「つまりは抜刀の仕方!?・②」

「その通りだ鞘乃。とにかく初太刀しょだちは、相手よりも先に抜いて、相手に当てるんだ!それを、抜き付けという。ボクシングで言う所のジャブだ。抜き付けで相手との間合いを測ったり、相手の攻撃を牽制けんせいも出来る。そして、もし当たらなくても、相手に向けて出された刀が真っ直ぐ相手の中心に向いていたなら、攻撃されても今度は盾にもなるんだ」


 五里田はみんなに向かって言った。


「とにかく、力任せでもいいから相手より早く抜いて当てろ!とは、そういう意味だ。これが実戦教育を行って来た中での、今の基本となっている。だから縦でも横でも、なんでもいい!とにかく抜いて、まずは当てろ!!」


 五里田はこぶしを挙げながら言った。すると――


「ちなみにじゃな、抜き付けの動きは、今の剣道に残っておるから、剣道の面や小手の打ち方を思い出すとやりやすいじゃろ。あの押し込むような打ち方が、抜き付けるじゃ!ただし、今の剣道には抜き打ちの動作は残っておらんでな、剣道での根元から先にかけて、深く斬る動きで袈裟斬りしても、一本にはならんからのぉ」


 居合爺ちゃんが補足した。続けて五里田が抜き打ちについて話した。


「次に、抜き打ちだが、抜くと同時に相手を切り落としたり致命傷を与える斬り方の事だ!上からなら袈裟斬けさぎり、下からなら逆袈裟ぎゃくげさ。そして横なら横薙よこなぎだ。分かったか!刀子?」


 するとまた、居合爺ちゃんが補足した。


「それと、”突き”じゃの!そうそう、突きと言えば、沖田総司の左寝ひだりねかせの三段突きが有名じゃな」


「あっ!師範、ありがとうございます」


 五里田が居合爺ちゃんに頭を下げた。


「左寝かせ?」


 刀子が首をかしげた。すると伊達が説明した。


「刀を寝かせると、体を狙った時に肋骨に邪魔されないのです」 


「へえ!すげーな左寝かせ!!あと、抜き付けだか、袈裟だか、まあややこしいが!やっと分かったぜ!!まあこれだけ、ややこしいんだから、伊達も間違えるよなあ!!」


 刀子は調子よく答えた。


「伊達の事はいいから、お前はちゃんと話を聞け!!」


 五里田が刀子に言うと、刀子以外の女子生徒たちは爆笑した。すると居合爺ちゃんが伊達をかばうように話し始めた。


「 刃を上にして抜刀からの抜き付けは、つかの握り方が横じゃから、実は力が入れにくい柄握りなんじゃ。それよりも、横からの抜刀では、素直な柄握りができ、素早く抜きやすく、切り付けやすいのじゃ。まあ、逆に刃を上にしての抜刀の方では、上級者になれば片手で袈裟斬りでの抜き打ちが出来るようになる!なので五里田先生?さきほどの、伊達君とか言ったかの?」


「はい、そうです師範。先程の生徒は伊達です」


 五里田が居合爺ちゃんに答えた。


「そうか。で今、残っている剣術の動きでは、初太刀で横からの抜き付けをし、そして仕留める二太刀にのたちでの袈裟斬りにつなげ、その後は、打ち合いを想定しておるのが基本じゃ。だので、抜き付けイコール横抜刀で、それを伊達君が習っている為、高校での実戦では、技法名称で混乱してしまったのじゃの!」


 すると。


「そっかあ!それじゃあ伊達さんが間違えちゃうのも仕方ないね!!」


「そうだよ!あの伊達さんが間違う訳ないピョン!!」


 と、あちこちから声が上がった。なので刀子は誤魔化すように慌てて言った。


「あー!そういや、政経の先生も言ってたなあ!!抜いて付けるだか、打ち付けるだかなんとか?刀を抜くと同時に斬りつけるから、抜き打ちなんだな!」


「やっとつながったの刀子ちゃん?そうだね、だから予告なしに突然にやられるから、”抜き打ち検査”とか”抜き打ちテスト”って言うんだよ!!」


「マジか!そういう意味だったのか!?」


 鞘乃の言葉に、刀子の眉毛は八の字になり、参った!といった顔になった。それから、また五里田の指示に合わせて抜刀の練習が始まった。


「では、しばらく各自で、抜き付けや抜き打ちの、色んな抜刀を練習しろ!」


 女子生徒たちは、それぞれに抜刀を繰り返していた。そんな中、たどたどしく抜刀をする刀子の側に、居合爺ちゃんが近寄ってこう言った。


「刀を抜く時、鞘を回して刃を下にしてから抜刀してみるんじゃ。たぶん抜刀が出来るはずじゃ!」


「えっ?ホントか!?」


「たぶんそうじゃ!!」


「たぶんて、ホントか!?」


「そう、疑うな!ささ、やってみるのじゃ!!」


「こっ、こうか?」


 刀子は鞘を左手で持つと、甲の方、外側に向かってひねって回した。


「いや、逆じゃ!」


「ぎゃ、逆?じゃ、こうか?」


 今度は左手を、手首の内側の方に曲げながら鞘を回した。


「そうじゃ!それなら手首だけでなく、肩からの重みも使って回せるから素早くなるんじゃ!!次に柄を握るのじゃ」


 刀子は居合爺ちゃんに言われるがままに、左腰の鞘を左手で下に回した体勢のまま、柄を握った。


「それ!抜刀じゃ」


 刀子は抜刀した。




―――シャキン!!


「えっ!?」


 それは、なめらかで、とても形が美しい抜刀だった。居合爺ちゃんは、刀子の抜刀の下手さは、柄の握り方と見抜いていたのだ!だから、もしかしてと、刃が下向きからの抜刀を教えたのだ。


「やはりそうか!上からの抜刀では柄の持ち方が、柄に対し真横なんじゃが、そのまま片手で抜き打ちするには、握り手として、これは実は意外と難しくてのお。そして抜き付けならいいが、抜き打ちでは力が足りんから、上からの抜刀では下ろす時に左手をそえるのじゃ!が、それもなかなか難しい!!だが、下からなら一番、力をかけやすい柄の持ち方が出来、そして抜きやすいんじゃ!そうじゃろ?太刀と同じ差し方になるからのお!!」


 そう言って、居合爺ちゃんはフォホホホ!と笑った。そして、自分の滑らかな抜刀に驚いている刀子に改めて言った。


「ほら!出来たじゃろ?」

 

 刀子の目に、見る見るうちに涙が溜まって来たかと思うと。


――ポロ


―――ポロポロ


 と、大粒の涙が体育館の床に落ちた。それを見た居合爺ちゃんは一言、言った。


「良かったの」


 すると――


「ジジイ!ありがとー!!」


 刀子は抜いた刀を手に万歳をし、居合爺ちゃんに抱きついた。


「フォホホホ!これ、苦しいぞ!ハハハ、良かったの!良かったのお!!よしよし!ならば、お譲ちゃんには薬丸示現流やくまるじげんりゅうの初太刀を教えてやろうかの。お譲ちゃんの性格なら、体得出来るじゃろうて!!」


 居合爺ちゃんは、とにかく嬉しくて泣きじゃくる刀子の頭を、優しくポンポンとしたのだった。


◇◇◇


「うひ!うひひひ」


 抜刀の授業が終わり、通常授業を受ける刀子。


「刀子殿!気持ち悪いでござる」


 隣の席の忍者が言った。


「えっ?何が!?」


「さっきから、ずっとニヤニヤ、ウヒウヒしたままでござるよ!!」


「そんなことねーよ!うひひひ!!」


 その時、担任の男性教師が刀子を注意する声が響いた。


「こらー刀子!!授業中だぞ!!」


 そして同時に、チョークが飛んできた。


 その瞬間!!


―――シャキンッ!!


 刀子の抜刀した刀が、飛んで来たチョークを真っ二つにした。そして飛ぶ破片!!


――サッ!


 その飛んで来た破片を瞬時によける忍者。すると破片は、その斜め後ろにいた柄恵の――


カツンッ!!


 ひたいに当たった。


「痛い!痛いんだピョン!!」


 当たると同時に跳ね上がる黄色のツインテール!そして柄恵は額を押さえて机に突っ伏した。


「すまん柄恵!悪いのは刀子だ」


 と、担任教師はひとこと言った。おかげて、クラスは大爆笑の渦だった。その大爆笑の中。 


「やった!やった、やった、やった、やったー!!アハハハ!下抜刀したばっとうを覚えたオレに、死角なーし!!」

 

 刀子は素早い抜刀で対応出来た事に、嬉しくてたまらず刀を持ったまま、ガッツポーズをしたのだった。


つづく

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