「ホントの斬り合い!?・②」

「ふう!間に合ったな」


「刀子ちゃんに柄恵ちゃん、足が速いよ!」


「鞘乃が遅いんだピョン!!」


 セーラー服のままの刀子たちの1組と、隣の2組の「女子生徒」だけが、大きな体育館に集まっていた。そうそう、この体育館は本当に大きく、2階が観客席になっている程だ。そんな大きな体育館いっぱいに、女の子特有の甘酸っぱい匂いが充満していた。




 「甘酸っぱい匂い」!!




 そうそう!女の子って甘酸っぱい匂いがするよね?その甘酸っぱい匂いの正体は、ラクトンという物質なのだ!!ちなみにラクトンには二種類あり「ラクトンC10」はピーチのような香り。「ラクトンC11」はココナッツのような香りなのだ。


 このラクトン!十代、二十代にはよく分泌されるのだが、三十代になると減少する。だから、このラクトンの匂いこそが、「若さ」の匂いでもあるのだ!!なので、匂いの曲がり角は三十代となろう。(て、事はホントの若作りは、匂いから!?)




「今日から、立ち合いを行うからな!」


 そんな甘酸っぱい匂いが充満する体育館の中央で、大きくてゴリラみたいな体格の体育教師、五里田鮴男ごりたごりおが、バラバラに立ったままの生徒、みんなに言った。


 五里田の格好は、下はジャージ、でも上は長袖Yシャツで、ノーネクタイの袖まくり上げ!!でもって、シャツのすそはジャージにイン!といった姿で、腕には剛毛を生やし、その剛毛の腕には竹刀が握られ、トントンと肩叩きをしていた。


「なんだ立ち合いって?」


 と、人の話を基本、聞いてない刀子がつぶやいた。


「刀子ちゃん前回、先生が言ってたよ!」


「そだっけ?」


「もう~聞いてないんだから!刀で本当に切り合うのを、やるって言ってたじゃん!!」


「本当に切り合う?もう、朝に柄恵とやったじゃねーか!」


「じゃねーか!って、またそんな口の聞き方して!!」


 段々とヒートアップしてくる鞘乃の声。


「おい!お前ら、うるさいぞ!!鞘乃に刀子か?ちょうどいい、前に出ろ!!」


「「あっ」」


 声がうるさいので、とうとう五里田に二人は注意されてしまった。


「もう!刀子ちゃんのせいだからね!!」


「オレのせいかよ!?」


「早く二人、前に出ろ!」


 五里田の声に二人は、みんなの中心に出ることになった。


「じゃあまずは、前回までの復習だ。抜刀をする!」


「ゲッ!!」


 五里田の言葉に刀子は、うんざりな声を上げた。ここで五里田が言っている抜刀とは、ただ刀を鞘から抜く事ではなく、素早さを要求している抜刀だからだ。


「ゲッ!じゃねーぞ刀子。早く刀が抜けなかったら、戦えないだろ!!だからまずは基本の素早い抜刀だ!それが出来なければ、戦わずして斬られるぞ!!じゃまずは、刀子から!!」


 刀子はみんなの前で、両手を垂らして立った。


「抜刀!!」


 五里田のかけ声に、刀子はやや膝を曲げつつ左手で左腰の刃を上にして差されている日本刀の鞘をつかんだ。そしてそれと同時に右手で左腰の刀のつかをつかんだ。


――カツンッ!


「はうっ!!」


 刀子のこめかみに汗が流れた。


『この痛み!』


 刀子は柄から手を離すと、恐る恐る自分の右手の親指を見た。


「うわあああ!やっちまったー!!」


 親指の爪を鞘乃に見せる刀子。


「抜刀あるあるだね!急いで抜刀しようとして、右手の親指を鍔にぶつけて、爪を剥がす!!」


 ニコニコして言う鞘乃に柄恵が言った。


「あと、鍔の模様で手をガリガリってのも、あるあるだピョン!!てか刀子、血が垂れてるピョンよ?」


「やべっ!」


 刀子は慌てて、親指をチューチューした。


「おい刀子!抜刀を途中でやめるな!!もう一回行くぞ!!」


「えっ!血が止まんねーんだけど?」


「あのな!敵は待ってくれないんだぞ?」


 五里田の馬鹿にした目に、刀子はチューチューしている親指を、チュポン!と口からはずした。そして不満そうな顔をしながら、改めて両手を垂らして刀子は立った。


「抜刀!!」


 五里田のかけ声に刀子は柄を握った。朝の柄恵との戦いでは、刀子は急いでなく気持ちに余裕があったので、無意識に鯉口こいくちを切っていたが、素早さを要求されているため柄を握ると、すぐに刀を抜き出した。




――ガツンッ!


 だが刀を、前に向かって抜こうとしている途中、刀身が半分ほど所で止まってしまった。


「はうっ!?」


 刀身が止まった理由。それは抜く為の力の向きが悪く、鞘の中で刃先の背が当たるからだ。


 早く抜かなくてはと焦る刀子。だが、それでも抜こうとすると、力の向きが悪い為、段々と柄をつかんだ右手首が上がって行き、刀子の顔に近づいていってしまった。そして、それに伴って刀子の表情が引きつっていく。なぜなら、刃の向きが刀子の顔側だからだ。


「はっ!うっ!うがっ!!」


 刃が顔に近づいていく!するとさらに抜く動作が極端に遅くなり、ヤバいとばかりに刀子は脂汗をかき出した。


 そうそう刀子たちの帯刀の仕方は基本、刀の刃を上にして腰に差している。なので、顔の近くに上がった右手が、さらに刀を抜くために真上に上がると、刃が顔スレスレになるのだ!!


 だから刀子は、本当にゆっくりと、たとたどしく刀を抜いていくしかないのだ。だがしかし、刀子が必死に頭を右に傾けて、刃をよけようとしていたが、切っ先が鞘から抜けた瞬間!


―――カツン


「イッテー!」


 顔スレスレの刃が、刀子の左アゴに当たってしまった。


ツ――ッ


 抜きながらの刃が当たったので、アゴの傷口はパックリと割れ、血が流れ出していた。そして流れ出した血は、刀子の首を伝いセーラー服の襟元えりもとへと吸い込まれいった。


 アゴの骨まで傷がついたようで、その痛みを我慢しつつ、構えなくてはと思った刀子は、それでもなんとか抜いた刀の先を前に返えそうとしていると――




ペシッ!


「遅いぞ刀子!」


 五里田の竹刀が、刀を構える途中の刀子の額を軽く叩いていた。


「クッソ!」


「なんか言ったか?刀子?」


「いいえっ!」


「なっ!遅い抜刀は戦えないだろ?これでも、かなり待ってたんだぞ!!」


 五里田に言われ、クソ悔しそうな顔の刀子。その刀子の額には、軽くとはいえ竹刀なので、うっすらと叩かれた跡がついていた。


「てか抜刀してたら、先公なんかに負けねーぜっ!」


「なんだと!?やってみるか?真剣が相手だろうと、お前程度の腕なら竹刀で十分だぞ!?」


「ああ先公、いつでもかかってこいよ!!」


 互いに構え、にらみ合う刀子と五里田。


「刀子ちゃん!!先生に向かって先公はダメだよ!!てか、足がガニ股になってるよ!ガニ股に!!」


 慌てて鞘乃が刀子の言葉使いとガニ股を注意をするが……戦うのはOKって事なのか!?てか、まさに一触即発な状態になった!!


 その時だった。


「はい先生!質問があります☆.。.:*・゜」


 キラキラと可憐な声が体育館に響いた。


 みんなの視線が、その声の持ち主へと注がれる。その声の持ち主は、独眼可憐少女の伊達だった。


 みんなの中に埋もれながら一人、手を上げている伊達。そうそう身長は、鞘乃より少し高い145だ。その伊達が、さらにも増して可憐な声で言った。


「先生!質問です☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜」


「なっ、なんだ伊達?」


 刀子に竹刀を向けたままの五里田は、視界の端で伊達を見ながら返事をした。


「ボク、前から思っていたのですが、授業では抜刀の時に、鯉口こいくちを切ってからの抜刀を教えていないのですが、なぜ切らないのですか?なにか大事な理由があるのですか?」


 場をなごますような、伊達の可憐な声が体育館に響く。


「ぷっ!鯉を切る?刀を抜く前に?ククククッ!何言ってんだ伊達は~!?」


 いきなり訳の分からない事を言われたと思った刀子は、可笑しくて笑い出した。


「ぷー!ククククッ、日本刀は刺身包丁じゃ、ねーんだぞ!!アハハハッ!!」


 刀子の笑いは止まらない。そして――


「ハー!やめたやめた!!伊達の話が可笑おかし過ぎて、なーんか急にバカらしくなった!!」


 刀子はそう言うと、これまた、たどたどしく納刀のうとうした。それを見た五里田も、構えていた竹刀を下ろした。


「で、伊達に聞くけど?ぷっ!なんで鯉を切ってからじゃねーと、刀を抜いちゃダメなんだ!?ククククッ」


 刀子は、とにかく可笑しいらしく腹をかかえ、クククッと笑いながら言っていた。


「もう、刀子ちゃん!シー!!」


 察してよ!!と、ばかりに鞘乃は刀子を止めたのだった。


つづく

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