第30話 白米と味噌汁

 


 ギルド会館を後にして、ケンセイの神道異界流の道場に向かっている。


 神道異界流は、佐藤 塩太郎がこちらの世界に来る前に学んでいた剣術を、

 こちらの世界の魔素要素を取り込む事により完成させた流派である。


 佐藤 塩太郎は禁門の変で死んだ後、こちらの世界の南の大陸のダンジョンの深層部に飛ばされた。


 誰もいない深層部でモンスターを1人で切り刻んでいる内に、自分の体内の中にある魔素に気付いたのである。


 塩太郎が極めていた、幕末期長州藩士がこぞって学んでいた剣術の技の中の1つに立ち居合の技があり、塩太郎は特にその技が得意であった。


 居合は、敵と相対したとき相手がどう動くかを一瞬に見抜き、相手より早く切りつけなければならない。


 そう、イメージが大事なのだ。


 ダンジョン深層部で敵の動きや、自分の剣筋の動きなどをイメージしながら動いているうちに、いつの間にか自分の周りにオーラの様なものが沸き立っているのが分かった。


 そのオーラは、愛刀の村正までもおおっていた。


 村正にまとったオーラを振り払おうというイメージで剣を振ったら、斬撃が飛んだのだ。


 そして三日三晩ダンジョンの深層部でモンスターを切り刻み続け、もう体力の限界で精も根も尽き果て、既に動く事もできなくなり、モンスターに殺られるのを待つだけの状態だったのだが…


 たまたまそのダンジョンに潜っていた、当時エリスが所属していたパーティーに発見されて助かったのだった。


 そして偶然にも塩太郎は、ダンジョン深層部での極限状態の中で、無意識の内に杖の代わりに剣を使う無詠唱魔法をマスターしたのであった。



 この魔素を用いた剣術と、前の世界で身に付けていた剣術とを、実戦を重ねる内に至高の域まで研鑽されて生まれたのが、佐藤 塩太郎が編み出した神道異界流剣術なのである。


 ---



 ガラガラ



「今日からお世話になる、アレンと妹のアリスです」


 ケンセイがいとなむ神道異界流の道場の扉を開けると、既に子供達が朝の稽古にいそしんでいた。


「上下素振り100回!」


 ジュリが子供達の指導をしているようで、道場の上座で声を張り上げている。


 そしてこちらに気付いたのか、早足で近づいてきた。


「おはよう! アレン君、ジュリちゃん!

 今、子供達の稽古の最中で、ここを動く事ができなくて申し訳ないんだけど、

 そこの脇のドアを開けると、私とお父さんの居住用の家に繋がっていて、そのまま廊下を真っ直ぐ進んだ突き当りの部屋にお父さんがいると思うので、話を聞いてみて!」


「わかりました。」


 俺とアリスは、言われた通り道場脇のドアを開け、廊下の突き当たりにある部屋をノックした。


 トントン


「アレンとアリスです」


「おっ! 入りなっ!」


 中からケンセイの威勢のいい声が聞こえてきた。


 ドアを開けて入ると畳の部屋に座敷机が置かれており、そこで朝ごはんをむしゃむしゃ食べていた。


「おー 来たか! エロガキに、アリス!

 お前らも朝飯食うか!」


 ケンセイが食べている物をよく見ると、懐かしいご飯とお味噌汁、それと漬物を食べていたのだ!


「そっ…それは…白米とお味噌汁と漬物ですか?」


「オー、よく知ってるな! さすが俺様の親父と、同郷だな! ハッハッハッハ!」


「それを食べさせてくれるんですか?」


「ん? 食べたくなければ食わなくていいぞ!」


「いえ! 食べたいです!

 ぜひ、食べさせてください!」


「オー、そうかそうか、それなら勝手におひつからよそって食べな!」


 俺とアリスは、もう既に朝ごはんは食べた後だったのだが、急いで茶碗にご飯を よそって無我夢中で食べた。



「……………」



 言葉がでない…



 代わりに涙が溢れてきた…



「おいおい、どうした?

 何、いきなり涙を流してるんだ?」


「あまりにも…美味しくて。」


「そいつはよかった! その味噌汁の味噌や漬物は、うちの自家製なんだぜ!


 俺の親父が研究に研究を重ねて、自分が納得できる味を作り出したんだ!」


「そうだったんですか。」


 アリスも美味しそうにむしゃむしゃ食べている。


「それじゃあ、めし食い終わったらお金の話をしようか!」



 ケンセイがニヤリと笑った…



 ---



「それじゃあ修行の月謝の件だか、14才以下は、月5000マーブルで、

 それとは別に入門料として5000マーブル必要なので、

 最初の月だけ10000マーブル必要だ!


 それとここからが重要なのだが、

 佐藤家の朝食付きで月25000マーブルというプランが、お前達兄弟だけに特別に用意してある。



 ちなみにこの世界には、米は存在するが味噌はおろか醤油も存在しない。



 味噌と醤油の秘伝のレシピを持っているのは、この佐藤家だけだ!



 ちなみに今日決めなければ、このプランは無くなってしまう。



 何故なら外国から来ている米を売っている商人が、今日この町を出ていってしまうんだ!



 君達がこのプランに乗るのであれば、アレン君とアリスちゃんの分の米を仕入れるが、乗らないのであれば仕入れない。



 さあ! アレン君どうするかね?」



 う…足元を見られている…月25000マーブルは高すぎる。

 アリスと2人で50000マーブルだ。



 一応エリスのポーションを売ったお金があるので、今払おうと思えば払えてしまう。



 多分ケンセイは、それを見越して話をしている。



 クッ…計られたか!



 俺たちが日本食の誘惑を断ち切れないのを、見越しているのだ…



 佐藤 塩太郎が異世界に来て、必死に日本食を再現しようとしていたのを子供の頃から見て知っていたので、俺達に1度食べさせてしまえばもう断る事が出来なくなると分かっていたのだ!



 エリスとシャンティ先生に、相談しなくて決めてしまって良いものなのか?




 俺は3秒程の間に凄まじい速度で考えを巡らせたが、答えは考える前に

 既に出ていた。



「朝食付きの25000マーブルの方でお願いします!」



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