出そうと思えたなら、それも間違いじゃないんだと思えたなら、思い切って動いてみればいい。巣立ちの時ってやつだ」

 私はじっと先生の話に耳を傾けていた。

「自分がやりたいと思った事だったら、きっと辛くても頑張れるんだよな。やりたくない所へ進んで安定を手に入れても、小さな困難に耐えられなくて辞めちまうんだ」

 やっぱり自分が望まない道なんて歩きたくなかった――。

「……っ」

 瞳の奥が熱い。やっぱり富田先生は〝近く〟に来てくれる。

「水沢、今から言うことは俺の個人的な意見だ。教師としてじゃなくて、俺個人の意見な。もう担任じゃないし、いいだろ」

 先生は一呼吸おくと、今度は私に向き直った。

「俺はお前を応援するよ。夢を掴みたいなら、自分が動かなきゃ駄目だ。叶えたいのはお前なんだからな。誰かが自分のために手助けしてくれないかな、なんて思ってたんじゃ、あっという間に時間が過ぎていっちまう。勿体もったいないよな?」

「はい……」

 私は小さく頷いた。

「夢を強く思うなら、誰に何を言われても諦めるな。諦めちまったら、ぜーんぶ終わりだよ。もう絶対に、確実に叶わない」

 そうだ、諦めたら終わりなんだ。私は、〝自分で〟終わりにしていたんだ。

 先生が私の肩を優しく叩く。

「苦労しても頑張れると思うなら、進みたいと願うなら、闘え。家族とも、自分とも」

 力強い言葉に、私は涙を拭って先生に笑いかけた。

「先生、私、頑張れそうな気がしてきました。ありがとうございました」

「まだ若いんだから、焦ることはないぞ。大丈夫だ。じゃあ、俺、飯いくからな。頑張れよ」

 よいしょ、と富田先生は立ち上がると、腹減ったな~と言いながら自校の元へ戻っていった。

 私はまだ、大丈夫だ。

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