七人の魔物

備成幸

七人の魔者

第1話 三悪人、愚痴る

 魔王国で働くネクロマンサーは今年、ピアスをもらったばかりだ。同じく隣の席でピスタチオを黙々と食べるウィッチも彼と同じピアスを耳に通している。ちらちらと、耳たぶについた宝石に目を向けるその視線は、両者ともどこか誇らしげ。

「最近、そっちはどうです」

 酒を呑むにも会話が無くては物寂しい、とネクロマンサーがグラスを手に取りながら紫色の視線を向けると、ウィッチはようやく殻をむく作業を止めて、最後にもう一つだけ、口の中へ抛った。

「何も。だから今日もヘンリーさんに叱られちゃった」

「僕も、結果報告しただけで必ず小言が一個ついて来るんですよ」

「あれ、あんた誰に報告してんの」

「ジャックさん。あの人僕を叱るたびに自分の得物出してくるからもう怖くって」

 この魔王国には「六魔将」と呼ばれる役職があり、この二人は最近ここに加入されていた。ピアスはその証だ。魔将は、魔王の指示を仰ぎながら部下へ指令を出すという、いわゆる中間管理職にあたる。そして少し前まで、主な仕事は魔王国の各所にある城や砦で王国側の兵を迎え撃つことにあった。

「知らないですよね、来ない敵をどうやって倒せっていうんですか」

 ネクロマンサーが泡のはじける液体が入ったグラスを空にする頃、ウィッチは再びピスタチオの殻と戦っていた。

「戦争なんてもうないし、内政に専念して経済を回せ、ってことじゃん?」

「無理ですよねえ。うちらみたいなエリアじゃ」

「私は人気のまるでない森の中だし、あんたなんかただの墓地だもんね。つか、あいつらさあ、私らが新人だからってろくな営業エリア与えてくれないじゃん。そのくせ、結果だけは出せって言ってくるの、意味わかんない」

 ネクロマンサーとウィッチは、六魔将の中でも最下位の二人。加えて経験に乏しく、政治面には全く興味がなかった。彼らがここにいるのはただスカウトされたから。もしくは、魔王に惹かれたから。しばらく下っ端として働いた後、その能力を認められて、こうしてピアスをもらったのだ。そしてその直後、勇者がやってきて世の中は平和になってしまった。それから二人が活躍できるような機会はまるでなく、こうしてたまに行われる飲み会も、蓋を開ければ魔物二人の愚痴ばかり。

「そうだ、ネクロんとこの部下ってさ、何人いたっけ?」

「ええと、およそ二百人」

「多くない? 私んところ九人よ。それでもまともな給料払えていないのに。二十人ぐらい、うちの館によこしてよ」

 それはウィッチの金遣いが荒いからだろう。ネクロマンサーは頭に浮かんだ言葉を飲み込んだ。ウィッチがこうして六魔将の椅子に座っているのは、彼女の並々ならぬ魔法への情熱と探求心によるものが大きい。金遣いといっても、彼女は研究以外にほとんど金を使わないため、袖を通している黒い服やとんがり帽はくたびれて継接だらけ。魔法研究費用を削減すれば少しは生活にも余裕が生まれてくるだろうが、そんなことは彼女が許さないだろう。顔は良いし、スタイルも悪くないのに、色気が全くないというのはいかがな、とネクロマンサーは再び言葉を飲み込んだ。時折だらしない胸元が見えそうになるが、これほどまでそそらない女は霊魂でも見たことがない。

「まあ、僕は彷徨う魂の数だけ部下は雇えますし」

 彼が首から下げた拉げたロザリオを握りしめて念じると、酒場の床板を通り抜けて青白い煙の塊がくらげのように浮かびあがり、腕にまとわりついた。

「ほら、これで二百と一人」

「ナンパじゃん、ナンパ」

「契約のことをナンパって言うのやめてくれません?」

「いいや、ナンパよそれは」

「それにしても」と二人は視線を合わせる。いつまで自分たちは、暇な日常を過ごせば良いのか。敬愛すべき魔王陛下のためならば、命すらも惜しくないというのに。二人は、六魔将なんかに選ばれたことを少し後悔した。耳たぶが妙に重い。

 もう一人の同期がやってきたのは、その直後である。いっちょ前にロングコートを着込んだ骸骨が二人を見るなり顎を外して笑った。

「おっほ。御両人、お待たせいたした」

「ホネツグおそ。もうピスタチオ食ったからね」

「え」と声を出したのは、ネクロマンサーの方。ホネツグは「別に構いませんぞ」と自分の頭部をカウンターに置いた。机に置かれた首はトロリとため息をついた。ネクロマンサーはカウンターの向こうで皿を黙々と磨いていたマスターに、ホネツグの酒とピスタチオを注して、口惜しそうにウィッチの手元に置かれた空の皿に目をやる。

 さて、揃ったこの三人だが、魔王直属の部下たる六将軍の下半分である。パッとしない面子だということは、この三人が一番理解しているであろう。そんな三人が昨今、最も気にくわないことと言えば。

「なによ、四天王って。うちらはどうなるんですかっての」

 酔ったウィッチがピスタチオの皿を受け取るネクロマンサーを小突いた。そう、近頃魔王国では非公式に「四天王」というのができた。無論、魔王直属の部下で特に実力を持った四人の総称である。

「ヘンリーさんやジャックさんとかさ、ヴィラさんはわかるのよ、うちらと同じ六魔将の上半分だしさ。結構お世話になってるし。なんで宰相殿なの。なんであのヒョロガリ男を入れちゃうわけ。勇者に攻めてこられたときなんて、一切戦ってないよ、あいつ」

 次いでウィッチが「ねえ」と右に転がったホネツグの頭部を突っつく。これが嫌いなので、ホネツグは慌てて自分の頭を首の上に乗せた。次いで、ウィッチへの対応として頭に気をつけながら、首を傾げた。骸骨だもの、首をかしげるだけで頭が落ちるかもしれない。

「ううん。まあ、平和になりましたし、戦闘以外まるでダメなあたしらよりよっぽど、四天王には相応しいのやも。でもそれを言えば、魔法学で我が国に貢献しておられる魔子殿や、勇者様との戦闘による人手不足を解消しておる黄泉殿などは、もっと評価されて然るべきと思うんですがねェ」

 魔子と黄泉というのは、ネクロマンサーとウィッチの本名というわけではない。ホネツグが勝手につけたあだ名である。古い骨なので、今時の発音を試みると顎が外れると言い張ってこの名で呼び続けるうちに、いつしか定着した。なまじ褒められたのでさらに不満が募った魔子はアルコールの強い酒の名前をマスターに向かって叫び、黄泉は眉間にしわを寄せたまま、黙々とピスタチオを口に運ぶようになった。魔子の声が止んだ後、沈黙が先ほどより色濃く表れたので、ホネツグは慌てた。

「あ、いや、あたしとて、一人の骸骨兵士として長年魔王様にお仕えし、努力に努力を重ねてようやっとこうして六魔将に選んでもらえたと思ったら、平和になってしまったんですよ。辛いですよ」

「いや、ホネツグさんはまだマシですよ。だって六魔将の中でも上から四番目じゃないですか、僕らより上じゃないですか」

「黄泉殿、そんなことはございませんよ。宰相殿を合わせた四天王ができた今、下半分の私らは全くお役御免でありますから、あたしが御両人よりちょっと偉いぐらい、どうってことないです」

 自分をはさんで男二人がうなだれ始めたので、魔子は「でもさほら、うちらもそんなに見放されたもんじゃないよ」とグラスの中に青い瞳の目玉が浮かぶ酒を口にした。

「一応、魔王様って私らのことも総称で呼んでんだってさ。まあ、四天王のグレード低いバージョン、みたいなもんじゃない」

「あら、そりゃ嬉しい。あたしと魔子殿と黄泉殿、三人そろって何と呼ばれておるのでしょう」

「なんだっけ、忘れちゃった。きゃは。あ、今すっごい魔法思いつきそう、ぐるぐる回って、空に敵をズドーンと落とすってのは、どう」

 すっかり酔いが回ったらしい。ホネツグは自分の頭を再び抱えると、酔った笑い魔女の頭を飛び越して、黄泉にパスした。魔子の笑い声の隣で、ホネツグは首だけになって黄泉と向かい合う。

「で、黄泉殿はご存知なんですか? あたしらの総称」

「知ってますけど」

「教えて欲しいなあ」

「下将ですって」

「ゲショウ。それって、「下」の「将」ですか?」

「みたいですよ」

「なんですかそれ、え、なんですかそれ。いやだそれ、何それ」

 黄泉はつづけた。魔王が自分たちのことを「下将三人衆」と呼んだのが全ての始まりであったらしい。しかもその後、六魔将の二番手ヴィラが「下将三人衆って、略したら下衆ですよね」と言ったことで魔王と四天王は大爆笑し、それからしばらく「下衆」と呼ばれてるのだとか。

「ゲス三人衆ってことですか、あんまりだ」

「いや、ゲスの「ス」が三人衆の「衆」なので、ゲス三人衆って言い方はおかしいんですけど。まあ、良いじゃないですか、呼ばれ方ぐらい。僕ら、なんだかんだで偉いんですから」

「そんな楽観的にはなれませんよ、あたしは、あたしがどんな思いでここまで数百年、下積み時代を送ってきたと思ってるんです!」

 興奮しすぎたせいか、ホネツグの歯が五本ほど、ばらばら床に落ちた。慌ててホネツグの胴体と黄泉が拾い上げると、魔子が「これはナッツ?」と一つ拾い上げた。

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