第13話 異世界で期待していた出会いではなかった
何故だろう、昨日から馬鹿が背中に張り付いたまま離れない。食事中も就寝中もずっとだ。邪魔で邪魔で仕方ないっていうか重い。こちとら
背中と胴体に手足を絡ませ、まるでここが自分の縄張りだと言わんばかりに身体を摺り寄せてくる優奈。
何度下りろと言っても聞きやしない。むしろただでさえ低かった知能指数が更に低下したようで、強引に引き剥がそうとすれば「フシャーッ!」と唸り声をあげて威嚇してくる始末だ。野生の獣かな? 地球の狩猟会の異世界転移が熱望されていた。
「いい加減離れろよ。流石に不便なんだけど? つか、男子が用を足そうとする時まで付いてくるな女子高校生!」
「やだ」
人の背中の上でフルフルと馬鹿が首を振る。逡巡の欠片も見当たらなかったどころか、現在進行形で人に迷惑をかけている癖に良心の呵責が微塵も存在しないお返事だった。
人は過去を省みて自らの行いを正せる生き物だというのに、こいつは最初から自分が悪いとすら思っていないようだった。まったくもって嘆かわしい。きっと共感性が欠如しているのだろう。馬鹿は人の心がわからない。
暗闇に包まれていた樹海に陽が差し込んでいく。乳白色の濃霧が僅かな光を受け入れて影を浮かべ始める光景。シャリシャリと朝食に赤と青と黄色のマーブル模様をした木の実を噛み締めながら眺める。
うーん、この舌をピリピリと刺激する酸味が珍味愛好家辺りに受けそう? もしくは味覚障害者とか?
ペシペシと頭を叩かれた。振り返ってみれば、ひな鳥のように大きく口を開けている馬鹿の顔が……って、甘えんなよ!? 俺はお前の親じゃねぇぞ!
けれど馬鹿はめげない。永遠と続くあーん攻勢に嫌気が差して食べかけの木の実を突っ込むと途端に笑顔になったが、それかなり不味かったよね? まさかの味音痴がこんな身近にいたとは……!?
しかし、どうにかしてこの呪いの装備を外さなければなるまい。現状、行動に制限が加わるというのは結構切実な問題だ。
どうにもこいつは余程俺の困った顔が見たいらしく、昨日は俺の妨害に執念を燃やしていたと言っても過言ではないだろう。挙句にせっかく作った装備もすべて取り上げられてしまっている。
うん、魔剣『れぇう゛ぁていん』に引き続き、魔短剣『あぞっと』も魔槌『みょるにる』も魔槍『ぐんぐにぃる』も魔鎌『あだます』も魔斧『ぱらしゅ』もみんな奪われてしまったって言うか幾ら何でも一度にそんな武器使えないよね? 後半は俺も悪乗りした感じあるけど強奪する方もする方だと思う。
せっかく木の実を恵んでやったのに、再びエサを強請ってくる馬鹿に今度は毒々しい色合いの茸を咥えさせつつ考える。馬鹿は無邪気に喜んでいた。
次々とお代わりを催促する阿呆に、そこらへんで採れた途方もなく苦い草を
際限なく暴食の限りを尽くす野蛮人の口へと、人の顔みたいな形をした植物の根を放り込みながら物思いにふける。野蛮人は目に見えて浮かれていた。
上機嫌で続きを要求する野獣に、「取って来い!」と地面に落ちていた枝を遠くへ投げる。野獣は見事な跳躍を披露して空中でキャッチした――から、その着地点に落とし穴を掘る? 蓋をする? 全力で逃げ出す?
「みぎゃあぁあああっ!? りぃいくぅぅううんっっ!!」
「フぅハハハハッ! たわいなし、やはり所詮は馬鹿で獣よ! 人間様の英知には勝てんのだぁ!」
背後で聞こえる赫怒の咆哮に冷や汗をかきながら走る。この肌が粟立つような殺気……追い付かれれば間違いなく狩られるっ!?
ゆえに狩られる前に狩り尽くそう。ゴブリン狩りリターンだ!
寝床にしている穴倉周辺のゴブリンは、俺が寝ている間に一度優奈が一掃したらしいが、あいつらって冗談抜きで気がついたら増えてるレベルだからね? うん、早速一つ見つけたよ。
「ハロー、おひさ? おはようございます? まあ、こんにちわ死ね」
「ゴブェ!?」
突然の乱入者に驚いた表情をしているゴブリンの顔面に、疾走していた勢いと体重を乗せたドロップキックをお見舞いする。釣りは要らない、遠慮なく受け取ってくれたまえ。
小気味いい音と感触を足の裏に残しながら、盛大に鼻血を噴き上げて吹き飛ぶゴブリンA。それに触発されたのか、一緒にいた群れの残りのゴブリンたちが血気盛んに殺気立った。
きっと仲間内で仲良く朝ご飯を食べていたのだろう。案外平和そう? 口から茸の食べカスを零しながら棍棒を振り回して
けれど、こちらには止まれない理由があるのだ。うん、既にもう察知スキルが罠から脱出した馬鹿を捉えている。
そもそも、いくらゴブリンが死のうと苦しもうと心は痛まないし? むしろ積極的に駆除対象? ただこれ以上ブサイクになるのは勘弁して下さい。
ゴブリンの顔を踏みしめた勢いで着地し、その際に一瞬だけ地面に手をついて石剣を錬成する。そして再び駆け出す。
止まらない。一歩足を前に出すごとに加速する。常に最高速度を維持したままで走り抜けざまに斬り、斬り抜けざまに棍棒を回避する。
俺には
速度を殺さない、殺せない。足が止まれば寄ってたかってボコられる。その先には一方的な蹂躙しか残らない。ゆえに走って避けてついでに斬る。
スキルの【剣術】が剣を振るう動きを補正し、【見切り】で相手の行動を見定め、【回避】によって示された最低限の動作で躱し切る。
真正面から戦ってなんてやらない。それが出来ないことはもう思い知った。
ならば卑怯でいい。卑劣に悪辣に嫌らしく引っ掻き回して小狡く勝つ、それが最善で最速で最強だ。つまりは勝てばよかろうなのだ?
残りのゴブリン四匹が地に沈むまで十秒弱。そこからまだ鼻頭を押さえて蹲っていた最初のゴブリンの胸に剣を突き入れて止めを刺し、魔石を剥ぐ暇もなく次の群れへと向かう。
急げ、急げと自らを急かす。だってこの機会に経験値を稼がないと、次に巡ってくるのがいつになるのかわからない!
無駄を削る。刹那の迷いだろうとそれは確実に動作に現れ、せっかくの
脳裏に思い浮かぶのは、自在に自身の身体を使いこなす馬鹿の姿。一つの動作が次の動作の布石になり、その動作の終点が更にその次の動作の起点になる。あの終わりのない舞踏のような動きこそが基本にして理想だ。
「はっ――はっ―――はっ――!」
休みなしの連続駆動に息が乱れていた。肺が軋みを上げて身体の制御が崩れる……から、【調息】で無理やりに正す。本当にスキルは便利だ。
両断して切断して裁断して断割して、断ち斬って割り斬って叩き斬って、斬り裂いて斬り落として斬り上げて斬り捨てて斬り伏せて斬り倒して斬り飛ばして、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――
一振りごとに動きを修正する。一歩ごとに流れを補正する。一息ごとに思考を矯正する。
足を踏み出せば振りかぶり、腕を振り下ろしたままに避け、その重心の移動と腰の捻りを鋭さに変えてゴブリンを斬る。
頭の中では【高速思考】と【並列思考】がフル回転していた。【気配察知】と【魔力察知】によって得られた情報が【分析】によって解明され、次の行動へと反映されるまでゼロコンマ数秒。
無限に枝分かれする未来の予想図を組み上げては崩し、選び取っては廃棄する。
当然、そんな神業が人の身で出来るはずがない。何度も何度も破綻しては体幹がブレて動きは止まり、ゴブリンの棍棒が身体を掠めて数の差に翻弄される。【回復】さんも大忙しだ。
だけど繰り返す。失敗しても止められない。止まってしまえばそれこそ本当の終わりだ。
うん、だってソシャゲのガチャだって当たるまで回せば百パーセントなのだ。つまり成功するまで繰り返せば失敗はなかったことになるに違いない。回転数こそが正義! 止まるんじゃねぇぞ……っ!
――と、思っていたのに通行止め? まあ、足止めだ。
「えーと、こんなところで何してるの? ゴブリンと一緒に優雅な朝ご飯でも食べてたの? 実は仲良しさん?」
「空閑、くん……? なん、で……どうして……?」
見つけたというか見つかったというか……何故だか別れたはずのクラスメイトと再会した? 不思議なこともあるものだ。
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