第2話 見栄っ張りな二人

 雲が幾重にも重なっている魔王国は、王国にとっては文字通り常夜。王国側とは平和条約を結んだとはいえ、こちらは敗戦国。その事実は、街のネオンが疎らになっているのを見ればわかる。その少し寂しい魔物の巣窟を、二人は肩を並べて歩いている。

右側、ダークレッドのタイを絞めたカイゼル髭の男。蜘蛛の巣模様が浮き出るパープルのスーツ。その上から羽織ったブラックのジャケット。十本ある指全てに指輪をはめていて、たいそう目に悪い。口を引き締めれば印象は違うだろうが、傷痕だらけの顔にはだらしなく笑みが浮かんでいる。

「これは我輩のアイディアだが、この辺りに娯楽施設を建てようじゃないか。とびっきりエキサイティングで、スリリングで、グレーな。人々は活気にあふれ、景気は回復するぞ、Mr.ジャック・クラウン」

 左側は、黒いシルクハットをかぶった男。服装だけ言えば、ジャケットにスーツに蝶ネクタイと至って平凡。しかし全体的に赤と黒の模様に塗れ、さらに二つの色の境界線はゴールドのライン。ジャケットは左右で色が違うし、ズボンはチェック柄、まるで道化師。手にしたステッキや顔の上半分を隠したマスクにも目をやれば、ステージに立っても違和感はないだろう。

「んーわたくし、あなたのそういう懲りない所、大好きですけどねぇ。ヘンリーさん、あなたいつか死にますよ? 怒れる勇者様の手にした光輝く黄金の剣で心臓を一突き、嗚呼怖い」

 勝手に始まったジャック劇場をよそに、ヘンリーはカイゼル髭を引っ張って、歯を食いしばる。先日うけた火傷の痛みが疼いた。

「そこそこ、そこよねぇ! あの坊やがウザいっちゅーねん!」

「いえ、あの子だけなら頑張れば、ねえ? しかし、まとわりついてる連中もまぁ~厄介、ですから」

「奴らの傷を瞬く間に治してしまう僧侶、我輩の可愛い部下や渾身の兵器を木っ端微塵に吹き飛ばした戦士、それよりなにより我輩を自慢の髭もろとも焼け野原にしやがった、あの魔法使い!」

 ヘンリーと共に腕を組み、延々と首を上下させていたジャックが、その首を傾げた。

「焼け野原? じゃあその髭は」

「これね、付け髭」

「あら、よくできてらっしゃる」

「材質が良いんだよ、触ってみろ、良い毛並みだろ」

「あ、まるで本物ですねえ。でもその分、コッチの方が?」

「するのよねぇ~これが。まぁ~お高い。ほら、このスーツと同じくらい」

「え、そんなするんですかその髭」

「十二万」

「うっわ」

二人の耳にもピアスが光っている。ヘンリーは六魔将の三番手である他に魔王国の金庫番、そしてジャックは六人の筆頭でもある実力者。財務大臣ヘンリーと、官房長官のジャック、と聞けば魔王国民は二人の悪人面を鮮明に浮かべることができるだろう。

「オーダーメイドだからな、でもほれ、違和感はないし、多少なら引っ張っても取れることはない。大したものだろう」

「ええ、まあそうですけど、よく奥様がお許しになりましたね」

 ヘンリーの顔色が変わった。辺りを気にしながら弱弱しくジャックの肩を叩いて、いよいよ明かりのないさびれた路地裏へと誘導する。金色夜叉ヘンリーが恐れるのは、主君と妻だけ。

「まあその、なに? かみさんの中ではさ、我輩って負けてないことになってるのよね。いや、まあ、我輩の戦いっぷり、貴君はよく知ってると思ってるけども」

 勇者一行が城へ乗り込んだ際、真っ先に飛び出したのはホネツグだった。その間、他の六魔将はまだ動こうとしない。勇者を侮っていたからだ。魔王国の歴史において、城に侵入者がやってくることなどざらにあった、とあって各々気にもしていなかった。その間ヘンリーとジャックは、オセロで遊んでいた。しばらくしてホネツグがやられたと報告が来ると、じゃんけんで負けた黄泉を向かわせた。しかしその後、黄泉がやられ魔子がやられ、流石に悠長に遊んでもいられなくなると、ヘンリーは真っ先に部屋を飛び出した。戦いに向かったのではない。自身が国家予算の二割をつぎ込んで完成させた操縦型ロボに乗り込み、楽に勇者たちを倒せるまで待つことにしたのだ。その間に勇者一行は二番手ヴィラの部屋を通過し、六魔将最後の一人、ジャックを破竹の勢いで蹴散らした。そして、勇者が魔王のもとへ向かおうとした、その時、城の地下を突き破って、彼は勇者たちの前に姿を現した。

「ゲヒヒヒヒ、そうおめおめと魔王様のもとへは行かせんぞ? 貴様らは全員、ここで犬死するのである!」

 ジャックは満身創痍ながら、ヘンリーの考えを読み取った。この男、五人との戦闘で疲れ切った一行を最後に倒し、手柄を独り占めする計算だったのだ。

「ヘンリーさん、わたくしあなたのそういうところ、本当に好きですけどね。好きなんですけどねぇ。嗚呼、無情」

 ヘンリーにとって、ジャックが自己陶酔の激しい人物だったことが最大の不幸。ヘンリーが意気揚々と下品な笑みを浮かべてロボを起動しようとしていた、ちょうどその頃、ジャックは自分に勝利した勇者たちの体力を、あろうことか全回復していたのである。

「その傷では、魔王様と戦ってもお喜びにならないでしょうからね。さあ、存分に我が主君とのお戯れを」

 とか、なんとか言った時にヘンリーがやってきたのである。勇者一人を魔王の部屋へ向かわせ、他三人でヘンリーの相手をすることがスムーズに四人の中で決まったのも、ジャックの行動あってのことだ。結果、相手が回復しているなど思いもしなかったヘンリーは、一撃を浴びせただけで勝利を確信して高笑いをあげ、その隙に戦士によってロボは破壊され、自身は魔法使いの魔法で戦闘不能になった、というわけだ。しかしこのような結果を、鬼より鬼らしいと揶揄されるヘンリーが恐れる数少ない存在、妻に正直に話せるだろうか。ヘンリーには無理だった。ヘンリーは妻に、こう言った。

「勇者一行がやって来たとき、皆は手柄を焦ってバラバラに動いては敗北してしまってな、とても統率がとれたものではなかったのだ。我輩は常に魔王様をお守りするために、最終決戦兵器に乗り込んで気を窺った。この命燃え尽き、髭も燃え尽きるまで、魔王様の傍にいるつもりだった。だが、隣の部屋で我が唯一無二の友、ジャック・クラウン官房長官の悲鳴が聞こえたのだ。嗚呼、なんという不忠者であろうか、我輩は魔王様の傍を離れ、涙を溜めて親友の下へ向かった。頼む、無事でいてくれ、と。しかし遅かった、我輩は怒りに震えた。この場で全員を殺してしまおうと考えた。だが、まがいなりにも六魔将筆頭を倒した一行、敵ながら天晴だ。結果、我輩は彼らを称えるために、勇者君を魔王様の部屋へ通した。ああ、わかってる、あるまじき不義だ。そのため我輩は、清々しい気持ちでコックピットで自爆装置を作動させた。だが、心優しい愚かな彼らは、あろうことか我輩を、こうして助けた、というわけだ。ふふ、本当に愚かだよ、あの少年たちは。だが、今はその愚かさに感謝している。こうして君の顔を、また見ることができたのだから」

 路地裏でヘンリーの話を聞いたジャックのシルクハットが落ちた。ステッキも落としている。

「とまあ、こういったことを話したというわけだ」

「限度がありますよねえ」

「すまん、これは本当に、すまん。だがわかってくれ、かみさんが怒ると恐ろしいことになるってことは、親友の貴君が一番よく知ってるだろう? なあ?」

 ヘンリーは申し訳程度に、ジャックのシルクハットとステッキを拾い上げて、頭と手首に置いた。氷細工に触れるように、慎重に。ついでにマスクとネクタイの曲がり具合も直してあげた。爆弾が起爆しないように、丁寧に。

「にしても、にしてもですよ。わたくし死んだことになってますし」

「死んだとは言っとらんぞ、遅かった、と言ったのだ」

「その辺のニュアンス、ちゃんと奥様に伝わってるんでしょうね」

「伝わってる、多分伝わってるから、ね、ね。許してちょうだいよ」

 ジャックは脳内で、ひそかに安心している。今回の敗戦は、いわば自分の格好つけが引き起こしたこと。もしも自分が回復なんかしなければ、ヘンリーは容易く一行を倒していたことだろう。ジャックはそのことを改めて謝罪するような実直な考えははなから浮かんでこず、ただ親友や主君に対する罪悪感が募っていた。それが今、意外な形で解消されたのである。

「いえ、もうよいのですよ」

 ジャックの狡猾な所だ。「これを機に自分も謝る」というようなことはせず、あくまで自分が優位に立つ。これが魔王のブレーンとして、六魔将の筆頭として生きてきたジャック・クラウンのやり方なのだ。とはいえ。

「おや、ちょうどあそこにバーが。ヘンリーさん、今宵はあそこで享楽の宴と参りましょう。わたくし、珍しく人に奢りたい気分です」

「おっほ! それは良い、金を使わずに得る快楽はスリルに欠けるが、損ではない!」

 つい、こういうことはしてしまう。これが自己陶酔ではありませんように、とジャックは祈った。

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