第24話 落日の家《サンセット》

 エルニカは、糸紡ぎと染色の作業班を三、四人のグループに分けた。そして、グループが一定期間に作る水準に達した製品の数によって、「金の糸」「銀の糸」「銅の糸」の三段階の称号を作った。これらはグループ全員に与えられる称号で、夕食後に出るデザートの豪華さに影響する。うまくやれば全グループが「金の糸」になることができるので、競争は発生しない。

 それとは別に、個人として水準に達した製品の生産量に応じて、「初級」「中級」「上級」「職人」の四段階の称号を作り、全体の中で最も上位の称号を持つ者はグループに所属せず、全体の製品の水準を確かめる『審査員』となる。審査員は金の糸と同じ待遇である。また、審査員を除いた各グループの最上位者は、そのグループのリーダーとなり、他の子ども達に技術指導をする権利を得るようにした。また、リーダーはエルニカの指導を受けることができ、さらなる技術向上に励むことが出来る。これはエルニカ工芸教室の仕組みを流用したものである。

 当初はリーダーによる技術指導を「責任」としようとしたのだが、カマラのアドバイスによって「権利」にとどめておいた方がいいだろうと言うことになった。

 更におまけの仕掛けとして、「グループで最も下位の称号を持つものの仕上げた製品は、称号を授与する際二倍として計算する」というルールを作った。これなら称号上位の者が下位の者を活躍させるため、積極的にグループ内で教育が行われると考えたのだ。

 カマラもこの仕組みに対しては、「まぁやってごらん」とエルニカの背中を押した。

 まずはエルニカが審査をして技能の検定を行い、子ども達に個人の称号を与えた。この時点で中級以上になった子ども達はなかなかの喜びようだったが、一方で初級になった子ども達はやや落ち込んでいるようだった。エルニカは失敗したかと思ったが、既に事は済んでしまっている。「大丈夫さ、技術が上がればみんな上級にだってなれる」と励ますしかなかった。

 結局、技能的に職人の称号を得られる子はおらず、最も上位の称号で「上級」が二人出たに留まった。一人は模擬戦でエルニカとともに戦ったアリア、もう一人はチェルシーという少女である。彼女はエルニカやフィー、アウローラを除けば年長の方で、十四歳だった。引っ込み思案で大人しく、あまり目立たない。顔にそばかすが多いことを気にしていつも皆から離れて隅の方で一人作業をしているので、エルニカもいつまでたっても名前と顔が一致させられないでいた子だ。しかしその仕事ぶりは見事で、自分に妥協を許さない。仕事が丁寧で他の子より遅いように見えるが、結果としてみれば基準を超えた製品を仕上げる数は最も多かった。これは職人気質の頑固者だなと、工芸派魔術師を散々見てきたエルニカにはすぐに分かった。

 そこでエルニカはまず、チェルシーを審査員に据えてみることにした。その後、チェルシーとアリアに相談して、アリア以外に中級者の中から年長の者五名をリーダーとして選抜した。

 それぞれのグループのメンバーは慎重に選ばなければならなかった。あまり技術の差がありすぎても子ども達のやる気に関わるだろうとアリアが言いはじめ、例えば上級のアリアや中級でも比較的技能の高い者のグループに初級の子を二名配置するなど工夫が行われた。


「エルニカ兄さんの考えた方法だと、技能もそうだけど人間関係も大切よ。それを考えるとこの組み合わせを考えるのはまるで難しいパズルね……」


 普段は全く会話しないため、エルニカはチェルシーの声を聞くのはほとんど初めてだった。ぼそぼそと低い声で話すが、低音で迫力を感じさせる。彼女は「難しいパズル」を鮮やかに解き、グループの編成を済ませてしまった。人の中に入るよりも、人を観察する方が好きだというチェルシーの個性がうまく働いたようだ。

 実際にグループでの作業が始まると、チェルシーの審査はきわめて公正で厳しく、数日間でかなりの不良在庫が発生した。子ども達の中には「いいじゃんこれくらい!」という者もいたが、チェルシーは頑として受け入れなかった。そのせいもあってか、「急いでたくさん製品を作るよりも、着実に質の高いものを仕上げた方がいい」という空気が子ども達の中に生まれ、数週間で不良在庫の数は大幅に減っていった。





 ◆◆◆





 一ヶ月後、製品の出荷数は僅かに増え、損失の方は半分以下に激減した。エルニカはグループと個人、両方の称号を一月毎に更新する事にしていた。まだ全てのグループが銅の糸に留まっていたが、この時点で数人が初級から中級、中級から上級へと格上げされた。子ども達は待遇(デザートの質)が変わらなかったことについてはそれ程不満を言わず、むしろ自分の称号が上がったことを喜んだ。それを見た初級の子達は、自分たちも、と積極的に他の子ども達に教えを請うようになった。自分が教えきれなくなると、リーダー達はエルニカの元へ指導を仰ぎにきた。結果的に、真珠の家全体の技術が底上げされたのである。

 冬が始まり、雪がちらつく頃には、生産はかなり安定し、ほとんど損失が出ないほどにまでなった。それどころか、基準以上の製品の生産数も二割ほど伸び、製品の卸し先も、少し手広くすることが出来た。銅の糸から銀の糸へ、そして金の糸の称号を得るグループも出始めた。

 若干の儲けが出たため、少しずつエルニカが脅して回った魔術師たち(主に隠秘学派オカルトゥス)へ返済をするようになると、彼等からは随分怪訝な顔をされた。


「まさか本当に金を返しにくるとは思っていなかった」

「工房の信用に関わりますから、借りたものはきっちり返しますよ。うちの金庫番は、借りを作るのがえらく嫌いでしてね」


 借りた金を全て返すのには年単位の時が必要そうではあったが、毎月着実に金を返すエルニカに対して、他の魔術師と変わらない扱いをする隠秘学派オカルトゥスの魔術師もちらほら現れ始めた。




 精力的に働く子ども達とは対照的に、アウローラの様子は不安定になっていった。堂々と皆をまとめる様子を見せたかと思えば、次の日には部屋に籠もって出てこなかったりもする。もちろん定期的に妖精郷に療養にも出かけるが、帰ると決まって深刻そうな顔をしていた。

 アウローラが誰かに相談することはなかった。カマラが心配して声をかけてはいたが、彼女は大丈夫だからと言うだけで、何も話はしなかった。エルニカはそんな彼女の様子が気にはなっていたが、自分のことで手一杯で、その面倒を見ようと言う気にはなれなかった。





 ◆◆◆





 冬も本格化し、凍えるような寒さになってきた頃。

 子ども達の技術はかなり熟達し、もはや初級の子どもはいなくなっていた。リーダーは達はほぼ上級で、アリアやチェルシーなどはエルニカから職人の称号を与えられ、彼同様に技術指導もするようになっていた。


「そろそろ、もう少し難しい仕事もしてみようと思うんだ」


 エルニカはコルネリアの工房でカマラに相談を持ちかけた。


「良い頃合いだね。あんたなかなかうまくやったよ。これで織物を作る土台は出来たね」


 まさしく織物の生産に着手しようと考えていたところだったので、エルニカは少し驚いた。そういえば魔女たちにはエルニカの心を見透かすことが出来るのだったか……。


「実は、ここの道具を整理してたら、こんなものを見つけたんだ」


 エルニカはテーブルの上に羊皮紙を広げた。それは、コルネリアの残した研究書簡、刺繍や織物の図案、染め物の極意書などであった。


「研究書簡の方も面白い図案があったよ、最初に魔力を通して術式を起動させれば、自動で魔力を集めてため込んでくれるっていうのがあってね。これを作って売れば魔術師相手には結構いい商売になる。あとこの図案集、これを写して工芸派魔術師に売るのもいいんじゃないかな」


 カマラは羊皮紙を改めると、エルニカに言った。


「それは売らない方がいいね。他にはない財産だよ、真珠の家の製品の強みになる。それから魔力貯蔵する図案の方も、正直にそいつを世に出しちまうと複製品が出回るよ。うまく細工して、どの図案がその術式なのか分からないように作った方がいいね」


 実際の価値はエルニカの思う以上であると、カマラは説いた。

 カマラはいつも腰に巻き付けている魔術工芸品アルティファクトゥム、『両界曼荼羅布』を見本に提供した。エルニカはそれを元に魔術効果のある布を開発し、これを新たに子ども達に製造させることにした。

 織物班は、糸紡ぎ班と染色班のリーダーから作った。つまり、各グループで最も器用で、最も作業に早いものがなる名誉職でもある。既にリーダーが各グループでの作業と平行して織物の作業をしたとしても、他のメンバーである程度は製品の品質が確保できるようになっていた。織物班に選ばれた子達も、いよいよここまできたかと、張り切って腕を振るった。

 カマラは、魔術師たちに販売するために、新しくブランド名を決めてはどうかとエルニカに持ちかけた。真珠の家の名前をそのまま出すと拒否感のある者達も多かろうという判断だ。エルニカとしては、コルネリアがずっと使っていた名称を変えるのには、やや抵抗を感じたが、今は真珠の家の工房機能を復活させるのが優先だと思い、新しい名称を考えた。

 落日の家サンセット人の作りし神の庭ティルナノーグの光景からとり、新しいブランドはそう名付けられた。





 ◆◆◆ 





 春になり、織物を魔術師達に販売し始めると、落日の家サンセットの「魔力貯蔵できる織物」は学派の境なく、隠秘学派オカルトゥスにもよく売れた。これが宣伝となったか、個別に魔術効果のある織物を発注できないかと相談を持ちかける魔術師も出始め、収入としてはむしろそちらの方が多かった。

 カマラは、エルニカに言った。


「安い商品をたくさん売るのも、高い商品を少しだけ売るのも、収入としては同じさ。だけどうちみたいな、子ども達が運営してる零細工房が生き残るには、自分達に付加価値をつけなきゃならない。それなら高額商品の少数販売に限る。手間をかけて質を上げられるからね」


 かくして『落日の家サンセット』は、魔術師に対してオーダーメイドの受注生産を始めた。

 こうなるとエルニカは魔術の勉強、特に魔法陣について研究している図像派に関する様々なことを学ばなければならなくなった。しかし図像派は隠秘学派オカルトゥスであり、魔女の係累たるエルニカに、その技を伝授してくれるとは思えなかった。そこで、エルニカはエインに相談した。エインは、図像派の徒弟である見習い魔術師に目を付けた。エルニカの工芸派の技術と妖精派の知識を教える代わりに、図像派の知識を提供してもらおうというのだ。エルニカはこれに加えて幾ばくかの報酬を提示してみた。すると、彼らは喜んで情報交換を買って出てくれた。

 こうして、落日の家サンセットはなんとか魔術師たちの要求に応えることが可能になってきた。徐々に資金面に余力が出てきたところで、カマラは更に次の段階を提示してきた。


「子ども達の将来のことを考えると、堅気の仕事もやらなくちゃならないだろうね」


 一定の需要と収入があるとは言え、『真珠の家で一人前になった子ども達を、徒弟奉公に出さず、真珠の家で働き続けてもらう』という方向を打ち立てた以上、外道魔道の魔術の仕事ばかりをやってはいられない。そこでエルニカは、上流階級向けにも、同じような受注生産が出来ないかと考えた。セントポールの大市で露天を出す方法もあるが、それはどちらかというと廉価品になるだろう。付加価値のある商品を少数展開するという戦略は変えたくなかった。

 そこでエルニカは、コルネリアの工房をひっくり返して、以前テオから紹介された貴族の連絡先を探し出した。妖精除けの護符を注文してきた、あの貴族である。貴族はロンドンの西、ホワイトフライアーズに邸宅を持っていることが分かり、連絡を付けることができた。

 落日の家サンセットの織物見本を、今度は魔術工芸品アルティファクトゥムとしてではなく、質の高い一般の織物として売り込みに行く。舌先三寸で詐欺を働いたことのあるエルニカは、口上巧みにこの貴族に取り入り、商品を受注した。邸宅用の壁掛け布タペストリー、絨毯、防寒用の外套や胴着、乗馬用の装具等々。貴族は色々と入り用な物が多く、一件の契約で相当の品物を受注することが出来た。またこの時期、貴族達にとっては社交界で女王の目に留まることが出世のための重要事項であったから、珍しい図案の落日の家サンセットの衣類や小物はかなり好評だった。実際、彼は女王の目に留まり、高い官職を得ることが出来たらしく、喜びからか落日の家サンセットへの支払いも気前よく出してくれた。

 どこから噂を聞きつけたのか、他の貴族からも受注が舞い込むようになり、落日の家サンセットの経営はかなり安定してきた。

 子ども達はといえば、忙しくはなっていたものの、自分たちの仕事が好評だということを知り、俄然張り切りを見せていた。チェルシーやアリアらのリーダー格の子達は、新たな染料や織り方、図案の開発を行いたいと申し出てくるほどだった。自分たちで何かを創り出せることが、彼らにとっては喜びであるらしい。

 一方エルニカは随分と多忙になり、製品の原価や売り上げの計算、生産計画の管理などを一人ではこなしきれなくなっていた。それを見て手伝いを申し出たのは、材料調達班の男の子達だった。特にエリオが思いっきりエルニカに絡んできた。


「エルニカ兄ちゃん、ちょっと女子ばっかヒイキしすぎじゃね? 男のこと忘れてね?」

「いやいや忘れてないし、染色班にも織物班にも男の子はいるだろう」

「そーなんだけどさー、チョータツハンには女子いねーじゃん。俺たちもこう、ミセバ的な? そういうのほしいじゃん? あと女子ばっかうまそうなデザート食べてんのくやしいじゃん?」


 最後の一言がエリオの本音の全てであるような気はしたが、確かに他の男の子たちも何かしたいと騒いではいた。だが工芸に関してはともかく、計算や工程管理を教えるのはエルニカには荷が重い。本人も向いているとは思っておらず、他にやれる者がいないからやっているだけで、とても教えるなどと言う段階ではないのだ。そこでエルニカは、カマラに頼った。


「やる気があるのは良いことだね。あたしゃ算術は得意でね、もちろん望むなら教えてあげるさ。ただし、自分の稼ぎから授業料を出してもらうよ」


 カマラは対価を求める代わりに、子ども達に丁寧で厳しい指導をしてくれた。それに加えて、アイルランドのアルトス院から帰ってきたシルヴィーが、珍しい植物の種や球根を持ってきてくれたことから、調達班はシルヴィーの協力を得て『新たな原材料を作り出す』という新しい、エリオに言わせれば「ミセバがある」仕事を手に入れた。

 仕事が増えたのに、調達班の男の子たちが意欲的かつ精力的に働いたのは、仕事のやりがいのためだけではないだろう。シルヴィーに鼻の下をのばす彼らに、女の子達は呆れ顔だった。

 真珠の家には活気が戻っていた。コルネリアがいた頃のような活気が。

 子ども達はコルネリアにそうしていたように、エルニカにかなりの信頼を置くようになった。彼はこれを、表面上うっとおしがっていたが、内心かなり喜んでいた。


(――僕は果たせているだろうか、婆さんとの約束を)


 エルニカは間違いなく約束を果たしていた。コルネリアに返すべき恩義を、子ども達に還元している。コルネリアと同じようにとはいかないが、その魂はエルニカの中で確かに生きている。

 エルニカはひたむきに頑張っている。もう、かつての巾着切りのエルニカではない。

 だからこそエルニカは、エインから受けた重要な忠告のことを忘れていた。





 それまでアウローラとエルニカの仕事だった温室の管理を、シルヴィーと調達班がするようになってから、アウローラは元気がなくなっていた。エルニカは落日の家サンセットの切り盛りで目が回るような忙しさで、そんな彼女の表情に気付いてはいたが、手を差し伸べる余裕はなかった。

 真珠の家は生活も仕事も軌道に乗り、子ども達は内面的にも技術的にも成長し、カマラやシルヴィーもいる。アウローラの指揮がなくとも、真珠の家は回るようになったのである。居場所と役割のある内はよかった。彼女は忙しくしていたから、エルニカと同じように他のことを考える余裕がなかった。しかし自分に出来ることが少なくなってしまった今、アウローラをつなぎ止めておくためのものが、少なくとも彼女にとっては、ないのである。

 アウローラは、再びコルネリアの工房に引きこもりがちになった。流石にこの段階になると、エルニカも余裕がないとは言っていられなくなり、アウローラを説得しにかかった。だが彼女は、選定の戴冠石リア・ファルを使って妖精郷に逃げ込んだ。こうなるともうお手上げで、探しに行くことすら出来ない。カマラに相談してみても、こればかりは彼女にも打つ手はないようだった。

 元々療養のために妖精郷へ滞在する必要があるアウローラではあるが、その回数と期間は次第に増え、数日が数週間に、更には数ヶ月と、真珠の家にいる時間の方が短くなっていった。

 そうして一年が経ったころ。アウローラは完全に、姿を現さなくなった。

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