「つまりは抜刀の仕方!?・①」

 刀子たちが、いつものように体育館に行くと、身長150ほどの小柄こがらで細くてヨボヨボ、ハゲ坊主のお爺ちゃんが、藍色の着流きながし、白の角帯かくおび、そしてその腰の角帯に刀を差し、裸足で立っていた。


「あのジジイは誰だ?」


 と、刀子。


「ちょっと刀子ちゃん!指を差して言わないの!!」


 慌てて鞘乃が言った。すると、女子生徒が集まった所で、五里田が説明した。


「今回から居合いあい師範しはんが、本校に来て下さる事になった。本当の剣術を学ぶいい機会だと思う。御歳おんとし101歳!刀を振ってこの道100年の方で、様々な流派に精通せいつうされる方であるから、何か質問があれば、どんどんするように!!」


 と、五里田が言い終わると同時に刀子が言った。


「ホントの剣術って言うが、ジジイは人を斬った事あんのか?てか、その腰の刀は本物か?」


「こら刀子!なんだその口の利き方は!!」


 五里田が刀子を注意した。


「フォフォフォ!刀は本物じゃよ」


 居合爺ちゃんは笑っていた。


「まったく、自分の監督が未熟で、生徒が失礼な事を言い申し訳ありません」


 五里田が居合爺ちゃんに対して深々と頭を下げた。


「まあまあ」


 と、やんわりな居合爺ちゃん。


「刀は本物かあ!でも、本物に斬れるのか?人を斬るのは難しいんだぜ?」


「この平和な世の中で、帯刀令なくして人を切ったら犯罪者じゃな!この”平和な”世の中では……」


 居合爺ちゃんの言い方に引っかかった刀子は改めて聞いた。


「で、あんのか斬った事?ホントの剣術って言ったろ?」


 と、刀子が居合爺ちゃんに言うと、居合爺ちゃんは刀子の前まで、スススっと歩いて行き、そして言った。


「では、その質問に答える為に、まずはワシに斬りかかってみるかの?」


 明らかにヨボヨボで今にも倒れそうな、お爺ちゃんに向かって、さすがに斬りかかるのがためらわれた刀子が聞いた。


「えっ、マジでいいのか!?」


 そのヨボヨボの体からは想像出来ないような、りんとした声で刀子に返した。


「ああ、そうそう、抜刀してからで良いぞ!」


「じゃあ」


 なので刀子は、たどたどしく抜刀した。そして、かけ声と共に居合爺ちゃんに斬りかかった。


「とうー!!」


 その瞬間、ヨボヨボ爺ちゃんがビシッ!と変身した。振り下ろされた刀子の刀を、居合爺ちゃんは目に止まらぬ抜刀で――


シャーッ


 金属同士が擦れ合う音とともに、刀子の刀をしのぎを使い滑らせて受けると、その刹那!


――バシッ!


 居合爺ちゃんは刀の腹をバネのようにして、刀子の刀をはじいた。


「うわっ!」


―――ドタンッ!!


 刀ごと、ぶっ飛ぶ刀子。


――スッ


 次の瞬間には刀子の頭上に、居合爺ちゃんのやいばがあった。


―――ブルブルッ


『死んだ』


 刀子は身震いしながらそう思った。


「ワシが高等学校の女子おなごであれば、帯刀令のもと、お嬢ちゃんの頭は真っ二つじゃったな?」


――ジロリッ!!


 その目は、物凄い真剣さがあり、迫力があった。


「うわっ!ああっ」


『死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ!!魂しいも残らず、死ぬ!!!』


 刀子は恐怖のあまり、後ずさりした。そして、心の中で般若心経を唱えた。


「さて、これで先ほどの質問、人を斬ったか?の、答えにしてくれぬかな?」


 居合爺ちゃんは、ゆっくりと納刀しながら、先ほどの目とは打って変わって優しい目になり、刀子に笑って言った。


コクコク、コクコク……


 刀子は黙って、何度もうなづいていた。そこで五里田が改めてみんなに言った。


「よし!これから師範に見てもらいながら、抜刀の練習を始める。まずは抜刀から……




 抜刀!!」


―――シャキッ!


――シャキ、シャキ、シャキンッ!!


 女子生徒たちが、刀子をのぞいて一斉に、刃を上にして抜刀した。いや、抜刀はしたが、変な抜刀をした者もいた。


「こら忍者!何度言ったら分かる!!忍者は背中から抜くな!まずは、基本を覚えるように!!」


「えー!拙者せっしゃは忍者だから、背面抜はいめんぬきがデフォでござる!背中から抜く方が得意でござるよー!!」


 すると、みんなの笑い声があがった。


「次、よこ抜刀!」


 女子生徒たちが、刀子をのぞいて一斉に、鞘を横に回してから抜刀した。


「よし!では次は、抜刀の抜き付けだ!では始め!」


 皆が一斉に、刃を上に抜刀をすると、五里田が叫んだ。


「伊達!違うぞ!!」


 その瞬間、女子生徒全員が、まさか!と思って伊達を見た。


「えっ?伊達さんが間違えた!?」


「うそ!そんな事あるピョンか?」


 五里田に注意された伊達は、やってしまった!という顔をしていた。


「先生、済みません。抜き付けと聞いてボク、つい横抜刀からのをやってしまいました」


 すると、居合爺ちゃんが伊達に向かって言った。


「お譲ちゃんは、どこかで習っているな?」


「はい、伊達の子孫なので小さい頃から剣術を習っております」


「フォホホホ!そうかそうか。まあ、武家ぶけの子孫としては混乱じゃな!帯刀令施行で数年経って、本当に切り合うようになり、形としての技法の名称と、実際の動きの名称の意味が合わなくなったんじゃからな。抜き付けの言葉で、つい横の抜刀とは!!フォホホホ」


 その居合爺ちゃんの言葉を聞いて刀子が言った。


「てか、抜き付けって、なんなんだ?」


「刀子ちゃん、ホント!ちゃんと話を聞こうね!!今、分かったけど実は、抜刀が遅いから、回りに動きを合わせてただけなんだね!!」


「えへへ!ばれたか。で、抜き付けってなんだ?そういや、夜でも今朝斬けさぎりとか聞いた気がしたが、それも何だ?」


「もうー、刀子ちゃんのお馬鹿!袈裟けさは今日の朝って意味じゃないよ!お坊さんが着ている服、袈裟の斜めがけから来ていて、上から斜め下に斬ることを袈裟斬りって言うんだよ!ちなみに、下から斜め上へ斬るのが、逆袈裟ぎゃくけさだよ!!」


「そうなのか!今、知った」


「今、知ったじゃないよ!そんで五里田先生が言ってたでしょ?抜き付けは、とにかく抜いて当てる為の動きって!!あと、抜いて本当に斬る動きが抜き打ち!でしょ?」


「ああ、何かそんな事、言ってた気がするなあ」


 刀子は頭をかきながら鞘乃に言った。すると……


「その通りだ鞘乃。とにかく初太刀しょだちは、相手よりも先に抜いて、相手に当てるんだ!それを――」


 と、五里田が改めて話し始めたのだった。


つづく

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